第30話  クソガキ納涼ホラー

 1


「なんかさー、暇」


 未夜が誰にともなくぼやいた。


 俺は勉強机の椅子にもたれていた。ベッド上は三匹のクソガキに占領されている。未夜、眞昼、朝華は川の字にベッドに寝転がり、これでもかというほどだらけきっていた。


「おもしろいことないのか、勇にぃ」


 眞昼が額の汗を拭って言う。


「今日も暑いですねぇ」


 朝華がうちわをパタパタと動かす。


 そんな三人で密着してるから暑いんじゃないのか、と心の中でツッコミを入れる。


「ゲームでもするか?」


 俺はゲー〇キューブを引っ張り出す。四人対戦用のソフトならたくさんあるぞ。


「んー、なんかさぁ、そういうじゃないんだよね」


「どういう気分なんだよ」


 未夜がこっちを向いて、


「ドキドキさせてよ」


「はぁ?」


「……そう、未夜の言う通り」


「暑いですぅ」


 注文がアバウトすぎる。


 ドキドキて。


 倦怠期のカップルか!

 いや、彼女いたことないからよく分からんけども。


「ったく」


 今日は特に暑いからな。

 クソガキどもは夏バテしてるみてぇだ。


 雲一つない快晴で太陽もいよいよ本気を出してきた。外気温は優に三十度を超えていて、熱中症の警戒警報が何度も流されていた。

 この部屋には扇風機しかないんだからこういう日ぐらいは空調の効いた自分たちの家で遊べばいいのに。


「おら、お前ら麦茶飲め。水分補給しとかねえと熱中症になるぞ」


「ほーい」

「はいはい」

「はーい」


 ゾンビのようによろよろとベッドから降りる三匹のクソガキ。


「……!」


 その姿を見てピンときた。


 そうだ。


「よし、待ってろ」


 俺は部屋を出て親父の書斎に向かう。


「くっくっく」


 親父は映画マニアで、邦画洋画問わず膨大な量の映画DVDをコレクションしている。

 俺はその中のホラーコレクションに目をつけた。

 おどろおどろしいフォントのタイトルが並んでいる。


 ドキドキしたいだぁ?

 いいだろう。

 怖がらせてドキドキさせてやろうじゃねーか。


 あの空き家探検の一件でこいつらにも恐怖という感情が備わっていることが判明した。

 いつもいつも、がひどい目に遭っている気がする。たまにはこいつらにも痛い目を見てもらおうか。

 ホラーだったら納涼も期待できるぞ?

 一石二鳥じゃねーか。


「……ふふふ、ふはははは、はーっはっはっは」




 2



 画面の中を一人の女が歩いている。


 女は探偵で、ある調査のために廃れた空き家を探索していた。この空き家は数年前に凄惨な殺人事件が起きたの場所で、女はその事件の解決のために訪れていたのである。

 女はこの空き家に足を踏み入れてから、常に誰かの気配を感じ取っていた。

 一人や二人ではない。


 足音や衣擦れの音が、かすかだが聞こえてくる。

 それも、から。


 この家にだれか潜んでいるというのか。


 しかし、中を探し回っても誰も見つからない。


 BGMが少しずつ不気味なものに変容していく。


 カメラワークが不穏な動きを始める。


 そしてBGMが消え、女が振り向く。そこには――



















 誰もいなかった。





『何よ。びっくりさせて』





 安堵の息をつき視線を戻す。






 そこには眼球のない少年が立っていた。

 

  




「ひえええええぇええ」


「勇にぃ、うるさい」


 未夜が俺の背中を叩く。


「ゆ、勇にぃ。ビビりすぎだろ」


 俺の背中にぴったりつきながら眞昼が言う。


「お、お前らだってビビってんじゃねーか。なに俺の後ろに隠れてんだよ」


 未夜と眞昼は俺の背後に隠れ、肩越しにテレビを見ていた。

 朝華に至っては俺の胸にひっついたまま顔を離さない。


「ビビってないぞ。テレビを見る時は離れて見ないといけないだけだ。な、未夜」


「眞昼の言う通り」


「屁理屈を」


 これはヤバい。


 かなりヤバい。


 和ホラー特有の、驚きや衝撃ではなく純粋に怖さを追求した演出。

 ホラーの目玉の幽霊はいきなり登場させず、まずは匂わす程度。

 幽霊がいつ来るか分からない臨場感を演出し、今のシーンのようにここだ、という場面で登場させる。

 積み重ねたジェンガを一気に崩すように、恐怖が倍増するのだ。


 よくある手法だが、やはり怖い。

 というか、怖すぎる。

 

 推理小説とか好きだし、割とこういうものには耐性があると自負していたが、これはヤバい。


 今すぐにでもテレビを止めたい。

 こいつらもかなりビビってるみたいだ。

 見るのやめよう、って言えば賛成するだろ。


 し、しかし、自分でこれを持ってきた手前、俺から言い出すことはできない。


 それをしたら負けだ。


「勇さんー」


 朝華が涙目の顔を寄せ、抱き着いてくる。


「朝華、こっちに来るんだ」


 未夜が手招きする。


「未夜ちゃーん」


「早く早く」


「あっ、こら」


 朝華までもが俺の背後に移動する。


 馬鹿!


 そんなことしたら俺が一番前になっちまうじゃねーか。



 少年の幽霊が登場したのを皮切りに、畳みかけるように別の幽霊――どれも眼球がなく、目が真っ黒だ――が女に襲いかかかる。



「うおおおおおおおおおおお」


 俺は恐怖のあまり大声を上げた。



 2



「わ、私、トイレ行ってこよーっと」


 未夜が立ち上がる。


「ゆ、勇にぃも来て?」


「あ?」


 なんだ、一人で行くのが怖くなったのか。


 仕方ない。ここは可愛い妹分のために、俺もついていってやるとしよう。


「逃げる気か、二人とも!」


 眞昼が叫ぶ。


「ちちちちち、違うわ」


「ちゃんと一時停止しておきますから」


 朝華がリモコンを手に取る。


 ちっ、なかなかしたたかじゃないか。


 まあいい。


 とりあえず一度ここを離れて気分をリセットすれば、だいぶ気力も回復するだろう。



 俺はトイレの前で待つ。


 まだ胸がドキドキしてやがるぜ。


 あいつらをドキドキさせるつもりが、俺がドキドキしては本末転倒だ。


「おーい、未夜、まだか?」


「もうちょっとー」


 俺は親父の書斎に目を向ける。

 もう少し適度に怖い奴を選べばよかったと反省する。

























「お邪魔しまーす」


























 子供の声が階下から聞こえた。




 ん?




 今の声は、未夜?



 あいつ、いつのまにトイレから出たんだ。



 いや待て、



 階段から未夜が顔を覗かせる。



「おっす、勇にぃ」



「は? え? お前いつの間に」



「んー? 何が?」



「お邪魔します」

「お邪魔します」



 さらに続く二人の声。

 眞昼と朝華だ。


 未夜に続いて、二人が階段から上がってくる。



「勇にぃ、なんでそんなとこに突っ立ってんだ?」




「え? いやお前らいつ下に……」




「下?」




 朝華が怪訝そうな顔をする。





「何言ってんだ? 変な勇にぃ」





 三人はそのまま俺の部屋に入っていく。




 なんだこいつら、俺をビビらせようと悪戯を仕掛けやがったのか?





 ベランダから降りた?

 いやけっこう高さがあるし、何よりこいつらの身長と筋力じゃ柵を乗り越えられないだろ。






 トイレの方を向く。






 扉は閉まったままだ。







 生唾を飲み込む。












 しんと静まり返った廊下。










 痛いほどの静寂。









 ノブに手をかけると、








「誰か、いるのか?」









「勇にィ?」








 中から聞こえる声は、未夜のもの。









「み、未夜?」










「まだイル?」











 背筋が凍りつく。










「イまカラでるカら」













 紙を巻く音と流す音が聞こえる。
















 かちり、と鍵の開く音。
















 ぎぃ。

















 扉が開く。




















 そこには――












































 3




「うわあああああああ……へ?」


 視界に映るのは、見慣れた天井と俺を覗き込む三人のクソガキ。


「あ、起きた」


「勇にぃ、ビビりすぎでしょ」


「ホラー映画で気絶する人初めて見ました」



 起き上がると、そこは自分のベッドの上だった。


 テレビにはさっきの映画が一時停止した状態で映されている。



「はぁはぁ……ゆ、夢?」


「汗びっしょりですよ」


 朝華がタオルで俺の顔をふく。


「あ、ありがと」


「あははははっ、ざぁこ、ざぁこ」と未夜。


「本当に弱っちぃな、勇にぃは」


 眞昼が情けないものを見るような目を向ける。



「くっ」



「いっぱいお化けが出てきたとこで大声出して気絶したんです」


 あそこか。たしかにあそこまでの記憶はある。


 なんたる不覚……


 しかし、



「夢でよかったぁ」


 俺は渾身の安堵の息をつくと同時に、リモコンの停止ボタンを押した。


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