イベント開催しました
募集開始から終了までの一か月ほどの間に、目標金額の百二十パーセントほどの資金を、私たちは集めました。
梅雨もとっくに明けて、すっかり真夏になったとある日、私たちはイベントを開催します。
まずは配送業者の人たちに、不要品を運び出してもらいます。朝から私の家に来た業者の人たちには、生身の人間も、AIが操るアンドロイドもいて、
「普段から、地元の魅力を紹介してくれてありがとうございます! そんな春香さんの力になれるなんて、やりがいがあります!」
「春香さんをしっかり手助けしてるアキナさんを見てると、私も頑張らなきゃ、って思います!」
なんて、嬉しいお言葉をいただけました。彼らのお仕事を横から見ながら、
「だってさ~、アキナ。私たちも頑張ろ~う!」
「そうですね。私は主に、お嬢様のフォローを頑張りますね」
と、私はアキナとやり取りして、「下手なこと言わないよう、気を付ける~……」と答えます。
不要品の積み込みを終えた業者さんのトラックが出発したら、私たちもそれに続きました。タクシーで会場である駅前広場(もちろん利用の予約はアキナにしてもらっていて、料金もクラファンの資金から支払っています)に着くと、すでにトークショーのための仮設(かせつ)のステージや、不要品を陳列(ちんれつ)するためのテーブル、それに観客のための座席が用意されています。
現地のスタッフさんたちが配送業者さんたちから荷物を受け取り、てきぱきとテーブルに並べていくのを会場の隅から見ながら、
「私のために、こんなに大勢の人たちが働いてるのを実際に見るとさ~……。なんかちょっと、気が引けちゃうな~」
「対価(たいか)としてのお金は、ちゃんと払っていますし……。それに今のお嬢様は、地元のちょっとした有名人です。自信を持ちましょう」
なんてアキナと話していると、
「よう春香! 君が主催するイベント会場に実際に来て、君の存在が大きくなったって実感してるぞ!」
と、椿さんが元気に登場して、
『よ、ようチュンシャン……。ぶっちゃけ緊張してるけど、それはこういう、慣れない場所に来たからってだけだからな』
と、隣のARのトウジくんを横目でちらちら見つつ、やけにそわそわしつつ夏希ちゃんが登場しました。
その他、トークショーでの座席確保を購入されたパトロンのかたたちが、顔認証で本人確認してもらった後、着席します。
ステージに向かって設置された二十席が埋まり、そしてイベント開始の時間になりました。パトロンさんたちや、周りの通行人の目線を浴びながら、
「春香で~す! 今日は皆さんお集まりいただき、ありがとうございま~す!」
私が笑顔で両手を振りながらあいさつすると、客席からは拍手が響きます。スマートグラスが拾った自分の声が、ステージや広場のスピーカーから辺りいっぱいに響いて、
「えへへ~。自分の声が響くって、ちょっと恥ずかしいですね~……」
そう照れる私が後頭部をかくと、客席から軽い笑い声が響きました。
私の隣にARの姿を、そして広場の大型ディスプレイにも姿を表示したアキナは、
「パトロンの皆様、アキナです。温かいご支援をありがとうございます。おかげでこうして、リアルのイベントの開催にこぎつけることができました」
と、はきはきした口調であいさつしてから、
「本日はトークショーのかたわら、お一人様につき一点限り、私たちの不要品をお譲りいたします。周りからご覧くださっている通行人のかたがたも、不要品をお持ち帰りいただいて結構です。どうか楽しんでお帰りいただけますと幸いです」
と、イベントの内容をしっかり説明してから、頭を下げます。私が、ARの映像だけのアキナの頭を「なでなで」しながら、
「この名司会が補佐してくれるので、安心です~! 皆様、よろしくお願いしますね~!」
そう改めてあいさつすると、客席からはひときわ大きな拍手が聞こえました。足を止めて見ていた通行人さんたちが興味を示し、並べられた服などを手に取り出す中、
「それじゃ~まずは~……。私に何か、聞きたいことがある人~!」
私は、パトロンさんたちに話を振りました。意外なことに、客席にいる椿さんや夏希ちゃんが緊張の様子でそわそわしている中、一人の男の人が「はいはい!」と真っ先に手を挙げます。私が「は~い! そこの男の人~!」と指名すると、その人は勢いよく立ち上がり、
「春香さんとアキナさんの動画、いつも楽しみに拝見(はいけん)してます! そこで常に気になって眠れないんですが……。ずばりお二人は、雇用主と従業員を超えた関係だったりするんですか?」
なんて爆弾な質問を、妙に熱のこもった声で投げてきました。私が「え~っと~?」と答えに詰まっていると、
「そうですね。四六時中(しろくじちゅう)一緒に生活しているので、プライベートの友人に近い気持ちはありますね」
と、アキナがすらすらと答えます。一方、男の人がさらに鼻息荒くしながら、
「じゃ、じゃあ! 実は『友人』よりさらに先の関係だったりは――」
なんて聞いてくると、
「残念ながら、ご期待するような関係ではございませんね」
という無慈悲(むじひ)な答えを、アキナはいい笑顔で返しました。客席からの笑い声や(なぜか)ため息に包まれながら、その男の人は、
「分かりました……。これからも、あるがままの春香さんとアキナさんを見守ってます!」
と、謎に悔しそうな顔でお礼を言いつつ、一礼して着席します。私も「あ、ありがとうございます~」と嬉しいような困ったような複雑な気持ちで答えると、
「春香さーん! 私も見守ってまーす!」と、近くの通行人さんから、暖かい言葉が飛んできました。加えて私のスマートグラスにも、『私もアキナさん大好きです! 応援してます!』という、ネットでライブ動画を視聴しているパトロンさんからのコメントが表示されます。
さらには、会場周辺には「ほんの気持ちですが、受け取ってくださーい!」と言って投げ銭してくれる人もいて、スマートグラスが表示する金額が増えていくのを見つつ、
「お~! 今、リアルでもネットの向こうからでも、暖かいお言葉やご支援が集まってます~! 皆様ありがとうございます~!」
私は、ガッツポーズしながらお礼を言いました。それに対し、さっきの男の人が「俺への対応との温度差が……!」と頭を抱えながら嘆くと、周りのパトロンさんたちからはどっと笑いが湧きおこります。そこへ、
「大丈夫ですよ。あなたのおかげで、お嬢様も皆様も、それから周りの通行人の皆様も緊張がほぐれたと思います」
という、アキナのフォロー。私も一応、それに乗っかって、
「そ、そうですね~。こうしてファンのかたとリアルでお会いして、やっぱり私たち愛されてるな~って、実感できました~! それじゃ~、他に質問あるかた~!」
そう言って、話を先に進めました。すると、
『は、はいはいはい! じゃー次あたし!』
さっきからずっと緊張の表情をしていた夏希ちゃんが手を挙げながら、まだ当てられていないのに立ち上がります。私は彼女を指しながら、
「は~い、じゃ~次はなつきちゃん! あ、この人、私のお友達なんです~! 私と同じくらいの歳で、なんと資産運用やってて――」
軽くテンションを上げながら、彼女を周りのパトロンさんたちに紹介しようとしましたが、『いいから早く話させろ! 決意がにぶるだろ!』
夏希ちゃんにせかされて、私は「は~い、ごめんね~……」と謝りました。そして、
「それで、なつきちゃんの決意って、何~?」
と、私から逆に質問します。話を振られたら振られたで、夏希ちゃんは、
『ちょっと待てよ……。勢いで手を挙げたけど、やっぱりもう少し気持ちを整理する……』
なんて言いよどんで、周りからの笑い声に包まれました。それから彼女が、しばらく顔を赤くしたまま深呼吸していると、
『夏希。大丈夫、俺がついてる。言ってごらん』
ずっと夏希ちゃんを隣から見守っていたトウジくんが、微笑みながら促します。それに対し夏希ちゃんは、『ある意味トウジのせいなんだけど……。まあいいか!』と、開き直るようなことを言ってから、
『これ言うためにあえて人前に出て、自分を追い込んだんだよ……。トウジ! 好きだ! あたしと付き合ってくれ!』
と、顔を真っ赤にしながら、ほとんど絶叫しました。私も、周りのパトロンさんたちも「「「「「おおーっ?」」」」」と声を上げる中、トウジくんは立ち上がり、
『夏希。こつこつと努力を続けられる君を見守ってきて、だけど根の部分ではギャンブラーである君にはらはらして、いつからか俺は君から目が離せなくなっていた。俺でよければ……これからも、ずっと君を見守らせてくれ』
なんて、きざっぽいOKの返事をしながら、ARの手で夏希ちゃんの手を「握り」ます。
『トウジ……! よかった……!』と感極まって号泣する彼女を、「おめでとう!」「いいもん見せてくれてありがとう!」「なんかよく分からないけどおめでとう!」という祝福の声と、拍手が包み込みました。私も「おめでと~!」と彼女を祝福しつつ、拍手します。
その盛り上がりは、投げ銭してくれる周囲の通行人さんたちにも伝わったようでした。スマートグラスが表示する投げ銭が一気に二けた増えたので、
「お~、なつきちゃんのおかげで、投げ銭も一気に増えた~! ありがと~、なつきちゃ~ん!」
なんて、欲丸出しのお礼をぽろっとしてしまいます。そこへ、
「台無しですよ……」『人の告白台無しにすんな!』
というアキナと夏希ちゃんからの突っ込みと、パトロンさんや通行人さんたちの笑い声を食らいました。私が「ごめんなさ~い……」としょげていると、
「わっ……私からも、質問……いいかな?」
と、妙に緊張した様子で、椿さんが申し出てきます。私も気を取り直し、「は~い、椿さん!」と、彼女を指名しました。
椿さんは、のそりと立ち上がってから、
「えー……。本日お集まりいただいた皆様、初めまして……。私は鷹谷椿と申します……」
なんて、なぜか私にではなく周りの人たちにあいさつしてから、
「私は、その……。このイベントの主催者、桜州春香さんの、えー……。まあとにかく、ビジネス上の支援者です」
と、変にたどたどしく自己紹介を続けます。
「他の人たちへの自己紹介も済んだところで、春香……。その、質問だが、えっと……」
なんて言いよどみながら、周りの人たちをきょろきょろと見回す椿さんに、
「……鷹谷さん、ひょっとして大勢の人の前は苦手ですか?」
そうアキナは突っ込みました。椿さんは顔を真っ赤にして、
「確かにその通りだけど、話の腰を折るな!」
と、言われたことを認めつつも怒ります。私も思わず「ぷぷっ」と吹き出してから、
「椿さん、普段堂々としてるのに意外ですね~。可愛いです~」
と、あおるようなことを言ってしまいました。うつむいてぷるぷると震える椿さんに、周りからは「大丈夫です!」「怖くないですよ!」「リラックスリラックス!」などと温かい言葉がかかります。私も、
「皆さんいい人だから、緊張しなくて大丈夫ですよ~! それで椿さん、質問って何だったんですか~?」
と、話の続きを促しました。椿さんは何度か深呼吸した後、一つ咳払いしてから、
「……皆さんありがとうございます。やっと落ち着いてきました。それで春香、肝心の質問だが――。こうして君が、ちょっとしたイベント開催にまでこぎつけたこと、支援者として嬉しく思う。それで――例えば今後、他に挑戦してみたい事業はあるかい?」
普段の堂々とした椿さんに戻って、鋭い目で私を見ながら尋ねてきます。私は腕組みして、「ん~」と軽くうなってから、
「そうですね~。今では私も多くのファンのかたたちに恵まれてきて、ちょっとしたアイドルみたいな気分です~。だから、歌ったり踊ったりしてみたいですね~」
と、ぱっと思いついた答えを返しました。椿さんや周りの人たちが「「「「「おおーっ?」」」」」と声を漏らす中、さっきの熱狂的すぎる男の人が立ち上がり、
「じゃ、じゃあ! 今すぐ一曲お願いします! どうか頼みます!」
と、相変わらず興奮した様子で頼みながら、深々と頭を下げてきます。
「いいですね! 歌ってください!」「春香さんの歌、聞きたいです!」なんて同調する人たちや、「は・る・か! は・る・か! は・る・か!」なんて手拍子付きであおってくる人たちまで出てきたので、
「え~、ごほん……。じゃ~皆様のご期待にお答えして、一曲いきま~す!」
私ものりのりで答え、好きな曲を歌い出しました。視界の隅でアキナが眉をひそめた理由が、分からないままで。
そして歌った結果、パトロンさんたちや周りの通行人さんたちは一斉に微妙な顔をします。ライブ中継を見ていたパトロンさんたちからも、『仮に本格的に歌うとして、春香さんには歌いやすいオリジナル曲が必要だね……』なんて、オブラートに包んだコメントが付きました。
その後も質疑応答や、別に質疑応答じゃないおしゃべりをパトロンさんたちと一時間ほどしていると、会場に出していた不要品はすべてさばけました。
パトロンさんたちが帰り出し、スタッフさんたちが会場の設備を片付けていく中、
「春香。君の成功で、私も事業家として改めて気合が入った。私もこれからも成長していくから、互いに高め合おう!」
という意識の高い言葉を椿さんから、
『あー……。お前のおかげで、トウジに告白するきっかけが持てた。まあその……ありがとな』
というお礼を、ARのトウジくんと「手をつないで」いる夏希ちゃんから、それぞれもらいます。
「お礼言いたいのは、私のほうですよ~。二人とも、ありがとうございました~!」
と、私もお礼を言ってから、家路につきました。
タクシーの車内で、イベントの最後にパトロンさんたちと撮影した集合写真や、イベントのダイジェスト動画に載せられたパトロンさんたちのクレジット(どちらもクラファンのリターンです)をアキナに見せてもらってから、投げ銭でもらった金額も確認します。
「〇・三八ビットコインか~。前に椿さんから聞いた金額には、ちょっと足りないな~」
と、私はため息をつくものの、
「けれど、ボディの修理費と、サーバーの領域の代金を支払えれば十分です。ビットコインが値上がりした時を上手く狙って支払うので、安心してお任せください」
と、ARの姿で隣に座るアキナは、頼もしく答えてくれました。私は「ありがと~」と答えるものの、腕組みしてから、
「ん~。けど、アキナや椿さんやなつきちゃんや、それにパトロンさんたちや投げ銭してくれた通行人の人たち……。本当に、いろんな人に助けられっぱなしだったな~、私……」
と、少し反省します。それに対し、
「しかしお嬢様。多くの人の協力を得られた理由は、あなた自身の魅力もあったと思います。それは、あなたの実力として誇っていいと思いますよ」
と、アキナは優しい言葉をかけてくれます。
それを聞いて、私もちょっと調子に乗って、
「そうかな~? じゃ~これから本格的に、歌ったり踊ったりしちゃおうかな~?」
なんて、にやにやしながら語りました。それに対しアキナは、
「……お嬢様が歌いやすい曲の作曲と、踊りやすいダンスの振り付けはお任せくださいね」
と、ため息交じりに答えます。
「どういう意味~?」
と抗議した私を乗せて、タクシーは家に近づいていきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます