第19話 嫉妬、そして嫉妬
1
ほがらかな土曜日。日当たりのいいテラス席にもたれてうとうとすれば、そのまま気持ちのいい夢の世界へ旅立てそうだ。
「ありがとうございましたー。さて、ひと段落ついたな」
昼時の忙しい時間帯を越えると、客足はまばらになり余裕が生まれる。
コーヒー一杯で長居をしていた営業風のおっさんのカップを片付けながら、俺はおっさんの死相が張り付いた顔を思い出す。彼もまたブラックでダークでビターな
その世界からいち早く転生できた俺は運がよかった。正直、したっぱとしてこき使われているという点に関しては、家業も同じなのだが。
午後二時。
完全に客が途絶えた店内に呼び鈴が響いた。
「いらっしゃいませー」
言いながら俺が振り向くと、すでに客は俺の目の前まで迫っていた。いや、迫っているというより、その客――黒髪ショートカットの美少女――は俺の方へ飛び込んできた。
「わぷ」
豊満な胸に顔が埋まり、い、息ができない。
温かくて、柔らかくて、なんだかいい匂いがして……ってマジで息ができん。
死ぬ。死んじまう。
「ぐむむ、は、離れて、いったいなんなんだ」
状況が全く理解できず、混乱するばかりの俺だった。
なんで見知らぬ爆乳美少女が俺に飛びついてくるんだ。こんなぶっ飛んだ女、ラブコメの世界でもなかなかお目にかかれないだろ。
「へへ、ごめんごめん」
美少女が離れる。名残惜しいぬくもりを顔面に感じながら、俺は目の前の美少女を観察する。
背は高く、百七十センチは優に超えていそうだ。肌は白く、白魚のようだ。そして俺を殺しかけた凶悪な胸部兵器。
「ん? お前、まさか」
ボーイッシュでキリっとした顔立ち。黒髪ショートカット。そして俺を舐め腐ったようなこの腹立つ瞳。
この美少女、いや、こいつは――
「お前、眞昼か?」
2
どうもみなさん、こんにちは。春山未夜です。
おばさんに頼んで裏からこっそり入らせていただきました。今私はキッチンの入り口の陰に隠れています。
突然ですがここで一つ問題です。
私は今、とーっても怒っています。それはなぜでしょうか?
「いやあ、久しぶりだなおい、眞昼」
「へへ、勇にぃは全然変わんないな」
「お前も変わらんぞ。まあ、いろいろでっかく育っているけど」
なぜでしょーか???
「それにしても久しぶりだな。十年ぶりか」
「十年間、一回も帰ってこなかったから十年ぶりだな」
「それには深くて暗いわけがあるんだって」
再会の喜びを分かち合う二人をよそに、未夜は嫉妬の炎に燃えていた。
はあああああ?
なに?
なんなの?
なんで眞昼にはすぐに気づいてるわけ?
いやちょっと待って。
はあああああああ?
まあたしかに眞昼は小学校の頃からずっとあんな感じだし髪型も性格も変わってないけどさ。
私の時と雲泥の差じゃない。
ていうか眞昼、なにいきなり勇にぃにおっぱい押し付けてんのさ。勇にぃもデレデレしちゃって。
眞昼がカウンター席に座る。
「おじさん、コーラね」
「かしこまりました」
「ほら、一杯付き合えって」
コーラを飲みながら、眞昼は有月を横に座らせる。
「なんで十年も帰ってこなかったんだよ」
「話せば長くなるが、まあ簡単に言うと帰省する機会がなかったんだ」
東京でのことを語る有月の顔には、たしかな苦悶が浮かんでいた。それを振り払うように、彼は話題を転じる。
「眞昼はたしか今年で高三だろ? 部活とかやってんのか?」
「ん? ああ、あたしはバレー部。一応キャプテンなんだぜ?」
「バレー?」
「小六から始めたんだ」
「あんな生意気だったお前がキャプテンとは……目頭が熱くなるな」
「……もう、子供じゃないからね」
「馬鹿言え。俺からしたら今でも子供だぜ」
「……馬鹿」
ああ、もう私もそういう話したい!
なに二人でしんみり思い出に浸ってんのさ。
う~。
「そういや、未夜と朝華は元気か?」
昨晩、未夜の正体が名前当てを持ち掛けた美少女であるということはバラさないように口を酸っぱくして言っておいた。
上手くごまかして。
「ん、まあぼちぼちだよ。朝華は全寮制の高校に行ったから会う機会は少なくなったけどな」
「ふうん、あいつらどんな感じに成長してんだろうなぁ。未夜なんて、きっとあのまま成長してたらとんでもないギャルかヤンキーに……ん? なんで笑ってんだ?」
「ふぇ? いや、別に」
笑いをこらえる眞昼。事情を知る彼女からすれば、今の有月と未夜を取り巻く状況は面白くてたまらないのだろう。
眞昼が口を滑らせる前に、未夜はスマホを取り出し、メッセージを送る。
『眞昼、駅前のマ〇クに集合(怒)』
「そうだ、今度あいつらも連れて――」
眞昼はメッセージに気づいたようだ。
「ああ、勇にぃ。今日はもう帰るわ」
「え? ああ」
「ご馳走様。またな」
「おお」
眞昼が店を出ていくのを確認したのち、未夜も裏口から抜け出した。
早足で。
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