第14話  クソガキとプール

 1


「先輩方に、礼」


 後輩たちがいっせいに頭を下げる。


「ありがとうございましたっ!」


 今日は有月の所属するバスケットボール部の引退式。地区予選で一回戦負けを喫し、二年生への引継ぎや部室の清掃などの諸々の雑事も終わったため、有月たち三年生は今日を持って引退となった。


「じゃ、打ち上げは七時から、みんなの希望通り〈億昌園おくしょうえん〉で。いったん解散」


 〈億昌園〉とはこの地方で展開されている焼肉チェーンである。


「なあ、勇。七時までどこかで時間潰そうぜ」


 同じ三年の遠藤えんどうが声をかけてきた


「悪い、ちょっと昼間は野暮用があって」


「そっか。じゃあまた夜な」


「おう」



 2



「あっちぃな」


 今日は特に日差しが強く、まるで肌が炙られているような気さえする。

 まあ、絶好のプール日和ではあるのだが。


 古き良き市民プール。


 近年開園した大型のレジャープールに客を奪われがちだが、混み具合はそこそこである。

 プールとくればやはりビキニのお姉さんだろう。

 水と戯れるボン、キュッ、ボンのお姉さんたちに思わず目が奪われる。


 いつかあんなスタイルのいい女の子とプールに行ってみたいものだ。


「……はぁ」



「こら、なにため息ついてんだー!」


「仕方ないさ眞昼。勇にぃは夏に弱いんだ。ザコなんだ」


 未夜が肩をすくめた。


「すごいいっぱい人がいるね」


 朝華が言う。


「はぁ」と俺は再び息をついた。



 悲しいかな、こっちにはつる、ぺた、すとんのクソガキが三匹。例によって例のごとく、クソガキ共のお守りを頼まれたのである。


「よし、行くぞ」


「行こう行こう」


「待てぇい、お前ら。まずは準備運動だ。体をしっかりほぐしてから入らないと心臓がびっくりするからな」


「こっちは勇にぃの驚きの白さにびっくりだけどな。あたしより白いぞ。もやしみたいだな」


 眞昼が鼻で嗤う。


「うるせぇ! 俺は屋内球児なんだ、ってそんなことはどうでもいい。ほら、さっさとやる」


「はーい」

「はーい」

「はーい」


 準備運動を入念に行い、いざプールへ。


「それから、絶対プールサイドは走るなよ」


「分かってるって、おりゃ」


 未夜が底が浅めの子供用プールにジャンプする。


「飛び込むのも禁止!」



 ぽんぽん、と肩が叩かれる。


「ん?」


 朝華がしぼんだ浮き輪の空気栓を咥えていた。


「勇さん、浮き輪膨らませてくださいー」


「なんだ、朝華は泳げないのか。貸してみ」


 途中まで頑張ったようだが、小学一年女児の肺活量では厳しいようだ。



 パンパンに膨らんだ浮き輪を身につけ、朝華はプールにジャンプする。


「いえーい」


「飛び込むなって!」


「うるさーい、くらえ」


 未夜と眞昼がばしゃばしゃと水をかけてくる。しかし所詮は子供の腕力。たいした量は飛んでこない。


「ガキどもめ、本当の水かけというものを教えてやるぞ。おらぁー」


「うわー」


「散れ、挟み撃ちだ」


 やれやれ。クソガキ共の相手は本当に疲れる。

 ま、今夜は焼肉だから多少のことは我慢してやるか。


 ひとしきり遊び終え、食堂でラーメンを食べる。

 泳いだ後のラーメンはなぜこんなに美味いのか。


「ねぇ、あれ乗りたい」


 未夜が奥の方を指さす。大きなパイプがうねりながら上から下に伸びている。このプールの目玉、ウォータースライダーだ。


「あー、あれなぁ。たしか子供は乗れなかったんじゃなかったか?」


「えぇ、差別ですか?」と朝華。


「お前、そんな言葉どこで覚えた」


「いいじゃんか、行ってみようぜ」


 眞昼に手を引かれながら、ウォータースライダーコーナーへ。


 行ってみると、やはり身長制限があった。125センチ以上なければ乗れないようだ。


「ほら、ここのボードの前に立ってみろ。この赤い線に届かないと乗れないんだ」


 案の定、三人は誰も届かなかった。


「むぅ」と不満そうな未夜。


「あっちの小さい方なら制限なしで滑れるぞ。行ってこい」


 それほど傾斜のない、滑り台型のウォータースライダーが併設されている。こちらなら小さな子供でも安心して滑れそうだ。


 下の方で待っていると、未夜が戻ってきた。


「どうした?」


「大人と一緒じゃないと滑れないってー」


「え?」


「ほら、早く」



 どうしてこうなった。


「け、けっこう高さあるな」


 実際に滑る段階になると、恐怖心がじわじわと湧いてきた。スライダーを覆うパイプ部分がない分、直に高低差を感じてしまう。


 しかし、ビビってるのがバレてはいけない。やつらのことだ。「ザコザコ」と煽り散らすに決まっている。


 膝の上に未夜を乗せ、スタート地点に座る。


「行くぞー」


「暴れんな。しっかり捕まってろって、うおおおおおお」


 未夜の華奢な腰を支えながら一気に滑り降りる。ゴールの水面が迫る。下半身に寒気が走ったかと思うと、すでに視界は水の中だった。


「あははははー。たーのしー」


 これ、本当に子供用か?


「よし、じゃあ次はあたしな」


 眞昼が待ち構えていた。


「え、ちょ、待っ……」


 いや、これはヤバいって。


「早く、混んじゃうじゃん」


「ひええええええ」


「次は私です」


「うおおおおおおおお」


 結局、三人×四回の計十二回滑らされた。



 2



 その日の夜。億昌園で部活の打ち上げだ。


「あれ、有月、お前どうしてそんな真っ黒なんだ? 朝会った時は真っ白だったのに」


 遠藤が不思議そうな顔をする。


「あ、こいつの手首見ろ。片方だけ日焼けしてないぞ」


 ロッカーキーのバンドをつけていた部分だけ、日焼けしなかったようだ。


「お前もしかして……プールに行ってたな?」


「ああ、まあ」


 まずい。バレた。



「お前、俺が誘った時、野暮用があるって言ってたよな? 友達の誘いを断るほどの相手って、女か?」


「女?」


「有月に彼女?」


「誰と行った? 抜け駆けは許さんぞ」


 他の部員が押し寄せてくる。


 い、言えない。クソガキ共にプールでこき使われていたなんて。


「吐け! 誰だ?」


「もしかして同じクラスの下村しもむらさんか?」


「違うから、マジでそういうんじゃないから――」



 肉どころではない焼肉パーティーとなってしまった。




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