第16話 二人の相性は?
1
「こちら、エスプレッソになります」
「ありがとうございます。勇さん、ここで働き始めたんですね」
「ええ、まあ」
通りに面したテラス席に座り、午後の陽光を受けながらカップを口元に運ぶ美少女。
絵になるなぁ。この場面を写真で撮ってトレースするだけで、誰もが納得する名画ができそうだ。
美少女がすっとこちらに目を向け、にこりと微笑む。
「今日はいい天気ですね。ぽかぽかしていて、気持ちがいいです」
「はは、そうですね」
「敬語は使わなくてもけっこうです。私の方が年下なんですから」
「ところで、前に言ってた、名前を当てられたら、その……なんでも、言うことをきくってのは」
「文字通りの意味です。私にしてほしいこと、なんでも言ってください」
言いながら美少女は立ち上がると、俺の方へ一歩近づいてきた。
甘く、柔らかな香りが俺の鼻腔をくすぐる。
くらっと、そのまま意識を奪われてしまいそうなほどいい匂いだ。
「え、あの、っちょ――」
彼女は俺の胸に人差し指を当て、一言。
「なんでも、してあげますよ?」
2
ふふふ、気になってる気になってる。
ちょっと恥ずかしいけど、狼狽してる勇にぃを見れるなら我慢できる。
いつ気づくか、気づいた時の反応はどんなものか、想像するだけでわくわくする。
「そうだ、今日はちょっと見てほしいものがあって」
未夜は椅子に戻ると、バッグの中からある物を取り出した。
この
しかしながら、有月勇という男の鈍さは子供の頃からよぉく知っている。
なので、こちら側からちょっとずつ
「それは?」
有月が手元を覗き込む。
「最近占いに凝ってまして」
未夜が取り出したのはいかにも胡散臭そうな星座占いの本だった。
懐かしいスピリチュアルタレントの顔が表紙を飾り、『運命』だの『神秘』だのというこれまた胡散臭さ全開の単語が目につく。
占いなんてものは話半分程度にしか信じていない未夜ではあるが、この星座占いは有月に対して有効な武器となるはず。なぜなら――
「勇さん、お誕生日はいつでしょう?」
「誕生日? 十月二日だけど」
「ということはてんびん座ですね。ちなみに私は六月二十五日生まれのかに座です」
(よし!)
さりげなく話題を誕生日に移し、自身の誕生日を有月に教えることに成功した未夜。
これはささいなようでいて、非常に攻めたヒントだ。
子供の頃、有月が上京するまで毎年祝ってもらった記憶が未夜にはあった。誕生日が同じ人間にはそうそう出会わないものだろう。
六月二十五日=
(これはもしかして気づいちゃう?)
有月の反応をうかがう。
「へぇ、そうなんだ」
薄っ!
なにそのうっすい反応は。
占いなんて子供じみたもん信じるかよ、って顔してる。
いや、気づいてよ。
小一の時、私にハート型のヘアピンくれたでしょ?
今でも大事に持ってるよ?
なんなら明日付けてきてやろうか?
(ぐぬぬ)
予想はしていたが、かなりの強敵である。
未夜は改めて有月勇の鈍感さを認識した。
3
なんか知らんが、美少女が睨んでくる。
なんだ、占いなんて子供じみたもん信じるかよってのが顔に出てしまったか。
まずい、怒らせる前に占いに興味があるふりをしなくては。
「あ、相性占いのページもあるみたいだ―」
俺は目次欄を開きながら言った。
「見てみようかー、なんて……」
「いいですね」
機嫌は治ったようだ。俺は急いでページをめくる。
どうせこういう本にありがちな、やたらふわっとしたことばかりが書いてあるのだろうが。さて、てんびん座とかに座の相性は、と。
『てんびん座の男の子とかに座の女の子の相性は九十パーセント』
「マジか!」
「へぇ……へへ」
『まさに神が愛した二人。あらゆる相性がビンビンに抜群! もうあなたたちの行く手を阻むものはありません。あるとすれば、それは二人が結ばれる前にすでに乗り越えたものです。つまり、あなたたちは大きな障壁を共に乗り越えることで深く繋がることができるのですっ!』
やっぱりふわっとしたことしか書いてないじゃないか。しかし、こんな美少女と相性九十パーセントというのは悪くない。むしろいい。いや、別に俺はロリコンじゃないが。
「えへへ、九十パーですって」
向こうもまんざらでもない様子である。
しかし障壁というのは、やっぱりこの子の名前、か。
うん、まさに障壁だ。
彼女という個を知るためのもっとも重要なパーソナルデータである名前。それを知らないことには、関係の発展は期待できないだろう。
エスプレッソを飲み干したところで美少女が言う。
「さ、それじゃあ今日の答えを聞きましょうか」
「あ、うーん」
今の段階では推理の材料すらない。
やはりまだ当てずっぽうで答えるしかないな。
「えーと、
「ハズレです」
「だろうね」
「では罰ゲームです」
そう言って彼女はバッグに手を入れる。取り出したのはサインペンだった。
「え? まさか?」
「安心してください、水性ですから」
笑いをこらえながら、きゅっきゅとペンを走らせる美少女。
ああ、もう鏡を見なくても分かる。
「おじさんとおばさんに美味しかったですと伝えてください。ではさようなら」
こうして、『肉』の称号とエスプレッソの代金を受け取り、俺は店内に戻った。
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