第3話 十年という歳月
1
「ただいま~っと」
十年ぶりに我が家に帰ってきたが、なるほど、全く変化がない。使い古されたテーブル、色の褪せた壁紙、縁の割れたカップ。
「大変だったでしょう、全く、正月や盆くらいは帰ってくればいいのに」
縁の割れたカップにコーヒーを入れながら、母――有月さやかは言った。
四十八歳という年齢の割にはあまりしわが目立たず、そこそこの若さを保てている。
「元旦だけの正月休みでどうやって帰省しろってんだ」
俺が以前働いていた会社に長期連休という概念は存在せず、年末年始の休暇も大晦日と元日だけの二日間しかなかった。
ブラック企業の愚痴を言いながらブラックコーヒーを飲む。
「まあ、こっちに根を張るってんなら、あたしも嬉しいよ。それで、こっちで仕事探すんでしょ? それともうちの店継ぐ気になった?」
有月家は〈ムーンナイトテラス〉という喫茶店を営んでおり、万が一のことがあったら家業を継げばいいという下心も実はあった。
「うーん、それでもいいけど、まあ仕事のことはおいおい考えるさ。そういえば」
と俺は家に入る前に感じた疑問をぶつける。
「春山さんちって引っ越したの?」
お隣さんの表札が春山から別の名前に変わっていたのだ。
「ああ、それ」
母の顔が曇る。
「あんたが東京に行ってすぐに引っ越したんだよ」
「え? そ、それどういう――」
「おーい、お前、手伝ってくれ」
店の方から父の声がした。父は〈ムーンナイトテラス〉のマスターを務めている。
「はーい、今行く。また後で詳しく話すわ」
そう言って、母は店のキッチンへ走った。
2
久しぶりの自分のベッドに寝転がりながら、俺は思い出に浸っていた。
懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。
春山未夜。
生意気で、お調子者で、大人を舐めたあのがきんちょ。
あのクソガキとも会う機会がなくなっちまったんだなぁ。
寂しいような安心したような、不思議な気持ちだった。
今は高校三年か。
あのクソガキのことだ、とんでもないヤンキーかギャルに成長してるんだろうなぁ。
「小腹が減ったな」
夕食までまだ時間がある。コンビニにでも行こうか。そう思って立ち上がり、ポケットに手を入れた。
すかっと空ぶるような感触。
「ない……あれ?」
財布がないぞ。
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