第17話 クソガキはつよくなりたい
1
スイカ。
虫取り。
花火大会。
夏休みの風物詩といえば色々あるが、子供にとってもっとも身近なのは懐かしアニメの再放送だろう。
様々な過去の名作たちが、宿題と格闘する子供たちを誘惑する。
「面白かったなー」
俺の膝の上に座った眞昼が言う。未夜と朝華は用事があるらしく、今日は眞昼一人だけである。
「でりゃりゃりゃりゃ」
眞昼はすっくと立ち上がると、何もない空間めがけてほっそい手足で殴る蹴るの乱れ打ち。
「はっ、そこだ!」
微笑ましい光景である。
「勇にぃ、勝負だ」
俺たちが観ていたのは『ドラ〇ンボールZ』だ。こういうバトル系のアニメを見終わった後に、闘いごっこをしたくなるのは、誰もが通った道だろう。
「ふむ、かかってこい」
「たぁ」
眞昼のしょぼい右ストレートを、座ったまま手のひらで受け止める。
「くっ。でりゃっ」
次に繰り出されたのはキックだったが、これもまた簡単に受け止められるほど弱い。ま、小一女児の力なんてこんなものだ。
「ふはははは、なんだぁ? いつも俺のこと弱っちぃと言う割には、こんなもんかぁ? 全然効かねーぞ」
「うわぁ」
俺は立ち上がると、眞昼の両足首を掴み、逆さまに持ち上げてやった。大人げないとは思うが、普段の俺の扱いを考えるとこれくらいはしても許されるだろう。
Tシャツがめくれ、日焼けしていないお腹のへそが見える。
それにしても子供って軽いなぁ。
「このー、降ろせ―、変態めー」
「誰が変態だ」
眞昼を降ろしてやり、俺は勝ち誇る。
「ま、これが俺の本当の力ってやつだ。分かったら、もう俺のことをザコと呼ぶんじゃないぞ?」
「くそー、修行をしてくるからな。覚えてろ」
悔しそうに捨て台詞を吐き、眞昼は飛び出していった。
「やれやれ」
少しやりすぎただろうか。
いや、たまには俺のことを舐め切っているクソガキ共に大人の力をわからせてやらねば。
2
「うおおおお」
眞昼は公園の外周を走っていた。勇にぃにあそこまでやられるとは、油断していた。
一生の不覚。
しっかりここでパワーをつけて、復讐をしてやるぞ。
「ふぅ、休憩」
水飲み場で水分補給をし、今度はジャングルジムへ。
頂上まで登り、地面を見下ろす。
ここから飛び降りて、ジャンプ力を鍛えるのだ。
「……」
一段、いや、もう二段ほど低いところからにしよう。別に怖くなったからではない。
「……」
もうちょっとだけ、下の方にしようかな。
「えいっ」
勇気を振り絞り、ジャングルジムから飛び降りる。よし、これで足の力はパワーアップしたはず。今度は腕を鍛えなきゃ。
「ほっ、ほっ、ほっ」
うんてい棒を半分ほど進むと、だんだん腕が痺れてくる。しかし、限界を越えなくては強くなれないのだ。いつもならあきらめる箇所をクリアし、なんとか、ゴールまで進むことができた。
「ふぅ、疲れた」
修行が終わったタイミングでちょうどよく正午の鐘が鳴った。一度家に帰ってご飯にしよう。エネルギーをしっかり補給するんだ。
「勇にぃ、待ってろよ」
3
「勇にぃ、もう一度勝負だ!」
あれから三時間ほどで眞昼は戻ってきた。
「あたしは修行をして強くなった」
「ほう?」
子供相手に本気になるのも大人げないし、今度は負けてやるか。
俺は立ち上がり、眞昼と向き合う。
「ふっふっふ。また俺にやられに来たのか?」
悪役っぽいセリフを言ったりする。
「行くぞ」
言って、眞昼はよく日焼けした腕をめいっぱい伸ばす。
「暗黒の力が、流れ込んでくる」
怖いな。
「聖なる裁きを受けよ」
暗黒の力はどうした。
眞昼は広げていた手を胸の前に戻し、体を斜めに構える。
「くらえ、これが破壊の力だ」
せめて属性くらいは統一できないものか。まあ、子供だから仕方ない。それにしても子供の茶番に付き合う俺はなんて優し――
「えいっ」
ちんっ。
「はぐぅ」
一瞬にして、目の前が真っ白になった。
切ない痛みが俺の全身を貫き、俺はその場に崩れ落ちる。
眞昼の右拳が俺の
身長差が生み出した奇跡。
まさにジャイアントキリング。
「あ、あぁ」
幼い頃の思い出と、母の顔が次々と浮かんでは消える。内臓がせりあがるような感覚が俺を襲う。
「ひ、ひ」
「うわぁ、勇にぃ、大丈夫か?」
眞昼が俺の頭を抱え、膝に乗せた。
「ご、ごめん、本気を出しすぎた」
「あ、あぐ」
「それにしても、勇にぃを一撃で倒すなんて……あたしは、強くなりすぎてしまったみたいだ」
だ、誰か、助けて。
「……この力は封印しておこう」
誰か、誰か。
「いつか、真の敵を倒すときのために」
誰か……
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