第15話  有月勇は考える

 1



 理不尽だろ、いやマジで。


 何のヒントもなしに、知り合ったばかりの相手の名前を当てろだなんて、そもそもゲームとしてじゃないか。

 あらかじめ複数の選択肢や名前に繋がるようなヒントを提示してくれているわけでもない。

 しかも間違えればこちらが罰ゲームを受けるというおまけつき。


 そもそも、彼女はなぜそんなゲームを持ち掛けてきたのだろう。

 彼女の名前そのものより、そちらの方がよっぽど気になる。


 財布を届けてくれるくらいの優しさを向けてくれるのに、名前は教えてくれない。

 しかも、この店の常連ときた。両親とも見知った間柄のようだし。


 そんなことあるか?



 そんな不平不満を脳内で愚痴りながら、俺は〈ムーンナイトテラス〉の見習いとしてせっせと働いていた。

 ここで働けばあの娘と会う機会が増えるぞ、という下心丸出しの理由ではないということだけは信じてほしい。もちろん、あの娘と仲良くなれるかもというスケベ心全開の理由でもない。



「ほら、皿洗いが終わったら次はトイレ掃除。トイレットペーパーの補充も忘れないように。その後は表を掃いてきて」


 母がきびきびと指示をする。


「はいよ」


 食器を洗っていても、白い便器をブラシで擦っていても、店の前を箒で掃いている時でも、頭の片隅にあの子の顔が浮かぶ。


 長い茶髪に大きな瞳。すっきりとしたほっぺに高い鼻。ほんのりと桜色をした唇にメロンでも詰めているのかと思うほどの胸部装甲。シルクのような白い肌にぬくもりのある落ち着いた声。


 そこらのアイドルよりも桁違いに可愛い。


 あの美少女のことを考えていると、なぜかしら、胸がざわつくのだ。


 まさか、一回り近く年下の女の子に恋をしたというのか?

 たしかにあの娘は美人だし、胸も大きくていい匂いがして……


 って、馬鹿野郎。


 なんて変態野郎なんだ俺は。



 ああ、こうやって箒を動かしながら考えてるだけでも、ハラハラドキドキする……




 ん?




 ハラハラ?

 



 なぜハラハラするんだ。


 この時、俺は彼女に対する感情の中に、一種の緊張や警戒心のようなものが混じっていることに気づいた。もちろん、好意がほとんどを占めているのだけれど。


 自分の感情が自分で分からない。


 頭の中を「?」が埋め尽くしていく。



 2



「終わったぜ。客もいないし、ちょっと休むか」


「何言ってんの。お客さんがいない時はお父さんにコーヒーの淹れ方を習うんだよ。それと、客、じゃなくて、お客さんと呼びなさい」


 からんころんと軽やかな呼び鈴の音。


 入口に目をやる。


 視線がそこに一瞬で釘付けになった。


 胸の鼓動が加速し、声がうわずる。


「い、いらっしゃい、ませ」


 ほがらかな春の午後。


「こんにちは、勇さん」


 俺を悩ませる、例の美少女が立っていた。

 

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