第21話 クソガキたんけんたい その2
1
「階段?」
角を曲がると、二階へ続く階段があった。
光を斜め上に向ける。
「上に向かったのか、面白い」
眞昼がにやりと笑う。
階段を上がると、広いホールのようなところに出た。
明かり採りの大きな窓から差し込む陽光に、いっそう廃れた印象を受ける。カビの臭気が充満し、真夏なのにどこか空気は冷えているような気がした。
裏庭にもあった天使の石像が何体も配置されており、その無機質な瞳が三人を見据えている。
「な、なんか怖くなってきた……かも」
朝華が眞昼の手を強く握る。
「大丈夫だ、どんなやつがきてもあたしがやっつけてやる」
ホールを抜けると細長い廊下に出る。その左右にはいくつもの扉があり、その中の一つに三人は入った。
部屋の奥にも扉があり、そこに入るとまた別の部屋。そこを抜けると今度は廊下と、二階はかなり入り組んだ構造になっているようだ。
自分たちがどの辺りにいるのか、あっという間に方向感覚が失われる。
暗い部屋に入った。
ここは窓がなく、当然電気も通ってないので、懐中電灯の光だけが頼りだ。ずっと閉め切られていたからか、むわっとした空気が満ちている。
「きゃっ」
朝華が悲鳴を上げた。
「どうした?」
未夜が駆け寄る。
「な、なんか、ぐにゅって。あそこ」
未夜が光を向けると、そこには燭台があり、どろどろになったろうそくの残骸が溜まっていた。
おそらく、この暑さで柔らかくなってしまったのだろう。長い間放置され、劣化してしまったせいもあるかもしれない。ともかく、朝華はそれを触ってしまったようだ。
「白いどろどろ、気持ち悪い」
「化け物の罠だ!」
「手、洗いたいよぉ」
「台所を探そう」
無論、この家は水道も止まっているため、台所など探しても無駄なのだが、そんなこととは知らずにクソガキ共はどんどん奥へと迷い込んでしまう。
「なぁ、なんか変な音しなかったか?」
眞昼が言う。
「そう?」
未夜は光を振る。
「なんか、はぁーって、息みたいな」
「やっぱりなにかいるんだよ」
廊下を突き当りまで進むと、例の天使の石像が二体並んでいた。その真ん中には観音開きの真っ赤な扉があり、南京錠と鎖でがっちりと施錠されていた。家の中なのに外側から閉ざされたその扉を前に、三人は息を呑む。
「な、なにここ」
「なにかが封印されてるんだ……って、くさっ」
未夜が扉の隙間に顔を寄せると、今まで嗅いだことのないような悪臭が鼻をついた。
さすがのクソガキも、この家は何かがおかしい、と気づき始めた。
「ね、ねぇ、もうさ、帰ろうか」
未夜が言うと、二人も頷いた。
そうして踵を返した。
「あれ」と未夜。
「どうした?」
眞昼が聞く。
「どの道から帰るんだっけ」
2
扉を抜け、また別の部屋に出ては扉を開く。ある時は廊下に出て、ある時は行き止まりにぶつかる。それを何度繰り返したことだろうか。
「ね、ねぇ、ここ、さっきも通らなかった?」
「で、出口、階段を探すんだ」
「またなんか音がしたぞ」
半べそをかきながらさまよう三人。
初めて訪れる場所で勝手が分からず迷う。
当たり前のことである。
頼れる大人はおらず、かといって、自分たちだけではどうしようもない。
そのことに気づいた時、三人はようやく事の重大さを認識した。
もう二度と帰れないのではないか。そんな恐怖が足元から忍び寄る。
「わわっ」
眞昼が足元に転がっていた何かに足を取られ、転んでしまった。
「いってぇ、なんなんだよもぉ……!」
「大丈夫?」
「大丈夫か?」
その辺りは壁板が腐って剥がれ落ちていたのだ。その中の一つに足を引っかけてしまったのだろう。
「うぅ」
じわりと涙がにじむ。
「もう、帰りたい……うわぁん」
普段は勝気な眞昼が見せた涙に、ほかの二人も釣られてしまう。
「うわぁあん」
「おかぁさーん」
三人はその場にへたり込み、わんわんと泣く。
「わあぁん」
「勇にぃー」
「誰か助けてぇー」
そんな三人に追い打ちをかけるかのように、謎の足音が背後から迫ってきた。
コツ。
コツ。
コツ。
「ひっ」
「だ、誰?」
コツ。
コツ。
コツ。
「なぁに、やってんだ。お前ら」
現れたのは、有月だった。
「勇にぃ!」
「勇にぃー」
「勇さん」
どうして彼がこんなところにいるのかは関係ない。
安堵の気持ちが涙になって押し寄せる。
「こら、ひっつくなって。暑いだろ。全く、帰るぞ」
3
「いいかぁ、知らない家に勝手に入っちゃいけねーんだぞ。見つけたのが俺だったからよかったものの、変態のおっさんだったらどうすんだ」
「ひっく、ぐす」
「うえぇん」
「勇にぃ、勇にぃ」
三人はまだ泣き止まない。
それにしても、こいつらがあの家に侵入してきた時は肝を冷やした。
あの
河原。
公園。
雑木林。
処分に困ったエロ本の捨て場として、そして捨てられたエロ本の鑑賞の場として、このような場所にお世話になった思春期男子は少なくないだろう。
あの空き家もその一つだ。
有月がここを見つけたのは小学校六年の時である
度胸試しに、と入った時、庭の一角にエロ本が大量に捨てられているのを発見したのだ。
住む者も管理する者もいなくなったあの空き家に、定期的にエロ本を捨てるもしくは隠す男がいるようで、有月は定期的にあそこを訪れてはエロ本の鑑賞を行っていた。
しかしながらあの家の中にまで入ったのは今回が初めてだった。
普段の仕返しにこいつらの後をつけて脅かしてやろうかと思ったが、泣き出してしまうとは。
生意気に見えて、まだまだ子供なのだ。
悪いことをした、と反省する有月だった。
今日は帰ったらデザートでもおごってやるか。
それにしても、あの家はなんだかヤバそうな雰囲気だった。
なんだよ、あの閉ざされた扉は。
ヤバいもんでも閉じ込めてあんのか?
「おい、いつまで泣いてんだ」
「だってぇ」
その時、ぽんぽん、と背中を叩かれた。
「あー、君、ちょっといいかな?」
振り向くと、そこには数人の警官が立っており、その後ろにはパトカーが止まっていた。
いきなりのことに有月は固まる。
「え?」
「空き家から泣いてる女の子と男が一緒に出てきたって通報があってね。ちょっと話を聞かせてもらえるかな」
え? は?
「君たち、もう大丈夫だからね」
「い、いや、違うんです」
俺の周りを屈強な警官が取り囲む。
ちょ、待っ――
「あそこの家で何があったんだい?」
中年警官がクソガキ共に聞く。
「白いどろどろがぁ」と朝華。
「くさかったぁ」と未夜。
「痛かったぁ」と眞昼。
「……ちょっと、署の方で詳しく話を聞かせてもらおうかな」
「い、いや、違うんです。こいつらは知り合いの子供で」
「うん、話はあとで聞くからね」
周囲の人々が白い目で俺を見てくる。
違うんだ。
誤解なんだ。
違うんだああああああああああ。
*
結局クソガキ共が泣き止んで誤解は解けたが、散々な目に遭った。
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