第25話 クソガキは知りたがり
1
俺は分からないところやつまずいたところがあれば教える家庭教師のような役回りである。
「ねぇ、二人はもう自由研究やった?」
ひと段落したところで朝華がおずおずと言った。
「私はカブトムシの観察日記作るんだ」
自信満々に未夜が言う。こいつ、本当にカブトムシ大好きだな。
「へぇ、すごいね。眞昼ちゃんは?」
「あたしは日本のゲームの歴史を調べてまとめた」
「はぇ~」
「昔のおっさんたちはタッチパネルがないゲームで遊んでたらしいぜ」
「なんだ、今どきの小学生は一年生から自由研究があんのか?」
「勇にぃはやらなかったの?」と未夜。
「俺の時代は三年……いや、四年生からだったかな?」
記憶があいまいだが、たぶんその時分からだったように思う。
「ふーん」
「自由研究ってなにをすればいいんだろ」
「朝華が気になったり、不思議に思ってることを調べてみればいいのさ。そういうことを自分で調べることに意味があるんだ」
「勇にぃもたまにはいいこと言うな」
眞昼が偉そうに言った。
「たまにはとはなんだ。とにかく、そういうことをあげてみ?」
「気になったり、不思議に思ってること……」
悩ましげに頭を抱える朝華。
俺は麦茶の入ったコップに手を伸ばす。
「なんで人は悪いことをするんだろう」
「……それは永遠に解けない哲学だな。そうじゃなくて、もっとこう日常的なやつ」
「うーん、じゃあ、なんで空は青いんだろう」
「お、いいじゃないか。そういうのだ」
「なんで水は100℃で沸騰するんだろう」
「そうそう、そういうの」
「赤ちゃんはどうやってできるんだろう」
「ぶふぉっ」
「うわ、勇にぃ。麦茶吹き出すな! 未夜、タオル取って」
「ほいよ」
「どうしたんですか?」
きょとんとこちらを見る朝華の目は、どこまでも清らかで純粋だ。
「そ、それは知らなくていいことだから!」
「なんでですか? 気になります」
「たしかに、あたしも知らないな。コウノトリが運んでくるってのは嘘だって分かるけど」
「ちゅーすればいいんじゃない? ちゅーって」
未夜が口をすぼめる。
「ちげーわ」
「なんだ? 勇にぃ知ってるのか?」
眞昼が訝しげにこちらを見据える。
「い、いや、知らんぞ? それより、最初の空のやつでいいんじゃないか? 俺も気になるしなー。宇宙は黒いのに、ふ、不思議だなー」
「そういえばそうですね。うーん、なんでだろう」
「あたしも気になるぞ。それ」
よし、話題が逸れた。
このクソガキ共は変なところでませてるからなぁ。この前も泥沼のおままごとを繰り広げてたし……
こいつらの気が変わる前に早いとこ誘導するか。
「よし、じゃ、さっそく図書館にでも行って調べるとするか」
「おー」
「おー」
「おー」
2
市立図書館の一角、子供用スペース。
腰の辺りまでの高さの本棚が何列も並行に並び、幼児から小学校高学年までの子供たちとその保護者であふれかえっている。
空調が適度に効いており、照明も明るすぎないため、とても快適な空間だ。
子供向けの科学コーナーからいくつかの本を取り、朝華は難しそうな顔をして調べていた。
その横では、未夜と眞昼が児童書を黙々と読んでいる。読書感想文用だそうだ。
広い館内に響くのは、紙をめくる音と足音。時折周囲に配慮した囁き声が聞こえるくらいだ。
さすがのクソガキ共もここで騒ぐような真似をしないみたいでほっとする。
「どうだ、分かったか?」
「うーん」
朝華は首をかしげる。
さすがに小一には難しすぎたか?
「お日さまの光はいっぱいあって、でもみんな色が違って、青い光は広がりやすいから……?」
「どうして広がりやすいんだ?」
「えと、はちょーっていうのがあって、はちょーが短いのは、空気の中にゴミがいっぱいあって、それにぶつかりやすいからで……それで、青い光ははちょーが短くて……ゴミにぶつかると、光が広がるから。青い光がいっぱい広がるから、空は青く見えるらしい、です」
「すごいじゃないか。あとはしっかり分かりやすくまとめるだけだな」
「えへへ」
俺も今日初めて知ったのは秘密だ。
朝華はせっせと調べた内容をノートに書き写している。
さて、せっかく図書館に来たんだ。俺も何か本でも読もう。読書は実は嫌いではなく、むしろ好きな部類である。ファンタジーや冒険小説が得意ジャンルだが、最近推理小説にハマり始めた。
中でも謎解きに重きを置いた本格ミステリが好みだ。
本を選んでテーブルに戻ると朝華一人だった。
「あとは一人でできるか?」
「はい」
よし、それじゃ心おきなく読書に取り組もう。
古びた館。血塗られた一族。謎の美少女。そして一族の謎とクローズドサークル。
うむ、俺好みの趣深い舞台だ。
ややあって朝華が小さく歓声を上げた。
「ふう、できました」
それとほぼ同時に眞昼が戻ってくる。
「朝華、見ろ。いいもん見つけたぞ」
「わぁ」
何やら面白い本でも見つけたようだ。あまり騒いでくれるなよ。今、すごくいいところなんだ。あ、これは伏線ぽいな……
――と思っていたら、今度は未夜が戻ってきて、
「おーい、二階で映画やってるぞ」と叫んだ。
「未夜、静かにしろ」
司書さんが睨んでるぞ。
「なに?」
「映画?」
「勇にぃ、行ってきていい?」
「静かになー」
どうやら映画の上映会をやっているようだ。ま、お子様は字よりも映像の方がとっつきやすいもんな。
まあいい。うるさいのがいなくなったおかげで読書に集中できる。それにしてもこの作品、読めば読むほど俺の好みをピンポイントで突いてくる。
*
「ふう」
とてもいい作品だった。
積み重ねたロジックがトリックを暴き、論理的に犯人を浮かび上がらせる。同時に一族の悲痛な秘密も明らかになり、感動的なラストへ繋がる。
あまりに面白すぎてのめり込んでしまった。名作とはこういう作品のことをいうんだろうな。それにしてもあの言葉が伏線だったとは……
そういえば、今何時だ?
時計を見ると午後四時だった。
二時間も経ってるじゃないか。
周りのことなんか目に入らないくらい集中していたようだ。
あいつらもそろそろ戻ってくるだろう。
「くすくす」
「やぁねぇ」
「男の子ねぇ」
なんだか視線――特に女の人の――がこっちに集まっているような。
そういえば、読書中にもなんだか笑い声が聞こえてきたような気が……
子供コーナーに一人でいたからか?
それにしてはなんだか様子がおかしいが。
不可解に思いながら、ふと俺はテーブルに目を落とす。あいつら、持ってきた本を片付けずに行っちまいやがったみたいだが、いったい何の本を――
『赤ちゃんはどこから来るの?』
『まんがでわかるせいきょういく』
『ママのひみつ』
「なっ――」
あ、あのクソガキ共……
なんちゅうもんを……
いや待て。
この周囲の反応。
もしや、他の人たちからは俺が借りてきたものだと思われて……
「あ、あ、あのクソガキども!」
二階へ駆ける俺の背中に怒声が飛ぶ。
「図書館ではお静かに!」
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