幼馴染を救いました
「ただいまー」
ドッドッドッドッーーー
「かーなーたー!!」
「うん? 紫乃? お、おわぁ!」
玄関で靴を脱いでリビングに上がろうと前を向いた時、紫乃が目の前から猪の如く俺の胸に飛び込んで来た。
いや、突っ込んで来たと言ったほうがいいか。
「寂しかったよぉ」
「ご、ごめん。それより締めすぎだって。苦しい」
「奏多が悪いんだよぉ〜?」
「そ、それはそうだけどさ」
「んふぅぅ、もうちょっとだけ♡」
「はぁ、後ちょっとだぞ?」
「はーーい」
察しの良い者なら分かると思うが、うん、そうだ、正確には覚えていないが小一時間は抱きついていた。
「な、なぁ流石にもう良いだろう?」
「うぅー、ずっと一緒に居るって言ったのは奏多だよ?」
「一緒に居るとは言ったけどずっと抱き合うとは言ってない」
「ぶぅぅ。何笑ってるの?」
「そんな事ないって。そ、それより夕御飯は出来たの?」
「うん! 出来たよ! 自信作なんだ!」
危ない危ない。
紫乃の拗ねた態度が可愛過ぎて顔に出ていたらしい。
気を付けないと公衆の面前で俺のニヤニヤした顔を晒す事になってしまう。
そんな物が見られてしまったら、やばい奴認定されかねない。
「おぉ、美味しそう」
「ありがと! でもね、見た目だけじゃ無いんだよ?」
「いただきます」
テーブルの上には俺の大好物が並べられていた。
まず初めに唐揚げを食べようと思ったのだが、まぁ、案の定箸がない。
「あーーん」
習慣的になってしまったのか良く飽きない物だ。
俺もこれが良いんだけどね。
末期だと分かってるから何も言わなくていいよ。
「ど、どう? 美味しい?」
「うん! めちゃくちゃ美味い!!」
「本当! やったぁー」
個人的な見解ではこれは天地を揺るがす程の美味しさだろう。
誰にもくれてやるものか。
ーーーーー
「ふぅぅー、風呂ってこんな気持ち良かったっけ?」
あの後も紫乃にあーーんをして貰いながら食べていたのだが、どれも絶品で普段の倍近くは食べられたのでは無いかと思う。
ガチャーーー
「お、お邪魔しまーす」
「えっ!? し、紫乃さん!? 何してんの!」
「えへへ、奏多とずっと一緒に居たいから来たんだけど、恥ずかしいね」
「な、なら、止めとかない?」
「それは嫌!! だ、だからこっち見ないでね?」
「わ、分かった」
驚きだった。
紫乃にここまでの行動力があるとは思ってもいなかった。
「ちょ、ちょっと狭いね」
「そ、そうだな」
俺の胸に
一時期、スクイーズに嵌っていた事があったのだが、そんな物とは天と地ほどの差があるモチモチとした肌触りと弾力があり、理性を保つので精一杯だ。
「あ、あの、奏多?」
「ど、どうした?」
「なんか、か、硬いのが背中に当たってるんだけど……」
「えっと、あははは」
これは仕方がなく無いですかね?
生理現象に抗う術はありますか?
どうしたら良いのかな?
「の、
「あ、うん」
「危なかった、落ち着くまで上がれないな」
ーーーーー
「ふぅ、長湯し過ぎた。おぉ、俺のベッド懐かしいな」
風呂を上がった後、自室のベッドに約一ヶ月振りにダイブした。
「今日渡すべきか、誕生日に渡すべきか」
紫乃の誕生日は二ヶ月後だ。
そんなに流暢にしている訳には行かない。
紫乃を安心させる為にも今日渡すほうがいいのか、大切な日に大切な思い出として渡したほうが良いのか。
ガチャーーー
「か、奏多? 起きてる?」
「うん、起きてるよ。どうしたの?」
「えっと、その、一緒に寝たくて」
「お、おう」
病室で寝ていた時は俺が寝ている間に入って来ていたから緊張なんてする筈もなかったのだがどうも気恥ずかしい。
「こっちおいで?」
「う、うん」
紫乃も緊張しているのか扉の前で突っ立っていた。
トボトボとぎこちない足取りでベッドの端にちょこんと座った。
「お、お邪魔します」
布団を持ち上げ俺の胸にべったりと抱きついて来た。
緊張しているはずなのにこれだけは抵抗ないんだな。
「スゥーーーーはふぅぅぅ。良い匂い♡」
「風呂上がりだからじゃないかな?」
「ううん、奏多の匂いだよ」
果たして風呂上がりの俺に石鹸の匂い以外の匂いがあるのだろうか。
自分では何も分からない。
紫乃の嗅覚は犬レベルなのだろうか。
「スゥ……スゥ……」
あれだけ緊張していたのに寝入りが早すぎる。
「おやすみ、紫乃」
ーーーーー
眠ってから何時間たっただろうか。
何かの音で目が覚めた俺は音源を探す為に辺りを見渡した。
「ゔっゔぅぅ、ひっぐ」
それはすぐ目の前からだった。
「し、紫乃!? どうしたの?」
「か、奏多が、い、いなぐなっちゃう夢見ぢゃった。居なくならないでね?」
「うん、ずっと紫乃の隣にいるよ。ずっと離れないから。大丈夫」
「ゔ、ゔ、かなだーーー」
「よしよし」
やはり渡すべきだろうか。
今目の前で紫乃が泣いているんだ。
これ以上泪を流させない為に最善の方法を取るべきだ。
「え、奏多? どこ行くの?」
「ちょっと待って、紫乃に渡したい物があるんだ」
俺は机の引き出しの中に隠しておいた袋からある物を取り出した。
「紫乃、左手出して」
「うん? これで良いの?」
「うん、それでいい」
俺は紫乃の左手の薬指にある物を嵌めた。
もうこれだけで分かったと思うが、指輪だ。
俺の今まで貯めてきたお金の殆どを使って買った。
「え、これって。え!? か、奏多!?」
「ずっと一緒にいる事は出来ない時が必ずあると思うけどさ。これがあれば気持ちだけでもずっと一緒にいられるから安心して欲しい。最後は紫乃の隣に帰ってくるからさ」
「えっぐ…ひっぐ…か、かなだぁーー!」
「うわっと、大丈夫か?」
泣きながら胸に飛び込んで来た紫乃を安心させるように抱擁した。
結局、また泣かせてしまった。
泣かせないと決めたのにな。
しかし、それが哀しい泪ではなく嬉々たる泪であろう事は理解できる。
「奏多、大好きだよ。これからもずっとずーーと一緒にいる! 絶対離れない!」
「うん、絶対離れない。紫乃、愛してるよ」
今渡して正解だった。
抱き締めている紫乃の震えが無くなった事でそれが正しい事は一目瞭然だろう。
「ちゃんと俺は紫乃を救えたかな?」
「ふふっ、奏多には助けられて、救われてばっかりだよ。 だから今度は奏多を支えるから!」
ひまわりが咲いたような明るい笑顔が俺の心を満たしていく。
紫乃、俺はその笑顔が見れるだけで充分幸せなんだよ。
でも、そんな事を口にするのは野暮だろう。
「あぁ、ありがとう。これからもよろしくね」
「うん! よろしくお願いします!」
俺はこれから人に自慢話をする時は必ずこう言うだろうと思う。
『幼馴染を救いました』と。
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