幼馴染を抱きしめました

 俺は気が付くと真っ白の天井を見上げていた。

 周りを見渡してもどこまでも続く真っ白な空間は無限に広がっているものだと錯覚させる。

 夢なのか天国なのか、はたまた地獄なのか。

 それは俺には分からない。

 紫乃をのなら何だっていい。

 俺は紫乃が好きだ、いいや、大好きだ。

 避けられるようになる前から好きだった。

 避けられてからは本当に辛かった。

 何時間と考えても結局は何も分からない。

 紫乃に嫌われる何かをしてしまったのか。

 ただ単に邪魔になってしまったのか。

 もう答えを探す術は無い。


ーーーーー


 あれから何日経ったのか分からない。

 ずっとこの空間に囚われている。

 俺はずっと紫乃の事を考えていた。

 こんなに考えている事は今まで無かった。

 ただただ、紫乃にもう一度会いたいと思ってしまう。

 

「もう一度紫乃に合わせてくれ!!」


 俺の叫び声はこの広すぎる空間に反響する事もなく霧散していく。

 何も出来ないくらいなら消えてなくなりたい。

 紫乃の事を考えて胸が締め付けられる方が辛い。

 いつしかそんな事を考えるようになってしまった。

 俺は静かに瞼を閉じた。

 救いのないこの空間から逃げるように。


『かーたーーてーねーー!! しーーいー!!』


 紫乃、そんな悲しそうな声で叫ばなくていいんだよ?

 声が枯れちゃうだろ?

 綺麗な声なんだから大事にしなきゃ。

 俺の頭が言っている。

 俺の心が言っている。

 この声は紫乃だと。

 聞き取れないその声をどうしても聴きたくて。

 透き通るその可愛らしい声が聴きたくて。

 俺は足掻くよ。


プツンッーーーーー


 俺は気が付くと真っ白の天井を見上げていた。

 またあの空間なのか、と思ったがどうやらそうではないらしい。

 俺の横からは咽び泣いている紫乃の姿が見えた。

 どうして泣いているんだろう。

 泣かないで。

 整った顔が台無しじゃないか。


「紫…乃。泣か……ない…で」


 思うように言葉が出ない。

 紫乃を安心させようと思って出した声が逆効果になってしまったのか。

 より一層紫乃は泣きじゃくった。


「かなだ!! 生きでる! よがっだぁ!」


「うあっ!」


 勢いよく抱きついてくる紫乃に戸惑いを感じながらもその温かさに心が満たされていく。

 五年近く封印していた気持ちが洪水のように溢れてくる。

 止まらない。止められない。

 本当に可愛い奴だな、好きだ、大好きだ。


「えっ……」


 見る見るうちに顔を真っ赤にさせていく紫乃に戸惑いを隠せなかった。


「ど、どう……した?」


 まだ少し声を発しにくいがもう少しで普段通りに話す事ができるだろう。


「い、いま、好きって……大好きって…」


 どうやら洪水のように溢れてきた感情はそのまま口から出てしまっていたらしい。

 恥ずかしい。

 だが、今は恥ずかしさなど気にしていられない。

 死んでしまったと思っていた俺はもう会えないと思っていた紫乃に会うことが出来たのだからその奇跡に真正面から立ち向かうことにした。


「うん、大好き…だよ。紫乃は…俺の事を嫌って…るかも知れないけれど、もう…どうしようもないくらい…紫乃の事が好きで…好きでこの感情を押し殺す事が…できない」


途切れ途切れになってしまったが俺の気持ちをぶつける事が出来たと思う。

 どのような結果になっても、もう後悔だけはしたくない。

 伝えられる時に伝えないときっとまた後悔する事になる。

 それだけは絶対にしたくない。


「わ、わだじも、すき、だいずぎ!」


 また泣かせてしまった。

 けれど、先ほどのような顔つきではない。

 今まで見てきたどの笑顔よりもとびきり綺麗な笑顔がそこにはあった。

 

「今まで、ごめんなざい! 冷たく当たった事も、無視してしまった事も、いっぱい傷つけてしまった事も、ごめんなさい!」


 とびきりの笑顔を見せてくれたと思ったら今度は顔に後悔という字が書いてあるかのような悲しい表情に変わった。

 こんなにコロコロと表情が変わる事は小学生低学年以来では無いだろうか。

 どうしてこんなに愛おしいんだろうか。

 この感情は止められそうにない。


「もう十分…だよ? こんなに簡単に割り切れない…かも知れないけれど俺はやっぱり…紫乃の笑った顔が見たいな。」


「で、でも」


「無視されちゃった時は…辛かったけどさ、今こうして話せている事が本当に嬉しいんだよ。それでも許せないなら過去にしてしまった過ちの分、今からそれ以上の楽しい思い出をたくさん…作ってもらってもいいかな?」


「う、ゔん! たくさん作る! いっぱい、いーーぱい奏多との思い出作る!」


 本当に小学生に戻ってしまったのかと思うような屈託のない笑顔をこちらに向けてくる。

 その表情が、愛おしくて愛おしくてどうにかなってしまいそうだ。


「ねぇ紫乃、こっち来て」


「うん? 分かった」


 紫乃は涙を拭いながらトコトコと可愛らしい効果音が聞こえてきそうな足取りでこちらに向かってきた。


「んにゃ!」


 紫乃の手を握った瞬間、強引に抱き寄せてもう二度と離さないぞという気持ちを込めてぎゅうっと抱擁した。

 次いでに紫乃の可愛らしい声が聞けた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る