第10話  クソガキとショッピングデート

 1


「いーい? 勇君の言うことはちゃんと聞くこと。もし迷子になっちゃったら、絶対に変な人についていかないで、迷子センターに行くのよ。眞昼ちゃんも朝華ちゃんも分かった?」


 未夜の母、春山未来みくに、クソガキが返事をする。


「はーい」

「はーい」

「はーい」


「じゃあ、勇君、あとはよろしくね」


「はい、任せてください」


 今日は家でダラダラと過ごす予定だったのだが、クソガキ共と近場のショッピングモールに行くはめになった。

 小学校低学年だけで行くのは心配だから、と未来が付き添う予定だったのだが、どうも急な予定が入ったらしい。それをうちの母が聞きつけ、俺に保護者として白羽の矢が立ったというわけだ。



 田舎において、大型ショッピングモールとは娯楽の聖地と言っても過言ではない。


 専門店や映画館、フードコートにゲームセンターなどがテナントとして入り、休日は家族連れやカップルでいっぱいになる。


 十分ほど歩き、目的のイ〇ンへ。やはり人でごった返している。


「いいかぁ、お前ら。こんな人の山の中ではぐれたりなんかしたら、見つけるのに一苦労だからな。絶対走り回ったり、一人で勝手な行動したりすんなよ」


 俺が大人としてそう言うと、未夜はやれやれといった感じで、


「勇にぃこそ、迷子になるなよ」


「なるか」


「デートじゃないからな、調子に乗るなよ」と眞昼。


「乗るか」


「なぁなぁ、まずはどこに行く?」


 普段から親の買い物に付き合って来ているだろうに、まるで初めて訪れたかのように興奮している。

 子供たち同士――俺もいるが――でショッピングモールにやってきたことがよほど嬉しいのだろう。朝華は特に目を輝かせている。


「えっと……あそこに行こう」


 朝華はエスカレーターを指さす。大きな麦わら帽子にゆったりとしたワンピース姿の彼女を先頭に、二階へ。


 まず訪れたのは、メルヘンチックな内装の雑貨ショップだった。小中学生をメインターゲットにしたであろう店内には、その予想にたがわず年頃の少女たちで賑わっている。

 

「あ、これ可愛い」


「未夜、こっちもいいんじゃない?」


「うわぁ、みんな可愛いです」



 幼女向けアニメの文房具コーナーではしゃぐクソガキ共。

 普段は生意気だが、こうして年相応にきゃっきゃしているところを見ると可愛らしいじゃないか。


 それはそうと、


「……」


 このショップに男は俺だけしかおらず、周囲からの視線が気になる。


 こんなところを知り合いにでも見られたらと思うと……


 俺もまた、そういうのを気にするお年頃なのだ。


「次はゲームコーナーに行くぜ」


 今度は眞昼が先陣を切る。


「おい、そんな急ぐなって。はぐれるだろうが」


 けばけばしいライトで彩られたゲームセンターには、メダルゲームに音ゲー、ライド型のシューティングなど、様々なゲームが立ち並んでいる。その横にはフードコートが併設されており、子供から大人まで幅広い年齢層が集まっていた。


「うおおお、朝華めっちゃ速い」

「ばちの動きが見えねぇ」

「フルコンボじゃんか、すっげぇ」



「横、横のやつを撃って」

「回復回復」



「今のシュート入ったって」

「このゴリラ、なかなかやる」

「メダルなくなっちゃいました」



「誰だ、ここにバナナ置いたの」

「勇にぃがビリだっ!」

「ふん、ザコめ」





 一通りゲームを楽しんだ後は、フードコートでランチタイムだ。


「うぅ、もうお腹いっぱい。勇にぃ、あげる」

「あたしも」


「お前ら、よく白飯だけ残して人に差し出す勇気があるな」


「勇さん、私のハンバーグちょっとあげますから」



 腹も満たされたところで、今度は本屋へ向かった。



 昼時だからか、それとも偶然お客さんの入りがいいのか、店内はどんどん過密になっていた。








 どんっ!





「いたっ」







「あ、すいません」



「ああ、いや、こちらこそよそ見をしてて」



 陳列棚の死角から出てきたおばさんとぶつかってしまった。本来であれば避けることができたのだが、スペースがなかったのだ。それほどまでに今日のイ〇ンは混雑していた。



「本当にすいませんねぇ」


 おばさんがいなくなると、俺は視線を戻して、


「いやぁ、まいったまいった。あれ?」


 視界に映るのは見知らぬ買い物客ばかり。


「あいつら……どこだ?」



 2



 全身の血の気が引く。


 あいつら、迷子にならないようにあれだけ言っておいたのに。


 いや、今のは俺のミスだ。俺が目を離したから……


 周囲に目をやるも、あいつらの姿はない。俺がおばさんとぶつかったことに気づかず、先に行ってしまったのか。


 人波をかき分け、本屋へと急ぐ。


「頼む、頼む」


 目的地は変わらないのだから、ひょっこり待っているかもしれない。


 しかし、


「……いない。糞」


 本屋を隅から隅まで探し回ったが、未夜も眞昼も朝華も、見つからなかった。



 不吉な想像が脳内を埋め尽くす。



 ど、どうすればいい。


 もし、不審者にでも連れ去られてたら……


 お、俺がしっかりしていないから……





 ピンポンパンポーン、と放送が店内に流れる。




『迷子のお知らせをいたします』



 はっと我に返る。


 そうだ。迷子センターに行って、放送をしてもらおう。


 いたずらに店内を動き回るより、ずっといい。


 そう思い立ち、俺はサービスカウンターへ急いだ――

















『市内よりお越しの、有月勇君』













 は?




『白い服に茶色い半ズボンを着た有月勇君をお見かけした方は、至急二階、サービスカウンターまで、ご連絡ください』




 ちょっと待て。



 は?



『繰り返して、のお知らせをいたします。市内よりお越しの、有月勇君。お友達が探しておられます。お心当たりのある方は――』





「あ、あのクソガキども」



 いや、たしかにはぐれたのは俺のせいだし、迷子になったら迷子センターに行くようにと未来からも言われてはいるが



 を迷子として呼び出しやがるとは……




 *



「全く、世話が焼けるぜ」


「大人になって迷子になるなんて、ホント、ザコだよね」


「あっ、来たよ」


「お、お前ら……」


「うわぁ、なんか怒ってるぞ」


「逃げろ」


「待てこらクソガキ共」




 この放送を偶然聞いたクラスメイト達に、『迷子の有月君呼び出し事件』として夏休み明けにいじられたのは言うまでもない。

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