第104話  クソガキロケット発射!

 1



「ただいまー」


「おかえり」


 母がカウンターの奥から声を投げる。


 家に帰ると、いつも通りクソガキ共がテーブル席を一つ陣取っていた。おやつを食べながらゲームをしていたようだ。


「勇にぃ」

「勇にぃ」

「勇にぃ」


 いち早く俺に気づいた朝華が飛びついてくる。遅れて、未夜と眞昼もやってきた。


 もう十一月だというのに、三人とも半袖にミニスカートとは恐れ入る。俺なんかもうYシャツの上にセーターを着て学校に行っているというのに。


「今日はすごいものを持ってきたんだよ」


 未夜が悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「すごいもんってなんだよ?」


「ふふふ、なんだと思いますか?」


 朝華が俺の右手に絡みつきながら見上げる。


「見たらきっと驚くぞ」と眞昼は胸を張った。


「やけに自信満々だな」


「腰を抜かしても知らないからね」


 そう言って、未夜は生意気な目で俺を見つめた。


 やれやれ、今日は何に付き合わされるんだ?


「とりあえず荷物を置いてくるから待ってろって」


 二階に上がり、通学用のバッグを部屋に置く。制服を脱いで黒いパーカーとジーンズに着替えた。


 待ちきれないのか、どたどたと足音が聞こえてきた。全く、どんだけのものを持ってきたんだ?


 眞昼が一番に部屋に入ってきた。その手には、マジックで赤く塗られたペットボトルが。眞昼はそれを高々と掲げて、


「勇にぃ、見ろ!」


「なんだそりゃ?」


「ロケットだ」


「ロケットぉ?」


 未夜と朝華もそれぞれペットボトルを抱えている。


 どこにでもありそうな500ミリリットルサイズのペットボトルだ。中身は空のようで、朝華は水色、未夜は黒で表面を塗りつぶしてある。


「今日、図工で作ったんです」


「ロケットねぇ」


 朝華のロケットにはハートや星が描かれている。


 まあ形はそれっぽいが、こんなものをどうやって飛ばすつもりだ?

 まさか手で放り投げるわけでもあるまいに。


 そんな俺の疑問を察知したのか、未夜があるものを見せる。


「これで飛ばすんだよ」


 それは木の板を組み合わせて作った発射台だった。

 細長い三枚の板をコの字に組み合わせ、底の部分には四角い板が取り付けられている。その反対側の先端にはゴムバンドが。


 なるほど、このゴムバンドにペットボトルをセットし、底の方まで引っ張ることで得た張力を利用して上に飛ばすのか。


「これはロケット発射装置」


 未夜はゴムバンドをぴーんと弾いて見せる。


「おお、なんかシンプルだな」


 ロケットというのは自らの質量の一部を噴射し、その反動で反対方向に進むものなので、厳密にはこれはロケットというよりカタパルトなのだが、クソガキ共にそんな講釈を垂れたところで意味はない。


 本人たちが楽しければそれでいいのだ。


「めちゃくちゃ飛ぶんだよ」


「早く行くぞ」


「行きましょう」


「分かった分かった。ちょっと待ってろって」


 最近風邪気味の俺はマスクを着けてから外へ出た。



 2



 公園の一角、なるべく人が少ないところをロケット打ち上げ場所に選んだ。


 「よーし、勇にぃ、見ててね」


 未夜はさっそくペットボトルロケットを発射装置にセットする。ペットボトルの底をゴムバンドの上に乗せ、そのまま下へぐーっと引っ張る。


「行け、ブラックナイト号。えいっ」


 ぽんっと軽快な音が鳴り、ペットボトルが打ち上げられる。黒いロケットは一直線に空を突き抜けていく。


 思っていたよりも高く飛び、目測だが五メートルは打ち上がった。


「ほー、けっこう飛ぶなぁ」


「すごいでしょ」


 落ちてきたロケットを回収し、未夜が言う。


「すごいすごい、想像以上だ」


「勇にぃ、私のも見てください」


 今度は朝華がペットボトルを打ち上げる。


「どうでした? 見てました?」


「見てたぞ、すごいなぁ」


「えへへ」


「あたしのもいっぱい飛ぶぞ」


 眞昼は大股でしゃがみ込み、発射台を両手で抑えて安定させる。


「おりゃ」


 赤いロケットが勢いよく空を貫いていく。これは六メートルは飛んだんじゃないか?

 すぐそばに立つ木よりも高いところまで届いた。


「うおお、め、めちゃくちゃ飛ぶじゃねーか」


「ふふん、だから言っただろ?」


 眞昼は鼻を鳴らして自慢げに胸を反らせる。


 これはクソガキ共が自慢したがるだけのことはあるな。


「勇にぃ、次は私の見てて」


「おう」


 そうしてぽんぽんと打ち上がっていくロケット。


 なんて平和な遊びだ。


「あー、お前ら、隣の家に当たらないようにしろよ?」


 ここは公園の端っこ。敷地を取り囲むように並び立つ木の向こうは小さなフェンスで仕切られ、その先は住宅街となっている。


「分かってるってー」


 そう注意した矢先――


 未夜が打ち上げたのとほぼ同時に、強い風が吹いてきた。いくらロケットといっても所詮はペットボトル。風に煽られ、軌道が大きくズレる。


「あっ! ブラックナイト号がー」


 ブラックナイト号は歪な曲線を描き、木の中へ墜落した。



 3



 落ちてこないところを見ると、枝に引っかかってしまったようだ。


「うわーん」


 未夜は木の真下に寄り、上を見上げる。


「どこ?」


「未夜ちゃん、あそこ」


 朝華が指をさす。


 未夜のロケット――ブラックナイト号は高さ四メートルほどの位置の木の枝に挟まれていた。


「ああ!」


 四メートル。


 子供にとっては絶望的な高さだ。


「私のロケットがぁ」


 未夜は鼻声になり、うっすらと目が潤み始めている。


「だ、大丈夫だ、あたしが登って取ってきてやる」


 眞昼が幹に飛びつくが、小一女児の身長では枝まで手が届かず、登ることはかなわない。


「うぅ、ブラックナイトぉ」


「石とかぶつけたら落ちてくるかも」


「あー、危ねぇから朝華、それはやめとけって」


「でも……」


「ったく、お前ら、どいてろ」


「勇にぃ?」

「勇にぃ?」

「勇にぃ?」


「未夜、泣いてんじゃねーよ」


 未夜の頭をがしがし撫でる。


「な、泣いてないもん」


 未夜は手のひらを目に当てながら言う。


「おめーら、そこで待ってろ」


「登れるのか?」と眞昼。


 こう見えて木登りは得意だ。幼稚園の頃は園内の木という木を登りつくし、木登り遊び禁止令を発令させた有月勇だぞ?


「よっと」


 幹に飛びつき、枝の根本に手をかける。軽く揺さぶり、体重をかけても大丈夫なことを確認すると、一気に体を引き上げて上に進む。


「うおぉ、勇にぃ、すげー」


 眞昼が感嘆の声を上げる。


「未夜ちゃん、元気出して。勇にぃが取ってくれるよ」


「うん」


 葉っぱがチクチク痛いのでパーカーのフードをかぶる。


「ほっと」


 ロケットまでもう少しだ。


「よっと」


 ブラックナイト号は細い枝の股に挟まっていた。キャップの部分を握り、引っ張る。がさがさっと枝が揺れ、木の葉が舞い落ちる。


「ふぅ、取れた取れた」


「うわぁ、勇にぃ、ありがとー」


 未夜が万歳をして飛び跳ねていた。


「勇にぃ、すげー」

「すごいね」


 よしよし、あとは下に降りるだけだ。


















「撮れた?」


 から冷たい声が聞こえた。


「へ?」


 その方向に目を向けると、そこには隣の家の窓があり、半裸の中年女が怯えた表情でこちらを見つめていた。着替え中だったようで、蛍光色の下着とシャツ一枚という格好だ。


 無言の視線が俺たちの間で交わされる。


「いや、あの……」


 背筋に冷たいものが走る。


「なにやってんのよ、あんた」


「は?」


 俺は自分の服装を思い返す。


「撮ったって何をよ」


 黒いパーカーのフードを被り、風邪予防のマスクを着けている。そして手には黒いペットボトル。もしこの黒い塊が、相手にはカメラに見えていたとしたら……


 まずい、盗撮魔に間違われたかもしれない。


「いや違うんです、俺はただ」


「この変態!」


 中年女は怒り顔でカーテンを引く。


「おーい、勇にぃ、どうしたの?」

「早く降りてこい」

「危ないですよ?」


「ち、違うんです。これはただのペットボトルで、木に引っかかったのを取ろうとしただけで――」


 俺はカーテンの引かれた窓に向かって必死に弁明する。


「別に変な目的じゃないんです」


 ご、誤解なんだ。


 違うんだあああああああ



 *



 その後すぐに警察がやってきたが、クソガキたちと一部始終を目撃していた子連れの奥さんの証言により、なんとか誤解は解けた。




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