第152話  乙女が欲しいのは……

 1



「どうすっかなー」


 眞昼の誕生日になにを贈ろうか。


 クソガキとはいえ、もうあいつは高校三年生。すっかり大人の女に成長したんだ。やはり未夜の時と同じように装飾品がいいだろうか。それとも服とか?


「うーむ」


 下手なものは贈れないしなぁ。未夜の時もずいぶん悩んだが、やはり女の子に物を贈るというのは慣れない。恋愛を経験しておかなかったツケが今になって回ってくるとは……


「勇!」


 母に呼ばれた。


「なんだ?」


「ちょっと北高まで行ってくれない?」


「なんで?」


「夕陽ちゃんを迎えに行ってほしいのよ」


「夕陽ちゃん?」


 話を聞くと、外神家と北高はおよそ十五キロほどの距離があるため、祖父が夕陽の送り迎えを担当しているのだ。が、今日の昼過ぎに祖父の車が故障してしまったらしく、迎えに行けないのだそうだ。それを聞きつけた母がだったら勇を、といういつものパターンである。


「まあ、いいよ」


 外に出ると、まだまだ日は高かった。外気には夏の面影が残っていて、本格的に秋が始まるまでもう少しかかりそうだ。


 俺はシビックに乗り込み、エンジンをかけた。



 2



 少し混んでいる大月線を上り、北高の西門から中に入る。するとすぐ右手に広場があり、俺はそこに車を入れた。その広場の奥には北嶺館という三階建ての宿泊施設が建っており、部活の合宿などで利用されるのだ。


 夕陽はここを待ち合わせ場所に指定していた。


 着いたことをラインで知らせるとすぐに既読がついた。


 懐かしいな。


 俺もバスケ部の合宿でここに泊まったっけ。


 思い出に浸りながら夕陽を待っていると、建物の陰から小さな人影が現れた。


 夕陽だ。


 彼女はこちらに駆け寄り、助手席に乗り込んだ。


「勇、ありがと」


「おう」


 車を出そうとしたら並木道を陸上部らしき集団が走ってきたので、少し待つ。


「そういえば、夕陽ちゃんは部活とかやってるの?」


「夕陽? 夕陽は茶道部」


「へぇ、意外だね。じゃあ作法を勉強したり、しゃかしゃかお茶を立てたりするんだ」


「まあ、やることはやるけど、結局はお茶飲んでだべるだけだよ」


「昔はお茶が苦くて泣いてた夕陽ちゃんがなぁ……」


「ちょっと、なにその話!?」


「憶えてない? 爺ちゃんが飲んでたお茶が思いのほか濃くてさ――」


 昔話をすると、夕陽は恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「そういえばさ、ちょっと寄ってきたいところがあるんだけど、いい?」


「え? いいけど」


 俺は南に進路を取り、イ〇ンへ向かった。目的地はテナントのアクセサリーショップだ。


「車の中で待ってる?」


「いや、夕陽も暇だから行く」


 アクセサリーショップを覗く。六月に未夜にヘアピンを贈った時もここの店で選んだのだ。


「誰かにプレゼント? 彼女さん?」


「違うよ、知り合いの女の子の誕プレに何がいいかと思ってさ」


「ふーん、勇もなかなか隅に置けないねぇ」


「いや、マジでそういう関係じゃないから」


 眞昼に限ってそういうことはないはずだ。たしかにあいつは距離感こそバグっているが、あれは子供の時と同じように、ただ俺のことを遊び相手の兄貴のように思ってるだけだ。


「本当に?」


「本当だって」


「ま、相手がじゃないなら夕陽は別にとやかく言わないけどさ」


「……そ、そうだな」


 その時、先日見た淫行逮捕の夢が脳裏に浮かび、俺は変な汗を少しかいた。


 気を取り直して、プレゼントを吟味するとしよう。夕陽が一緒なので、女子高生の目線からアドバイスを貰えるのはありがたい。


「おっ、こういうのいいんじゃないかな」


 ハートをかたどったネックレスだ。反応を窺うと、夕陽は引きつった顔でこちらを見ていた。


「ゆ、夕陽は何も言わない。こういうのは気持ちが大事だから、あえて夕陽は何も言わない……」


 不評のようだ。いいと思うんだけどな、ハートのネックレス。


「その相手ってどういうタイプの子なの?」


「そうだな、背が高くて、ボーイッシュな感じの子かな」


「私服はいつもどんな感じ?」


「スカートとかはほとんどないな。カジュアルでアウトドア系だ」


「んー、だったら、キラキラしたアクセじゃない方がいいんじゃない? 靴とか小物とかのがいいと思う。プレゼントを贈るなら、ちゃんと相手に合わせないと」


「……なるほど」


 年頃の女の子へのプレゼントといったら貴金属のアクセサリーが一番だと思い込んでいたから勉強になるな。


 あとで眞昼に足のサイズを聞いておくか。


 その後、サーティー〇ンで夕陽にアイスを奢り、帰路についた。



 3



「やっと着いた」


 ちょうど帰宅ラッシュの時間だったので、バイパスが混雑し、外神家から家に着くまでかなり時間がかかってしまった。


 もう七時過ぎだ。


 駐車場から店の方に向かうと、ちょうど眞昼が店に入るところだった。


「あっ、勇にぃ」


「今帰りか?」


「うん」


 いつもの覇気がない。部活で疲れたのだろう。春高に向けて、毎日厳しい練習に打ち込んでいるのだから、いくら眞昼でも疲れるはずだ。


「お疲れだな」


「うん、へとへとだよ」


「なんか食いに行くか?」


「焼肉がいい」


「おう」


 踵を返して駐車場に戻り、眞昼を車に乗せる。


 食べ放題のある焼肉店に向かう。あまり混んではおらず、すぐに座れた。


「えーと、タン塩とカルビ、上ホルモン、石焼きビビンバに白いご飯の大盛……」


 ここはタッチパネルで注文するのだが、眞昼はのっけからガンガン注文を入れる。俺は最初に運ばれてきた黒烏龍茶を飲みながら、


「そういや眞昼、聞いたぞ。実業団にスカウトされたんだってな」


「う、うん」


「すごいな」


「……うん」


 声に元気がない。そんなに疲れてるのか……


「あのさ、勇にぃ――」


「お待たせしました! こちらタン塩になりますー」


 肉が運ばれてきた。


「眞昼、なんか言ったか?」


「いや、なんでもないよ。食べよ」


 眞昼は網に肉を広げていく。じゅうじゅう焼ける音が耳に心地いい。


「そろそろいいかな」


「眞昼、あとちょっとで誕生日だろ? 欲しいものあるか?」


 肉を口に運びかけた手を止めて、眞昼は俺をじっと見据える。


「……?」


「欲しいものは……」


「なんでもいいぞ」


 無言のまま俺を見つめる眞昼。


 なにか言いたそうに口がもにょっている。なんだ? 高いものでもねだる気か?


「遠慮すんなよ」


「……」


 やがて眞昼は口を開いた。


「……白いご飯」


「はぁ?」


「焼肉には白いご飯だよね。まだ来てない」


 たしかに飯系はまだ運ばれていないが。


「おいおい、冗談はよせ。誕プレの話だよ」


「ふふ、なんでもいいよ。勇にぃに貰えるなら、なんでも嬉しいからさ」


 そう言って眞昼は笑う。いつもの元気が戻ってきたのは嬉しいが、なんでもというのが一番困る。こっちはとっかかりが欲しいのに。


「お待たせしましたー、ご飯の大でーす」


「やっとご飯来た!」


 眞昼は幸せそうな顔で白飯を頬張る。


「ったく」


 それから眞昼と二人で焼肉を楽しんだ。

 































 *



 欲しいものはもうあるんだよ。


 あたしは、それを手放したくないだけ。


 もう二度と……



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