第46話  小さな疑念

 1


 最近、あるが俺の中で芽生えつつある。


 考えてみれば当たり前のことで、自分にも心当たりが多々ある。


 そんなことはない。

 あってほしくない。


 そう心の奥底で願いつつも、もしかしたら、と心のどこかで思ってしまう。


 だと割り切ろうとするけれど、でもそれって、なんだか悲しいことだよ。




 2



 な、なんだってー!


 思わずお弁当のからあげを落としかけた私だった。


「セ、セーフ」


 太ももの上に落ちただけなのでギリギリセーフだ。もも肉だけに。


 眞昼はパックの紅茶を一口飲んで、


「だから、未夜はどうすんのかなーって。あたしはどうせ勉強すんなら勇にぃのとこでしようと思うんだけど――」


「私も行く」


「即答かい」


 家では未空がちょっかいかけてきて集中できないので、いつもは図書館だったり学校の自習室だったりでテスト勉強に励むのだが、なるほどたしかに〈ムーンナイトテラス〉は勉強するのにいい環境かもしれない。


 それに勇にぃもいるしね。


「くふふ」


「じゃあ、今日からあそこで勉強しようか」


 でも……


「うーん、勇にぃの部屋に謎の美少女として入るのはなぁ……」


「え? 自分で美少女って言っちゃうの?」


「うるさい」


 勇にぃの部屋に上がるなら、ほかの誰でもない、上がりたい。


 思い出のたくさん詰まったあの部屋に、名前も知らない女の子を上げて欲しくない。ああ、なんか私って面倒くさい女になりそうかも。


「やっぱり私はいいよ」


「なんでさ」


 眞昼は眉を八の字に曲げる。


「勇にぃの中では、私は未夜じゃない。私と眞昼と朝華の三人以外の女の子があの部屋に軽々しく上がったら、もやってするもん」


「……たしかに知らない女が勇にぃの部屋に入ったらあたしも嫌かも」


「だから私はいいや」


 そういえば、ちっちゃい頃に勇にぃが知らない女の子と遊んでて、すっごくショックを受けたことがあったっけ。

 今になって思えば、あの頃から私は嫉妬深かったんだろうな。


「ならあたしも付き合うよ。〈ムーンナイトテラス〉の中ならセーフだろ?」


「え、いいの?」


「いいさ」


「眞昼ー、そういうとこ好き」


 私は眞昼に抱き着く。二の腕に温かいむにゅむにゅが伝わってきた。



 3



 その日の放課後、私は眞昼とともに〈ムーンナイトテラス〉を訪れた。


 店内はそこそこの混み具合で、勇にぃも忙しそうだった。


「勇にぃ、来たよ」


「こんにちは、勇さん」


「おーう、いらっしゃい」


 なんとなく気の抜けた返事。


「なんだ勇にぃ? なんか元気ないな」


「あー、そんなことないぞ」


 忙しくて疲れてしまったのだろうか。それとも睡眠不足?


「寝不足ですか?」


「いや、そういうわけでもない。俺はいつも通りだよ」


 そうは言うけれど、なんだかぼんやりしていて覇気がない。風邪でも引いたのだろうか。


 二人掛けの席に座る。飲み物とお茶請けのお菓子を注文し、一息つく。私はカフェオレ、眞昼はコーラだ。


「ふぅ」


「ああ、学校終わりのコーラは最高だな」


 今日も一日学校頑張ったぞ。


 ――じゃなくて、勉強をしに来たんだった。


 勉強道具を広げ、さっそくテスト勉強に取りかかる。


 期末の実力テストよりは範囲や科目が少なくて助かるけれど、手は抜けない。


 小一時間ほどでお客さんがはけていった。


「うぁー、ちょっと休憩」


 眞昼がボリュームのある胸を主張するかのごとく、だらけた伸びをする。勇にぃが横を通ったのと同じタイミングだったのは偶然か?


「勇にぃ、集合」


 手招きされ、勇にぃはこっちのテーブルに戻ってくる。


「なんだよ、おかわりか?」


「お客さんもいなくなったことだし、ちょっと付き合えって」


「勉強してたんじゃねーのかよ」


「休憩だよ、休憩。な?」


「しょうがねーな」


「勇さんもなんだか今日はお疲れのようですね」


「元気ないぞ」


「……そうか?」


「悩みでもあるんですか?」


 私が聞くと、勇にぃは眉をひそめて、


「悩み、というか、不安? いやでも、うーん……うーん」


「お腹痛いのか?」と眞昼。


「……違うわ」


 なんだろう、やっぱり今日は元気がない。


 こういう時は、


「勇さん」


「えっ、ちょっ」


 私は勇にぃの右手を取り、


「辛い時の元気の補給には手を握るのが一番ですよ」


「い、いやでも……」


 顔を真っ赤にし、勇にぃは右手を震えさせる。


「私のがそう言うんだから間違いありません。ほら、ちゃんと握り返してみてください」


 カラオケの時だってお祭りの時だって、手を繋いでたのに、今さら恥ずかしがるなんて勇にぃも可愛いとこあるな。


 カウンターの向こうでおばさんがニマニマしている。

 そうか、おじさんとおばさんがいるからか。


 やがて、ぎこちなく震えていた手が握り返してくる。数秒すると震えも治まり、密着した肌の間に熱がこもった。


 心地よいぬくもり。


 気持ちいい。


「どうです?」


「あー、いい……かも?」


 少しばかり表情が和らいだのでほっとする。


「ところで何をそんなに悩んでいたんですか?」


「え? っとー」


 勇にぃは私と眞昼を交互に見る。


「言いにくいことですか?」


「あたしに隠し事なんて水臭いぞ」


「いや、それは……えと、ああ、そう。最近髪が薄くなってきて、俺も年かなーなんてな。はは」


「おじさんがフサフサだから大丈夫だろ。それより――」


 眞昼は勇にぃの左手を取る。


「あたしも手、握ってやるよ」


「!?」


 こ、このおっぱい、手を握るとか言いつつ、ちゃっかり勇にぃの手を胸の上に置いてるじゃないの!


 なんて姑息な……



 *



 結局、その後は勉強どころではなかった。


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