第20話  クソガキたんけんたい

 1


「たんけんたいをつくろう」


 未夜が突然言った。


 場所は春山家の未夜の部屋である。

 小学生になって与えられた一人部屋。ピンクを基調とした女の子らしい部屋だ。


「未夜ちゃん、探検って、何をするの?」


 ジュースを飲みながら朝華が聞く。もっともな質問である。


「え? 宝を探したり怪物を倒したりするんだよ」


「ええ、怪物? 怖いよぉ」


「安心しろ朝華。怪物退治ならあたしに任せるんだ」


 スカートのすそを翻しながら立ち上がり、眞昼は言った。珍しくワンピース姿の彼女はぐっと小さな拳を握り


「あたしは勇にぃを一撃で倒したことがある。怪物なんて一発だ」


「そうなの!?」


 未夜が驚いて身を乗り出す。


「修行をしたんだ。激しい特訓だったぜ」


「すごいねぇ」と朝華。


「女の子に負けるなんて、勇にぃってやっぱりザコだったんだ」


「まあまあ未夜。勇にぃはたしかにザコだっただけど、あたしが強くなりすぎたせいでもある」


「眞昼ちゃんカッコいい。安心かも。それで未夜ちゃん、どこを探検するの?」


「うーん、どこがいいかなぁ」


 未夜はベッドの上であぐらをかき、両方の人差し指を頭に当ててくるくると回す。


「まだ決めてなかったの?」


「えへへ」


「それならいい場所がある。実は前から気になってたんだ」


 眞昼が不敵に笑う。


「どこどこ?」


「ほら、商店街の先の道を山の方へずっと行くとさ、でっかいお屋敷があるだろ?」


「うん、あるね。あそこなんなのかなぁ」


「昔から誰も住んでないみたいで、二組の男子どもがさ、お化け屋敷だとか言って騒いでたんだ」


「お化け屋敷か、面白そう」


 未夜はうきうきしながらベッドから飛び降りる。


「よーし、探検隊出動だ」


「おー」

「おー」



 2


「ちぇっ、勇にぃめ。せっかく探検隊の部下にしてやろうと思ったのになー」


 一同は〈ムーンナイトテラス〉に寄ったのだが、残念ながら有月は不在だった。さやかが言うには、ついさきほど出かけたらしい。



「ここだ」



 三人が辿り着いたのは、古びた洋館だった。レンガ造りの壁はところどころ剥がれ落ち、曇った窓には蜘蛛の巣が張っている。

 荒れ果てた前庭にはカラスが降り立ち、屍のような枯れ木が点在している。

 周囲の民家とは全く異質の存在である。


 錆付きのひどい鉄門を見上げながら、三人は息を呑む。

 少なからずの恐怖心が湧き上がるものの、子供特有の好奇心わくわくがわずかに上回った。



「どこか入れる場所はないかな」



 塀に沿って周囲を歩くと、裏手の塀の一部分が崩れ、穴が開いているのを発見した。


「ここから入れるぞ」と眞昼。


 かがんで穴をくぐる。



 そこは裏庭のようだった。


 沼のような池。


 雑草が生い茂る地面。


 色褪せた白いベンチ。


 そして上半身が崩れた天使の石像。


 ここがかつてどのような場所だったのか、どのような人間が住んでいたのか。


 廃墟にロマンを感じる好事家ならば、そんな感傷に身をゆだね、家人たちが在りし日の情景をおのずと想像することだろう。




 ――が、




「うわー、すっげぇ」


「本当にお化け屋敷みたいだ」


「ね、ねぇ。お化けとかでない、よね?」



 クソガキ共にそんな感性など存在しない。


「未夜、あそこ」


 眞昼が指さす先には、派手に割れた窓があった。


 誰かが割ったのか、それとも何か別の経緯で割れたのか。


 そんなことはどうでもいい。




 




 その事実に三人のボルテージはマックスになった。




 3



「懐中電灯持ってきてよかったー」


 未夜は右手に持った懐中電灯を振りながら言う。


 光の線が暗闇を動き回る様はまるでビー〇サーベルのようだ。


「眞昼ちゃん、手離さないでね」


「おう」


 朝華と眞昼はお互いに手を強く握りしめ合う。



 現在、三人は長い廊下を歩いている。

 壁には絵画がかけられ、足元の絨毯は埃と湿気でひどく汚れている。


「すげーな、ホラーゲームの中みたいだぜ」


「ここの部屋はなんだ?」


 未夜が右手に現れた扉を開ける。


 入ってみると、そこは書庫のようだった。

 天井まで伸びる書架に分厚い本がぎっしりと詰まっている。


「本ばっかだ。つまんないの」


 廊下に戻る。その時だった。


「あれ?」と朝華。


「どうした」


 眞昼が聞く。





「なにか、あっちの方で……なにかが動いたような」


「あっち?」



 未夜が廊下の奥に懐中電灯の光を向けるも、その先には曲がり角があるばかりである。



「み、見間違いじゃない?」


「怪物か、あたしがぶっ倒してやるぜ」


「大丈夫? 眞昼ちゃん」


「おらぁっ、誰かいるのか?」


 眞昼が声を張り上げる。しかしながら、返ってくるのはしんとした静寂ばかりである。



「うーん、やっぱり見間違い……かも?」


「進めば分かるよ、行こう」


 未夜を先頭にゆっくりと歩き出す。


 無言になったからか、一歩一歩踏み出すたびに足元からきしむような音が聞こえるようになった。それがまた恐怖を煽る。


 曲がり角まであと五メートル。













 四メートル。




















 三メートル。


 



















 二メートル。

























 一メートル































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