第45話  クソガキは手に入れたい

 1


 寒暖の差の激しい時期だ。朝は登校するのが億劫になるほど肌寒かったのに、今はなんだかぽかぽか気持ちいい。

 夕焼けに染まった街を眺めながら自転車をこぐ。


「ただいまーっと」


 店の方から帰ると、テーブル席をクソガキ共が囲んでいた。


「おかえりー」

「おかえり」

「おかえりなさい」


 三人揃って怪しげな笑みを浮かべている。またろくでもないことを考えてるのだろう。


「なんだお前ら、にやにやしやがって。親父、コーラくれ」


「ふっふっふ、今からねー、勇にぃのアルバム見るの」


 テーブルに突っ伏しながら未夜が言う。


「ほー」


 アルバムねぇ。


 ん?


 誰のアルバムだって?


「みんなおまたせー。あれ、勇、帰ってたのね」


 分厚い一冊のアルバムを抱え、母が奥から出てきた。

 白い装丁に金色の帯、そしてでかでかと書かれた『勇 幼稚園』の文字。


「げっ」


「おかえ――」


「おりゃあ」


 俺はすぐさまそれを母からひったくる。


「あ、何すんのよ」


「それはこっちのセリフだ。人のアルバムを勝手に――」


「いいじゃない、アルバムくらい」


 いいわけがない。

 特に幼稚園時代の写真なんて、自分で見返すことすら恥ずかしくて嫌なのに、こいつらに見られたらますます俺のことを舐め腐るに決まってる。


「見せろー」

「よこせ」

「見せてください」


「うるせぇ、絶対ダメだ」


 クソガキ共がまとわりついてくるのを躱しながら、俺は二階へ走り、自室に立てこもる。


「逃げたぞ」

「追え!」

「待ってください」


 あいつらのことだ。

 例え隠したとしてもすぐに見つけ出すだろうし、かといってほかに逃げ場はないし。


「開けろー」

「お前はすでにほーいされている」

「開けてください、勇にぃ」


 待てよ?


 あれならバレないでイケるか?


 俺はノブを離してドアを開放する。


「おう、お前ら。どうしてもこのアルバムが見たいのか?」


「早く見せろ」

「早くよこせ」

「早く見せてください」


「まあ待て。それなら勝負をしようぜ」


「勝負? 勇にぃがあたしたちに勝てるわけないだろ」


 眞昼がばっさり切り捨てる。


「ぐっ、言いやがったな。そこまで言うんなら受けてもらおうか。お前らが勝ったら、このアルバム、好きなだけ見せてやるよ。でも俺が勝ったらこいつは封印させてもらうぜ。どっちが勝っても文句は言いっこなしのフェアな勝負だ」


「どうする?」と未夜。


「なんだ? 負けるのが怖いのか? ああ、いいんだ、俺に勝つ自信がないならいいんだ」


 俺は手のひらを向けて鼻で嗤うふりをする。


「なんだと」

「勇にぃがあたしに勝てるわけないだろ」

「大丈夫かなぁ」


 ちょろい。すぐ乗りやがった。


「勝負の方法はなんだ!」


 未夜が聞く。


「今から俺はこのアルバムをこのに隠す。それを見つけて手に入れることができればお前らの勝ちだ」


「え? 簡単じゃないですか」

「待て、朝華。勇にぃのことだから部屋の中とか言ってベランダに隠すこともあり得る」

「なるほど、未夜ちゃん、鋭い」


「馬鹿。そんな卑怯な真似はするか。部屋の中と言ったら部屋の中だ」


「何分で見つければいいんだ?」


 眞昼が腕組みをする。


「そうだな、制限時間は十五分にしておこう」


「……いいだろう」


「じゃあ、今から隠してくるから待ってろ」


 そうして俺はドアを閉めた。



 2



「よし、いいぞ」


 壁によりかかったまま、俺はドアを開ける。

 三人が部屋に入ったことを確認すると、後ろ手にドアを閉め、そのままよりかかる。


「ここだ」


 眞昼はベッドの下を覗く。


「うーん、ないなー」


「こっち探すね」


 朝華は本棚周辺を探し始めた。


「うーむ」


 未夜はベッドの上に立ち、部屋を見回す。


「勇にぃ、部屋の中にあるんだろうね?」


「おう」


「よし」


 未夜はベッドから飛び降り、机の引き出しを片っ端から調べ始めた。


「大きいから、隠せる場所は少ないはず」


 ほう、子供にしてはいい読みだ。


「あんまりおっきい音はしなかったから、物をどかしたわけじゃなさそう」


 言いながら眞昼は部屋の中を歩き回り、俺の方へ近寄ってきた。


「ど、どうした」


 なんだ、まさか気づいたか?


「うーん」


 そのままクローゼットの方へ向かっていくのでほっとした。


「あんまりぐちゃぐちゃになってないな」


 クローゼットを開き、すぐに閉じる。


 なるほど、衣類の荒れ具合でそこに隠したかどうかを判断したらしい。時短に繋げつつ無駄な労力を省くいい戦法だ。


 が、お前らはなところからして見当違いなのだ。


「あ!」


「未夜、あったか?」


「勇にぃ、このゲームあとでやっていい?」


 引き出しの中からカセットを引っ張り出す。


「いいぜ」


「未夜、そんなの後にしろ」


「こっちもないよ。ベランダかなぁ?」


 朝華は窓を開ける。


「朝華、勇にぃは部屋の中って言ったから、ベランダはないはず」


「そうかぁ」


 ふっふっふ。


 時間ばかりがどんどん過ぎていくぜ。


 まあ、クソガキの視点じゃあ、まず見つからないだろう。そして、見つかったとしても問題はないのだ。



 

 俺のプライド、そして大人としての威厳のために、このアルバムはなんとしても死守しなければ。



 3



 残り三分。


「くそー、全然見つかんない」


「やっぱりクローゼットか?」


 未夜はベッドの上で跳ね回り、眞昼はクローゼットを再度開ける。


「そういえば、勇にぃ、なんでずっとそこにいるんですか?」


 朝華が聞く。


「え?」


 その純粋な疑問に何かを感じ取ったのか、未夜が俺の前までやってくる。


 生意気な目が俺を見上げる。


「な、なんだ?」


「怪しい」


「探しに行かなくていいのか? あと二分だぞ?」





「……」





「……」





「あった! だ」



 まずい、バレた。



「何?」


「あったの?」


「見て、よく見ると背中のとこが四角くなってる」


「あー!」

「あー!」


「くっ」


 ついに見つかってしまったか。


 服の裏にアルバムを入れ、背中をドアに押し付けて膨らみを隠す。


 室内の捜索に夢中になるから出入り口に立っておけば死角になるという寸法だ。


「なるほど、たしかにです」


「勇にぃにしては頭を使ったな」


「勇にぃにしてはとはなんだ」


「さあ、アルバムをよこせ」


 眞昼が手を伸ばす。


「ああん? 何言ってんだ。見つけて手に入れたら、と言ったろ。ふはははは」


 俺はアルバムを高く掲げる。


「ほれほれ、手に入れてみろ」


「卑怯だぞ」


「勇にぃ、ずるいです」


 未夜と朝華がぴょんぴょん飛び跳ねるも、俺の頭上までは到底届かない。


 残念だったな。


 時には理不尽に触れることも子供の成長には必要なこと。


 こうやって越えられない壁にぶつかって大人になっていくのさ。


 俺もこのアルバムを見られるわけにはいかないのだ。


 時計を見る。残り三十秒。


 勝った。










「未夜、朝華、そこをどくんだ」


「うん」

「はい」



 眞昼が拳を振りかぶる。



「あ?」



「えい」




 ちんっ。




「おぎゃっ」



 切ない痛みが、股間から脳髄にかけて走る。



「あ、ああ」



 全身の力が抜け、俺はたまらず崩れ落ちる。


 ま、またしても……


 こ、こいつ、もしかして分かってて狙ってるのか?



「やったー、ゲットだ」


 未夜がすかさずアルバムを手にする。


「眞昼ちゃん、すごい。本当に勇にぃを一撃で倒せるんだ」


「だから言ったんだ。勇にぃがあたしに勝てるわけないだろ」


「う、ああ」


 体が、熱い。


「ああ、ああ」


「よし、下に戻ろう」


 未夜の号令でクソガキ共は部屋を飛び出す。


 一人残された俺は、未だ消えない痛みと格闘していた。



「あ、あ」



 4



「これが幼稚園の初めて行った日の写真ね」


「めっちゃ泣いてるじゃん」


 未夜が笑う。


「初めてお迎えバスに乗った時ね、『ママと離れたくないー』って、大泣きして大変だったのよ」


「こっちは?」


「これはお祭りの山車だしにびっくりして泣いちゃった時」


「これはなんですか?」


「ポケ〇ンの映画を観に行ったけど、初日だからすごく混んでて観れなかった時の写真ね」


「勇にぃ、泣いてる写真ばっかだな」


 眞昼が呆れたように肩をすくめる。


「可愛いです」


「うるせぇ! だから嫌だったんだ」


 どういうわけか、俺は昔からよく泣く子だったらしい。


 くそ、もっとマシな写真はないのか。


「あれ? これって」


 未夜がある写真を指差す。


「あら、なんで幼稚園の方に混ざってるのかしら」


 それは俺が小学五年生の時の写真だった。


 小さな赤ん坊を慎重に抱く、子供の俺。その横には若い未来の姿が。


「これもしかして、未夜?」


「わぁ、可愛い」


「うわぁ、み、見ちゃダメ」


 アルバムを抱え、未夜が走り出す。


 その背中を、眞昼と朝華が追いかけた。



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