第12話  有月勇の職探し

 1


 四月。それは始まりの季節。


 進学進級でちょっぴり大人になった気分の学生たち。

 これからは社会の一員だ、と胸を張る新入社員たち。


 そんな新生活に期待を膨らませる彼らを横目で見ながら、俺はハローワークへ向かう。

 

 帰省してから一週間。


 いまだに「これだ」という仕事が見つからない。




 というのも――




 どの求人も目移りしてしまうのだ!




 *




「えっ、年間休日百日以上? 一年がだいたい五十二週だから、ほぼ毎週二日も休めるのか!」


 前の会社は基本週一休みで月に二日程度休日出勤があったのに。



「えっ、この会社残業するとその分お金が貰えるのか!」


 残業代なんてフィクションの世界の概念だと思ってたのに。



「えっ、こっちの会社は毎年給料が上がるのか!」


 十年は据え置きが当たり前だって上司は言ってたのに。



「うーむ」


 どの会社も魅力的だが、人生をリセットする気で思い切って帰省してきたのだから、妥協はできないぞ。



 とりあえずよさそうなところの求人票を持ち帰って検討しよう。


 店の方から家に帰る。


「ただいま」


「お、帰ってきたな」


 母がにやにやしながらこっちを見ている。


「なんだよ。ん?」


 制服姿の女子高生が、一人でカウンター席に座っている。アイスコーヒーをブラックで飲んでいるようだ。

 長い茶髪にすらっとしたスタイル。ちらっとこちらに振り向いたその顔には、見覚えがあった。


「あっ」


 この前、財布を届けてくれた女子高生じゃないか。


 向こうも俺に気づいたようで、「ど、どうも」と小さく会釈をした。


 女子高生は隣の椅子に置いてあったスクールバッグを足元に移動させる。


「よければ、どうぞ」


 横に座れということか。母がニヤニヤしているのが鬱陶しいが、断る理由もない。

 女子高生の横に腰を下ろす。


(うっ……)


 改めて見ると、めちゃくちゃ可愛いなこの娘。

 しかもなんかくらっとするような、いい匂いをまとって――いやいや、何考えてんだ俺。相手は女子高生だぞ。女子高生に興奮するなんて、犯罪ロリコンじゃないか。



「前はその、財布、ありがとうございます」


「い、いえ」


 小鳥がさえずるような、清らかな声。


「ここ俺の実家なんで、おごりますよ。結局、お礼できずじまいだったから」


「そんな、悪いです」


「いいんですよ」


「でも、割引券も持ってるので……」


「へぇ、よく来てくれるんですか?」


「……はい、週に二、三回くらいで」


 常連じゃないか。


 そうか、なるほど。


「あっ、だから俺の家がここだって分かったんですね? 有月なんて苗字、この街じゃうちぐらいだから」


「はい、失礼かと思いましたが、免許証を検めさせていただきました」


「失礼だなんてとんでもない」


 斜め下から俺を見上げるその瞳に、心臓が射抜かれる。


 か、可愛すぎるだろ、この娘。





 2



 ちーがーうー。


 もう、本当に鈍いんだから。


 さやかがにまにましながらこっちを見ている。

 

 他人事だと思ってぇ。




「そうだ、お名前聞いてませんでしたよね」







 有月が唐突に言った。



「ふぇ?」



 こ、これはどうするべき?


 名前。

 それは十年経っても変わらない、唯一のもの。


 今の未夜と子供の未夜クソガキを結び付ける記号であり、有月の誤った認識を打ち砕く絶好のチャンスだけれど。


 ここまできて自分から本名を名乗るのは癪に障るし……



「俺は有月勇です」


 知ってるもん。




「ええっと、私は……」


 ああ、さやかが今に吹き出しそうな顔をしている。


 き、期待してるのだ。


「私、は――」


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