幼馴染を甘やかしました

 あの事故の日、俺は確実に紫乃を助けられていた。

 だがそれは物理的であり精神的ではなかった。

 クラスメイトから揶揄われるのが恥ずかしいと感じた紫乃は俺を避けるようになり冷酷な態度を取るようになった。

 そんな事があった俺に助けられたのだ。

 残酷な物だっただろう。

 傷付けるだけ傷付けて自分の不注意が原因で目の前で大好きな人が撥ねられたのだ。

 その精神的ショックは計り知れない物である事は容易く想像出来た。


 ただ助けただけでは紫乃を救うことができない。

 そんな事に気付かず俺は紫乃に甘えていたのだ。

 結局俺は俺自身の事しか何も考えていなかった。

 ただ、紫乃に気持ちを伝える事が出来た事に喜び満足してしまった。

 俺が眠っている間、紫乃はどうしていたのだろう。

 考えなくても分かる。

 目を覚ました時にも咽び泣いていたのだ。 

 俺が眠っている間もずっと泣いていたに決まっている。

 「私のせいで」と自分を責めていたのだろう。

 俺は馬鹿だった。


「どこにも…行かないで」


「あぁ、どこにも行かないよ」


 今の俺では紫乃を安心させるために抱きしめる事しかできない。


「絶対…絶対だよ?」


「何があっても離れないよ」


 自分の不甲斐なさに嫌悪する。


「スゥ…スゥ…」


 安心して眠ってくれた紫乃をベットに寝かせた俺は夜が開けるまで紫乃を救う方法を模索し続けた。

 その結果、俺は一つの答えに辿り着く。

 これが正解だなんて分からない。

 でもこれなら紫乃を安心させる事が出来るだろう。



 ☆☆☆



 翌朝、学校に登校した俺たちは注目の的になっている。

 何故なのかはもう予想がつくだろう。

 その通りだ。

 俺は一番後ろの窓際の座席に座っている。

 紫乃の座席は一番前の廊下側なのだが、何故か俺の膝の上に座っている。

 しかも、俺の胸に顔をグリグリと擦り付け俺の背中に腕を回してべったりと抱きついている。


「かなた♡ スゥーーーーーーーー」


「あの、紫乃さん? あなたの席はあっちだよね?」


「良い匂い♡」


「聞いてねぇな、おい」


 クラスメイトからすればあの『冷酷塩姫フリーズプリンセス』が男に抱きついているのだ。

 ちなみに顔は蕩けきっている。

 周りからは「どうなってんの?」「夢見てる?」「パラレルワールド?」などと、現実を受け入れられていないらしい。

 正直言って俺もその一人だ。

 学校に着けば紫乃のデレデレな行動は控えられるかと思っていた。


「紫乃? もう授業始まっちゃうから戻ろっか? 先生も教卓の前に立ってるよね」


「じゃあ、奏多の膝の上で授業受けるね」


「紫乃、お願いだ。授業はちゃんと聴こう?」


「大丈夫だよ。このままでも集中できるから」


「俺が出来ないんだよ」


「うぅーー、分かった。」


 あれだけハイテンションで甘えてきた紫乃が肩を落としながらトボトボと自分の席に戻って行った。

 授業中精気を失ってしまったのか抜け殻のようにただ机に項垂れていた。


ーーーーー


「奏多! お昼ご飯一緒に食べよ!」


 午前の授業が終わり今は昼休みである。

 全ての授業で紫乃は机と睨めっこをしていた。

 

「今日は私がお昼ご飯作ってきたんだよ?」


 気持ちの切り替わり方が尋常ではない。

 さっきまでの落ち込みようが嘘のように花が咲いたような笑顔でお弁当を渡してくる。


「うわぁ、すげぇな」


 蓋を開けた瞬間、中身が神々しく輝き出した。

 早起きして作ってくれたのだろう。

 おかずの一つ一つがとても手の込んだ物になっている。


「いただきます」


「はい、召し上がれ」


「あ、の…」


「どうしたの?」


「箸がないんだけど…」


「お箸ならここにあるよ?」


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


「えっと、何してんの?」


「何って、あーーんだよあーーん」


 紫乃さんや、流石に教室では勘弁してください。

 みんなの視線が突き刺さってるんだよね。


「もしかして、嫌だった?」


 そんなうるうるした目で見られたら覚悟を決めるしか無いじゃないか。


「いや、そんな事ないよ。あむっ」


「どう? 美味しい?」


「うん、とっても美味しい。今まで食べたご飯の中で一番かも」


「本当? やった! じゃあこっちも、あーーん」


 結果的に全てのおかずをあーーんで食べさせてもらった。

 まぁ、めちゃくちゃ美味しかったんだけどね。

 これが愛情たっぷりの弁当なんだな。


「ご馳走様でした!」


「お粗末様です」


「紫乃、こっちおいで」


「うん? どうしたの?」


 いつかの時のようにトコトコと可愛らしい効果音が聞こえてきそうな足取りでこちらに来た紫乃をこれまたいつかの時のように手を握った瞬間に勢いよく抱き寄せた。


「んにゃ!」


 反応も全く同じだった。


「お弁当、本当に美味しかったよ。ありがとう、大好きだよ」


「はわゎゎゎゎゎ」


 耳元で囁くと紫乃の顔がボンッと爆発したように赤くなりオーバーヒートしてしまった。

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