幼馴染をデレデレにさせちゃいました
俺の怪我は左腕が骨折していたのと擦り傷、軽い脳震盪だった。
紫乃から聞いた話では五メートル近く飛んでいたそうだがよく死ななかったものだと思う。
しかも、外傷も少ない。
これは奇跡と言っていいだろう。
二週間程で左腕以外はほぼ完治していたのだが様子見として一ヶ月入院する事になった。
その期間の紫乃の付きっきりの看病が凄まじかった。
例えば、食事をする時だろう。
毎回のように「あーーん」と語尾にハートマークが付いていそうな甘い声で口元にスプーンを差し出してくる。
因みに利き腕は右って事だけ伝えておく。
ある時は俺が眠っていたらいつの間にか布団の中に入っていた、なんて事もあった。
特に脳裏に焼き付いているのは、用を足しに行く時だ。
気配を感じ後ろを振り返ったのだが怖いぐらいニッコニコの笑顔のまま弁慶の如く佇んでいた時は血の気が引いた。
他にも色々あるのだが流石に恥ずかしくてこれ以上は言えない。
勘弁してくれ。
結局のところ、そんな紫乃を可愛いと思えてしまう俺自身もそうとう痛々しいものだろう。
こんな紫乃の突拍子も無い行動も可愛いだけで済ませてしまえるのだから。
ーーーーー
一ヶ月後、無事退院する事ができた俺は一先ず我が家へ帰ったのだが、何故か隣には俺の腕にべったりと絡みついている紫乃の姿があった。
俺にデレデレになってしまった紫乃が家まで付いてきてしまったのだ。
両親は大歓迎らしい。
俺の退院祝いそっちのけで紫乃の為に豪華な料理を作っているのだから。
幼い頃の紫乃は良く甘えてくる節があったが現在の紫乃は学校でも『
誰に対しても表情を崩さずに接している事からその名前が付いたのだろう。
「かーなた♡」
そんな彼女が今や俺の腕に絡み付きながら耳元でしかも艶かしい声で囁いてくるではないか。
しかもハートマーク付いちゃったよ。
「はい、あーーん♡」
うん、何度でも言うけど骨折しているのは左腕で俺の利き腕は右なんだけどね?
しかもこんな密着した状態じゃもっと食べにくいでしょ。
しかーし!!
紫乃のご好意を無碍にする事はできない!
甘んじて受け入れよう!
はい、ただ嬉しいだけです。
毎日でもして欲しいくらいです。
いつもの料理の何倍も美味しく感じます。
俺にとっての魔法の調味料は紫乃のあーんなのだろう。
「美味しい?」
「うん、すごく美味しいよ」
「ほんと? 嬉しいな♡」
紫乃さんや、これは俺の母親が作った物なんだけどね?
うん、紫乃は気付いてないかもしれないけど俺の目の前で両親がニヤニヤしてるんだよ。
生まれてから一度も美味しいなんて言った事がなかったのだが、こんな形で伝える事になるとは思わなかった。
だがしかーーし!
紫乃の笑顔が見られるのなら何だってやろうじゃないか!!
ーーーーー
あの後も紫乃の甘々行動は止まらなかった。
今は明日に備えている久々の登校日の為にも早めに寝ることにした。
紫乃がどこにいるかって?
察しの通り俺を抱き枕にしてぎゅうっとしながら幸せそうなだらしない顔で寝ていらっしゃるよ。
何故俺は寝ていないかって?
別に緊張しているとかじゃないんだ。
ただ、トイレに行きたい!!
漏れる! 助けて!
紫乃の腕から抜け出すのに数十分掛かった。
正直覚悟を決めていたのだが間に合いそうだ。
「行かないで!!!」
扉を開けようとドアノブを捻った時だった。
そのあまりにも大きな声に尿意が霧散した。
「ど、どうしたの?」
「行かないで! 行か…ないで」
俺が目を覚ました時と同様の表情。
俺の服の裾をガッチリと握っていた紫乃はあまりにも儚く散ってしまいそうに見えた。
その時俺は気付いてしまった。
あの時物理的には助けられたのかもしれない。
だが、精神的には救えていないのだ、と。
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