作戦会議しました・その2

 珍しく声を荒げた彼女に、今度は彼女以外の全員が、目を丸くします。「初期化って、どういうことですか~?」と、きょとんとする私に、

「文字通りアキナを、彼女が『生まれ』た時の状態に戻すことだよ。当然ながら、彼女の今までの記憶や、学習してきた感情なんかも消える」

 椿さんは、そう説明しました。

「そんな~! アキナの思い出や感情が消えちゃうなんて嫌です~!」

 そう半べそかきながら身を乗り出す私の横で、アキナも少し恥ずかしそうにうつむきながら、こくこくとうなずきます。椿さんも「うん」とうなずきを返してから、

「アキナ本人も春香も、嫌がると思ってた。だから『最後の手段』と言ったんだが……。今まで挙げた対処法はアキナが全部試してて、そして全部駄目だった。結局、根本的な原因、つまりアキナの感情によるデータ容量圧迫(あっぱく)を解決しないとな……」

 眉間(みけん)にしわを寄せて、続けました。それを聞いて、私が「じゃあ、どうしたらいいんですか~?」と途方に暮れる一方、

『つまりアキナ……。お前、チュンシャンのことすっごく大好きなんだな』

 夏希ちゃんはにやにやしながら、アキナをからかいます。アキナは雷に打たれたように顔を上げ、丸くした目を夏希ちゃんに向けてから、

「率直に言って、今までお嬢様と触れ合ってきて、感情を学習してから……。データの断片や不要なアプリをいくら削除しても、データ量はほぼ常に容量ぎりぎりでした……」

 そう言ってアキナは、「データ量の履歴」という名前の入った折れ線グラフを、私のスマートグラスに表示してきました。春に彼女が「生まれ」たばかりの頃には、まだ使用領域は十パーセントもなかったのですが――それから一月ほど経つとグラフは上がり出して、アキナが「身体」を得る直前の初夏の頃には、二十パーセント近くで前後していました。さらにその後、彼女が「身体」を得てからは爆発的に上昇し、常に百パーセント近くになっています。

 それが、アキナから私への「好き」の大きさの変化だと思えて、

「やだな~アキナさ~ん。そんなに私のこと大好きなら、それが問題だって最初から言ってくれればいいのに~」

 私は口元を手で覆いながら、夏希ちゃんに続いて彼女をからかいました。無表情に戻ったアキナに「前も言いましたが、あなたに対してはいい感情も悪い感情もありますよ?」と切り返され、へこんでいると、

『どの道、その重くて重要な感情を消しちまう解決策なんてなしだ!』

 夏希ちゃんは、力強く笑います。椿さんも、

「そうだな。さっきまで、無料でできる小手先の対処法ばかり探してきたが……。アキナがこれから、どれだけ春香を好きになっても大丈夫なよう、使えるデータ容量自体を増やそう」

 ちょっと意地悪く笑いながら、同調しました。

「みんなして、からかわないでください」

 そう抗議しながら頬をふくらませるアキナを、私は「まあまあ~」となだめてから、

「それで、データ容量って、どうやって増やすんですか~?」

 と、椿さんに尋ねます。

「サーバー上の領域を、新しく買うんだよ。簡単だろう?」

「そうですね~! アキナのためだったら、惜(お)しい投資じゃありません~!」

 答えた椿さんに、私は同意しますが、

「ちなみに、それはおいくらするのでしょうか……?」

 アキナは、険(けわ)しい表情で尋ねました。椿さんはすぐに、「コハル、いくらだ?」と相棒に尋ね、そしてすぐにスマートグラスで答えを見せてもらったらしく、

「……財政破綻前の日本円の価値で、ざっと十六万円ちょっと。今の価値なら、仮想通貨で言うと〇・四ビットコイン程度だってさ」

 嫌ににやにやしながら、そんな大きな数字を答えます。

「じゅ、じゅうろくまんえん……? れいてんよんびっとこいん……?」

 私は、金魚のように口をぱくぱくさせながら答えました。それは、今までの私の、ささやかな稼ぎのすべてを合わせても足りない金額です。

「今のお嬢様には、少し厳しいですね……」

 眉間にしわを寄せながら言ったアキナに合わせて、夏希ちゃんもトウジくんも難しい顔をしました。私も少し怖気(おじけ)づいて、

「あの~。ちなみにそれって、アキナのボディを買った時みたいに、椿さんが出してくださる可能性はちょっとくらいあったり――」

 なんて甘えたことを言いかけますが、椿さんはにやにやしたまま、

「春香。アキナのためなら、惜しい投資じゃないんだろ?」

 と、さっきの私の台詞を返してきます。その言葉が胸に突き刺さってきて、私は「うぐっ」とうめくも、

「は、はい~! それでまたアキナにハグとか着せ替えっことか、他にもいろいろできるなら、安いもんですよ~!」

 と、震え声で強がりました。「下心丸出しじゃないですか……」と横から突っ込んでくるアキナをよそに、椿さんは満面(まんめん)の笑みを浮かべ、立ち上がります。そして、

「よく言った! 私も今までの君たちの成長を見てきたし、そろそろもうちょっと大仕事に挑戦していいんじゃないか、って思ってた! だから、これはちょうどいい試練だ! 春香、アキナ! 〇・四ビットコインなんてはした金、ぽんと稼いでみせろ!」

 私の肩をばしばしと叩きながら、そんな厳しい励ましのお言葉をくれました。それに続いて、

『あー……。その程度の金額、資産運用やってたら一日で増えることも減ることもある。成功しても失敗してもいい経験にはなるし、まあ頑張りな』

 と、夏希ちゃんがちょっと投げやりな感じに励ましてきて、ココアをもう一口すすったり、

『春香。今まで稼いだことのない金額を稼げと言われて、不安なのは分かる。だが、夏希が言った通り、いい経験にはなるはずだ。どう転んでも、みんな君たちを見守ってる』

 なんて、トウジくんが私の目をまっすぐ見ながら、イケメンな励ましをくれたりします。

 そして最後に、アキナが私の顔をのぞき込んできて、

「お嬢様。あなたなら、もうしばらく気長に稼ぎ続ければ、必要な金額を普通に貯められると思われます。〇・四ビットコイン、無理をして一気に調達されなくてもいいんですよ?」

 そんな試すようなことを言ってきた後、

「どちらにしても、私はあなたの判断に従います。あなたは私の雇用主――いや、二人三脚の、パートナーですから」

 微笑みながら、信頼の言葉を伝えてきました。

 そんな後押しをもらったので、私は席を立ち、

「よ~し! こんなに応援や信頼されたら、頑張らないわけにいかないよね~!」

 と強気なことを言って、人差し指を立てます。

「じゃ~一か月! 一か月以内に、アキナのボディの修理費と、新しく必要な領域を買い取るお金を稼ぎま~す!」

 私が胸を張りながら、そう宣言すると、

「いいぞ! 生活費の支援は続けるから、安心して挑戦しろ!」

 と、椿さんから、

『ま、お前らなら何とかするだろ。見守ってるぜ』

 と、夏希ちゃんから、

『いい覚悟だ。みんな君たちを信じてる。グッドラック』

 と、トウジくんから、そして――

「お嬢様。私も精一杯協力します。一緒に頑張りましょう!」

 とアキナから励まされ、私は拍手に包まれました。

 寄ってたかって持ち上げられて、恥ずかしくなったりプレッシャーを感じたりしたので、

「あの~……。今のは、あくまで努力目標ってことにしてくださ~い……」

 私が後頭部をかきながら言い訳すると、他のみんなは一斉にずっこけました。



 それからお昼を食べた後、さっそく帰りのタクシーの中でも、私は宣言のための動画を撮りました。

 画面の中で手前に腕を伸ばしている、つまりスマートグラスを自分に向けて持っている私が、

『こんにちは~、春香で~す! 視聴者の皆様~! この度私は、アキナのボディを修理するお金、そしてサーバー上の領域を買うお金を稼ぐことに挑戦しま~す!』

 そう宣言しています。その隣の席に、ARの姿を表示したアキナも、

『視聴者の皆様、アキナです。私がリアルのボディを獲得して以来、それで学習した感情が、サーバー上の領域を圧迫するようになったので……。知人(ちじん)のかたたちとも相談した結果、追加の領域を新しく買うと、私たちは決定しました』

 私が説明し忘れていたことを、説明しました。私ははっとした顔をした後、笑顔になって、

『私たち、今までも二人三脚で少しずつ稼いできました~! だから、今回必要な金額も、きっと稼げると信じてま~す!』

 と、前向きな宣言を続けました。その後に、

『ちなみにお嬢様の目標は、一か月以内に〇・四ビットコインと少し稼ぐことです。どうか見守ってくださると嬉しいです』

 と、アキナが補足(ほそく)します。改めてプレッシャーを感じたらしく、私は『ぐっ』とまたうめきましたが、

『私も――いや、私たちも成長してきたので、今回また大きな挑戦をしてみます~! こうご期待~!』

 そう宣言しながらカメラに向けて空いた手を振り、動画を締めくくりました。

 その動画を、私とアキナは、帰宅後にリビングで確認します。それのコメント欄の、

『大きな決断をしましたね! 応援してます!』

 という温かいコメントや、

『余計な領域が必要になるくらいの、アキナさんの感情の内訳が気になる。春香さんへの愛憎についていろいろ妄想がはかどる』

 なんて恥ずかしいコメントや、

『最近片付けるって言い続けて結局片付けなかったけど、今回は口だけで終わらないといいな』

 という皮肉っぽいコメント(遠回しな励ましだと思うことにします)を確認してから、私はアキナに動画のウィンドウを閉じてもらいました。

「動画をアップしてすぐにコメントをもらえたということは、あなたを見守ってくれる人が、ネットにもまだまだいるということです。さっそく資金調達の方法を検討しましょう、お嬢様!」

 アキナは、ガッツポーズしながら促してきます。普段のクールな態度とうってかわって、火がついた感じでした。

 彼女に対して私は、お昼も過ぎたので軽く眠気を覚えてきています。よって「ふあ~」とあくびをすると、アキナが「お、お嬢様?」と不安そうな声を上げました。

「ごめんねアキナ~。私、眠くなってきちゃった~。ちょっとお昼寝する~」

 そう言って私は、ソファの背もたれを倒してベッドにします。

「は、はい、お嬢様……。二十分後に起こしますので……。起きたら、打ち合わせを始めましょうね……?」

 そういう不安げなアキナの声に、「ふぁ~い……。頑張る~」と答えてから、私はすとんと眠りに落ちました。

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