第26話 春山未夜は超モテる
1
――校舎裏。
人影のないこの場所に佇む男女。
「春山先輩、付き合ってください」
差し出された下級生の手を見つめながら、未夜は小さく後ずさった。
見慣れた光景である。
告白はよくされる。
しかし、誰が相手だろうと私が告白にOKの返事を返すことはないだろう。
これまで、同じ世代の男の子相手に私の心がときめくことは一度としてなかった。また、クラスの女子たちが熱中している恋バナにも、私はまったく共感できなかった。
テレビの世界のイケメン俳優やアイドルたちにも心は無反応だったし、二次元の世界の住人にも全く興味が湧かない。
一時は
「ええと……」
「俺、マジ惚れたっす。年上とか、そういうの全然気にしないっすから」
自信満々に彼ははにかむ。
「その……ごめんなさぃ」
消え入るような声で私は告げた。こういう場面は、本当に苦手だ。
「えっ!? な、なんで?」
相手は今年入学したばかりの一年生。すごく可愛いイケメンだと、ちょっとした騒ぎになっていた。
恋愛には苦労した経験がないのだろう。彼はあまりのショックで顔を引きつらせていた。
「なんで……って言われても」
興味ないし、と言ったら傷つくだろうか。
「ほかに、好きな男がいるんすか?」
今度は怒ったように詰め寄ってくる。
「……」
あの時、駅で再びあの人と会った時、胸にいろんな感情が飛び込んできた。
懐かしいという気持ち。
嬉しいという気持ち。
寂しかったという怒り。
なんで一度も帰ってこなかったのという怒り。
なんで気づかないのという怒り。
そんな中に、今までの人生で味わったことのないようなときめきが紛れていることに未夜は気づいていた。
私は恋に興味のない冷たい女じゃなかった。
ただ、その対象がずっと遠くにいただけなのだ。
踵を返し、私は駆けだす。
「あ、待ってよ」
「ご、ごめんなしゃィ……あっ」
振り向きざまに言ったので噛んでしまった。
2
「……はぁ」
「まーた告られたの? あんた本当すごいなぁ」
革張りのソファに横になりながら、
ここは未夜の所属する
壁一面を埋める書棚には、古今東西の
未夜が推理小説にハマったのは、有月の影響である。彼も推理小説が好きだったようで、部屋には蔵書が残されていた。
有月が上京して以降、寂しさを紛らわせるために彼の部屋にお邪魔することがよくあった。小学生だった頃は難しくてよく分からなかったが、中学生になってからだいぶ読めるようになり、ハマってしまったのである。
「さすがは北高三大鉄壁聖女の一人」
「やめてよぉ」
ちなみにこの野中星奈はミス研の会長である。150センチという小柄な体格に加え、味気ないセミロングに黒縁の眼鏡といった地味女子であるが、三度の飯より殺人事件が大好きな変態だ。
「三年の
眞昼もかなりモテるらしい。しかも彼女の場合、女子からの人気も高いというから驚きだ。
「ついた異名が鉄壁聖女」
「恥ずかしいからやめてって」
誰だ!
そんな中二っぽいセンスの異名をつけたのは。
「分かった、分かったって」
「はぁ」
最低でも月に一度は誰かから告白される。その度に学校中から注目され、本当に恥ずかしい。
一部の女子からは嫉妬の目で見られるし、男子からは変に囃したてられたりする。
仲良くない人とは話すだけで緊張するし、ひどい時には緊張のあまり悪心が込み上げてくることもある。
根が陰キャな私は、他人に意識されることが苦手なのだ。
「はぁ」
本日三度目のため息。
「モテすぎて困るとは、贅沢な悩みだねぇ。本格ミステリだったら、だいたい最初に殺される役だね」
なんてこと言うんだ。
3
「あ、春山さん。それ俺が持つよ」
「え……あ、ありがとぅ、ございます」
クラスの男子がゴミ袋をひったくる。今日のゴミ当番は私なのに。
「春山さん、俺さ、教科書忘れちゃったから見せてくれない?」
「え、いい、ですけど」
隣の席の男子が机を寄せてきた。
「なぁ、春山さん、今日みんなでカラオケ行かねー?」
「え、あ、いや、今日はちょっと……」
クラス一のチャラ男が声をかけてくる。その後ろにいる取り巻きの女子たちからはじろりと睨まれる。私が何したっていうんだ。
キンコンカンコンと鐘がなり、放課後を迎える。
「ふぅ」
いつものようにぐいぐい絡んでくる男子たちを躱し、なんとか今日も一日を終えることができた。今までだったらこのまま部室によって
校門を出ると、足が軽くなったように感じる。
羽の生えたような感覚。
足取りは軽やかになり、心は浮足立つ。
〈ムーンナイトテラス〉の看板が見えてくる。
「いらっしゃいませ」
ドアをくぐると有月の声が聞こえた。
ここにくると、童心を思い出す。
「ふふ、こんにちは。勇さん」
私は不敵に笑う。
さて、今日はどんな作戦で気づかせてやろうかな。
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