第154話  やつが来る

 1



「ふんふんふーん」


 夕陽は北嶺館に造られた茶室で駄弁っていた。


「それでさぁ」


「あはは」


 茶道部には女子しかおらず、また活動内容もお茶を飲んでお菓子を食べて楽しくおしゃべりするだけなので、夕陽にとってはまさに天国のような場所だ。


 ピロンと突然携帯が鳴る。


「ん?」


 見ると、勇からラインが来ていた。


「なんだろ」


『どっちがいいかな』という簡素なメッセージ。おそらく、例の女友達に贈るプレゼントを吟味しているのだろう。あれから、ちょくちょく相談に乗っていたのだ。


 その後、二枚の写真が送られてきた。


 いったい何と何で悩んでいるのだろうか。


 一枚目は大きなクマのぬいぐるみ、もう一枚はどぎつい赤色のハート型ポーチ。


「……」


 頭が痛くなる。


「ごめん、ちょっと席外すね」


 夕陽は建物の外に出て、裏手に移動すると、すぐに電話をかけた。呑気な声が電話越しに聞こえる。


「あっ、夕陽ちゃん? 今送った二つだったら、どっちが――」


「どっちもダメ」


「ええ!?」


「ええ、じゃない。いい? たしかに一番大事なのは相手を思いやるだけど、ものにはってものがあるの。いい年した社会人がこんなのを女の子の誕生日に贈ったら人間性を疑われるから」


「そんなにひどいかな……」


「自分の立場になって考えてみなよ。勇だってぎらついた髑髏が描かれた黒い財布とか、剣にドラゴンが巻き付いてるキーホルダーなんて貰ったって、嬉しくないでしょ?」


「うーん、それけっこうあり……かも?」


「……!」


 だ、駄目だこの男。感性が中学生で止まっちゃってる。この前もハートのネックレスなんて選ぼうとしてたし……


 たしか、勇って彼女ができたことないって言ってたっけ。だから女の子に物を贈るっていう経験がないんだ。贈っていいものと駄目なものの区別をちゃんとつけさせてあげなきゃ。


「でもこの二つだって高級品だし――」


「値段が高いからいいものとは限らないの」


「そうなの?」


 夕陽がなんとかしてあげなきゃ、女友達との関係はステップアップできないよ。


「ああ、もう、ちょっと北高に集合! 今から来れる?」


「あ、うん」


 全く、あの男は。


「ごめん、夕陽、今日はもう帰るね」


「おつかれー」

「おつかれー」

「おつかれー」


 茶道部を後にし、駐車場で勇を待つ。



 2



 駐車場に車を入れると、ものすごい顔をした夕陽が腕を組んで待ち構えていた。なんだか鬼のようなオーラが出ている気がする。


「いやぁ、お待たせ」


 夕陽は無言で助手席に座る。威圧感がすごい。


「とりあえずイ〇ンに行って」


「は、はい」


 夕陽に言われるがまま、俺は車を走らせる。


「ね、ねぇ、あの二つってそんなに駄目だった? 女の子らしくていいと思うんだけどなぁ」


「たしかに女の子らしいっちゃらしいけどさ、あれは恋に不慣れな中学生カップルが甘酸っぱい純情に身を任せて選ぶようなプレゼントなの」


「はぁ、つまり、大人が貰って喜ぶようなものじゃない、と」


「ザッツライ」


「なるほど」


 勉強になるな。さすがは現役高校生。未夜に「女の子」という部分を強調されたがために、俺は女の子らしさに重点を置きすぎていたのか。たしかに活発な眞昼にぬいぐるみはミスマッチングだし、ハートもイメージに合わないかもしれない。


「あれで喜ぶ女は心の裏側にヤバい面メンヘラが隠れてる女だから」


「なるほど」


「勇はそんな女に掴まっちゃだめだよ」 


 そうこうしているうちにイ〇ンに到着した。


 まずは雑貨ショップを見て回る。


「アロマなんかいいんじゃない? 疲れも取れてリラックスできるし、実用的」


 アロマか。あの眞昼がアロマを焚く姿は想像できないが、候補に入れておこう。


「おっ、これはどうかな」


 桐箱に入った高級箸のセットだ。いい食器は食のランクを上げる。眞昼は大食いだし、食を楽しんでもらいたい。


「……マジで言ってる?」


「え? ダメかな?」


「熟年夫婦のプレゼントじゃないんだからさぁ、まだそこまでの関係じゃないでしょ。そういうのは関係が発展してからにしなさい」


「いや、前も言ったけど、そういう関係じゃ――はっ!」


 夕陽は眞昼が女子高生だということを知らないから、あまりその方向に話を掘り下げるとまた怒られる可能性があるな。


「その人って割とボーイッシュな人なんだよね?」


「そう、背も高くて、カッコいい系かな」


「ふーん、じゃあ、ハットとか小物系がいいかも」


 次にアパレルショップを見に行くことにした。アパレル店はなぜかしらいい匂いがすると感じるのは俺だけだろうか。


「ほう」


 黒いハットをかぶってみる。


「あんたが試着してどうする」


「たしかに」


 眞昼は男みたいなカジュアルな服装の時がしょっちゅうだが、ごくたまにガーリーな服を着てくるときもある。レディースの方も見てみよう。


 まあ、衣服関係が一番無難かな。この先どんどん冷え込んでくるだろうから、温かい腹巻や靴下なんかもいいかもしれない。


「あっ、このTシャツカワイイ」


 眞昼には小さすぎるな。


 ……そうだ、服はサイズの問題があるんだった。大事なことを失念していたぜ。


 特に眞昼みたいな巨乳は胸の部分も考慮に入れないと着太りしてしまうとどこかで聞いたことがある。でも、さすがの俺でも胸のサイズを聞くのはまずいというのは分かる。


 ああ、どうすればいいんだ。



 *



 そうして、遂に眞昼の誕生日がやってきた。




 3



 九月八日。


『まもなく、新富士です。降り口は、左側です――』


 車内にアナウンスが流れる。


 もう新富士駅か。私は降りる支度を始めた。夏休み最終日に別れてから、一度も勇にぃに会えず、頭がどうにかなりそうだった。


 学校が終わってすぐに日曜までの外出届を出し、静岡に向かったのだ。


 ホームに出ると、少し風が冷たく感じた。しかし、逆に私の心は燃え上がるように熱くなっている。


 もうすぐ勇にぃに会える。その事実だけを心の支えにしてこの八日間を生きてきた。


 勇にぃ。


「うふふふふ」


 夜空に輝く月は、どこまでも美しかった。

 

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