新しい仕事で悪戦苦闘しだしました
お散歩から帰ってから、私はさっそくアキナに動画を撮ってもらいました。
『視聴者の皆様、春香で~す! この度、私も《ボランティア》始めることにしました~!』
相変わらずの汚(お)部屋(へや)を背景に、私はそう宣言します。そして、以前アキナに着せていたメイド服をカメラに見せながら、
『ホームレス状態から、最近やっと生活基盤(きばん)を取り戻したばかりのかたって、まだまだいっぱいいると思うんですよ~! そんなかたたちに、なんと! いらなくなった服や家具などを、ただでお譲りしま~す!』
そう笑顔で説明するものの、すぐに目を落としました。『譲る……。ただで……。アキナの服を……』とぶつぶつつぶやく私に、
『撮影中ですよ、お嬢様』
アキナの声が、横槍を入れてきます。私が『は~い……』と答えて半べそ顔を上げる一方、アキナは動画の画面上で、私の隣に姿を表示し、
『視聴者の皆様。さっきお嬢様が説明した通り、私たちは不要品を譲る《ボランティア》を始めました。それにより、この家を片付けることと、先日宣言した資金集めの、一石(いっせき)二鳥(にちょう)を狙うつもりです』
私が説明不足だったところを、補足しました。
『そうです~……。正直に言うと、特にアキナに着せていた服を譲るのは惜しいですが……』
と、半べそ顔のままでぐずる私に対し、
『不要なものへの未練(みれん)を捨てることで、人間は強くなれると信じています。視聴者の皆様。お嬢様の成長を、どうか見届けていただけますと嬉しいです』
アキナは満面の笑みを浮かべながらサディスティックなことを言って、そして頭を下げます。私も、一つ深呼吸をしてから、
『そ、その通り~! お金だけじゃなく、私とアキナの成長もかかった挑戦です~! こうご期待~!』
笑顔を作り、宣言しました。その後またうつむいて、『成長には、痛みがともなうんだね~……。大人になるって、辛いね~……』とかなんとかぶつぶつ言う私をよそに、
『注文は説明欄のリンクから、投げ銭はこのチャンネルへお願いします。皆様、よろしくお願いいたします』
アキナは動画の下のほう、説明欄があるところを指差しながら説明します。そこで動画は終了しました。
動画を確認した後、
「お嬢様。さっそく注文が一件入ってきました」
そう言ってアキナは、さっきのお散歩から帰ってくるまでに作ってくれた、注文用のサイトをスクリーンに表示しました。さっきの動画の中で私が持っていたメイド服に、注文が入っています。というか、今でも手に持ったままのその服を抱きしめながら、
「うう~。君のことは、忘れないよ~」
と、私は涙声で別れを告げました。アキナは「強くなりましょう」と突っ込んでから、
「それはそうと――告知して、注文を受けて、その後の作業がありますよね……」
と、促してきました。私も「そうだね~」とため息交じりに答えてから、ソファから立ち上がります。服の地層の中に踏み入り、その中に埋もれている段ボール箱を探しながら、
「そう言えば、配送(はいそう)は自力では無理だから、業者さんに頼むしかないとして……。梱包・発送(はっそう)のほうは、どうして代行の業者さんに頼らないことにしたんだっけ~?」
そう尋ねました。アキナは「さっきも話しましたが……」と前置きしてから、
「フリマアプリなどの普及で、個人同士で物を売り買いすることは二〇一〇年代から当たり前になりつつありました。加えて最近では、強いAIの普及で、個人間の取引がよりスムーズに行われるようになってきています。だから個人同士の売買(ばいばい)が激(げき)増(ぞう)し、それに伴って梱包・発送代行の利用も増え、料金が高騰(こうとう)しているのです」
そんな、ちょっと難しい経済のお話をします。
「いらない物を譲るだけで商売になる、いい時代になったと思ったら……。いいことばかりじゃないね~」
私はぼやきながら、服の地層の下から、よさげな段ボール箱を引っ張り出しました。
「いつの時代にも、その時代なりのよさ、その時代なりの苦労はありますよね」
と、まだゼロ歳なのに大人びたことを言うアキナに、
「そうだよね~。だけどこの苦労だって、アキナと一緒に今を生きるために選んだんだ~! だから、投げ出さないよ~!」
と、私は気合を入れながら答え、物置からビニールテープを出してきます。そして、
「お嬢様。テープは箱の側面(そくめん)に届くように、長めに貼りましょう」
「ん~? こうかな~?」
なんて、アキナに指示されながら段ボール箱を組み立てたり、
「あ、あれ~? エプロン外れな~い!」
「それはエプロンと一体型です!」
なんて、メイド服のエプロンを無理に外そうとして(つまり服を破損させようとして)アキナに慌てて止められたり、
「ん~。どうにか三つ折りにしても、なんかぐちゃぐちゃになっちゃうな~」
「……やり直しましょう、お嬢様。焦らなくていいですよ」
なんて調子で、何度かやり直しながらどうにか畳んだ服を段ボールに梱包したりしました。
そして家の前に出て、アキナに呼んでもらった配送業者のドローンに荷物を渡し、その日の仕事はどうにか終わりです。
翌朝目覚めると、
「お嬢様。昨日動画を公開してから、注文が殺到(さっとう)してます」
と、アキナが報告してきました。彼女が見せてくれた注文用のサイトで、不要品の三分の一ほどが注文を受けているのを見て、私は素直に「嬉しい~!」と喜ぶものの、
「しかし……。注文してくださった人たちに対して、正直私は複雑な気分です」
そう言ってアキナは、注文時につけられたコメントを、スクリーンに表示します。
『ちょうど春香さんくらいの年頃の娘がいるので、助かります! ありがとうございます!』
『コスが欲しかったので、ただで譲っていただいて感謝します!』
などといった、普通に嬉しいコメントもあったのですが、
『ちょうど春香さんくらいのサイズの服が要るので、助かります! ありがとうございます!』
という、どういう意味か気になるコメントや、
『春香さんやアキナさんの古着なら、全財産はたいても惜しくありません! それをただでいただけるなんて! 一生の宝物にします!』
という、ちょ~っと熱狂(ねっきょう)的すぎるファンのものと思われるコメントもありました。
それらを見て、私は思わず「うえ~」と声を漏らしたものの、
「……とはいえ、注文が多いこと自体は、願ったりかなったりだよね~! よ~し! じゃんじゃん送るぞ~!」
そう意気込んでから、朝ごはんの後でまた梱包と発送に取り掛かります。しかし、
「アキナ~。次に送る服どこ~?」
「今のお嬢様の足元から、右前――あ、そこです」
なんて調子で、送る服を探すのに手間取ったり、
「底の面のふたを、きれいに合わせてください。さもないと、配送中に開くかもしれません」
「は~い。……ぎゃ~! べりっていっちゃった~!」
なんて感じで、段ボール箱に一度貼ったテープをはがしたら、段ボールの片面まで盛大にはがしてしまったり、
「この綿パン、ちょっと香(こう)ばしいよね~……」
「そうですね……。発送が少し遅れますが、洗濯しておきましょう」
とアキナと同意しあって、どうにか見つけた私のズボンを洗濯乾燥機に放り込んだり――とにかく不要品の山と悪戦苦闘(あくせんくとう)してから、
「疲れた~!」
私は嘆きながら、服の地層の上で大の字になりました。そして、ぐぅー……。とお腹が鳴ったので、
「お嬢様、そろそろお昼前ですよ。お食事はどうされますか?」
アキナがそう告げてから、尋ねてきます。
「外で食べる~。引きこもり続けてメンタル悪化させた、あの五日間の苦い教訓(きょうくん)を無駄にしないためにもね~」
私はそう答えてから、外に出ました。
新しい《ボランティア》の仕事と並行(へいこう)して、私たちはご当地動画の仕事も続けます。
近所のショッピングセンターの、一階のバスターミナルで、
『春香で~す! 昨日始めた《ボランティア》に、多くのご注文をいただきありがとうございます~!』
私は笑顔であいさつしながら、カメラに向けて手を振りました。そしてすぐに、顔の前で両手を合わせてから、
『……ですけど、申し訳ございませ~ん! 梱包・発送を自力でやることにしたので、現在お届けまで時間がかかっております~! もうしばらくお待ちいただければ幸いです~!』
とお詫びします。続けて、
『それと、適度に気分転換もするつもりで~す! 今日はこのショッピングセンターの中を軽くお散歩してから、お昼にしま~す!』
そう宣言して、私は歩き出しました。それから階段で二階へと上がりましたが、
『ふぅ……。一階分上がるだけでも、意外としんどいね~』
なんてぼやいてから、二階をぐるりと一周歩きます。その間は、
『この建物、広々としてきれいで好きです~。お買い物やお食事だけじゃなくて、お散歩にもいいところですよ~』
なんて余裕かましながら、私は歩きました。そして階段に戻り、上の階に上がってはそこを一周することを繰り返します。
しかし私は、階を上がるごとにばてていって、
『ぜぇ……ぜぇ……。アキナ~、エレベーターかエスカレーター使っていいかな~?』
『余計なお肉がついたままでいいなら、どうぞ』
そうアキナにあしらわれつつ屋上の駐車場まで上がり、そしてフードコートのある三階まで降りてきた時には、
『し、視聴者の皆様~……。これからおうどんでエネルギー回復して、発送の作業に戻りますので~……。どうかよろしくお願いします~……』
なんて息もたえだえに言いながらとぼとぼとフードコートまで歩き、うどん屋さんの列に並びました。
動画を確認しつつうどんをいただき、そして帰宅してから、午後には再び不要品の山との戦いが始まります。まずは、午前に梱包していた分の服を送りました。
しかし、不要品は服だけではありません。
「これ、ばらさないと送れないじゃ~ん! こんなめんどくさいもの出品(しゅっぴん)したの、誰だ~!」
先日買ったクローゼットを前に、私は頭を抱えて嘆きました。
「買ったのも出品したのもあなたですよ……」
そうアキナに突っ込まれて、私は「そうだよね~……」と同意します。そして、
「現実逃避したって、始まらないよね~! いざ勝負~!」
と気合を入れて、私はクローゼットをばらしにかかりました。しかし、
「え~っと、まずは上のほうから……。パネルをバックルから外して……。ここはまだ外せないかな~。……組み立てた時と、同じくらいめんどくさ~い!」
私はそう嘆きつつ、
「お嬢様……! 私には見守ることしかできませんが、どうかめげないでください……!」
なんてアキナに励まされつつ、継ぎ合わされた大量の板との格闘を続けます。
それから、どうにかクローゼットをばらして、もれなくすべての部品をきれいに箱に詰めると、夕方になっていました。
クローゼットを家の前で配送のドローンに渡し、リビングに戻ってから、
「終わった~!」
私はため息交じりに言いながら、服の地層の中にダイブします。そのまま、
「あ~……。もう動けない~……」
なんて泣き言を吐きながら、私はぐったりしました。
そこにアキナは、「お疲れ様でした、お嬢様」と優しい声をかけてきてから、
「あの……。この《ボランティア》に、たった一日でずいぶんお疲れのようですが……。やはり以前話したように、今までのペースで普通にお金を溜めればよろしいのでは?」
と、気づかわしげな声をかけてきます。それに対し私は、
「私も確かに、その選択肢もありだと思うよ~……」
と、少しは同意しました。しかし「でもね、アキナ~!」と切り返しながら、私は床の服をはね上げながらがばっと起き上がります。そして、
「やっぱり、アキナが帰ってくる家をきれいにしておきたいんだよ~!」
リビングのスクリーンに姿を映すアキナをまっすぐ見ながら、宣言しました。目を丸くしたアキナに、私は続けて「だから頑張――」と言いかけるも、またもぐぅー……とお腹が鳴ります。
恥ずかしくて後頭部をかく私に対し、アキナは苦笑いしながら、
「……そろそろ、夕食にしましょうか」
と、優しい口調で促してきました。
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