作戦会議しました・その1

 翌日。朝ごはんを食べた後、私は宅配弁当の容器をテーブルに放置したまま、

『だ、だから……。アキナに心配かけないために、明日こそ片付けるぞ~……』

 と、また意気込むだけで終わった昨日の私の動画を見ていました。

「今日こそ……。今日こそ片付けるぞ~……」

 私はソファに座ったまま、うわごとのようにつぶやくものの、散らかった部屋に目線を移してはすぐに天井を見上げます。そしてアキナに「お嬢様」と声をかけられ、正面のスクリーンに目を向けると、

「片付けられないまま、というか余計に散らかし続けながら家にこもり続けて、五日目ですよ? いい加減、私のボディを修理するか、あるいは家事代行のサービスで一時的に片付けてもらうだけでもいいです。どうしてそんなに、かたくなにご自身で片付けようとするんですか?」

 彼女は、心配をいっぱいに浮かべた表情で尋ねてきました。私は「ん~」と、少し言いよどんでから、

「罪悪感、かな~。私のせいでアキナが怖い思いしちゃったから、責任取らなきゃ、っていうさ~。私がだらしないままじゃ、何度も同じことを繰り返しそうだし……」

 そう答えます。「お嬢様……」と、うつむきながらつぶやくアキナに、

「まあ正直に言って、無駄な努力だったよね~」

 降参、と言うように両手を挙げながら、私は答えました。「やっと認めましたか……」とため息交じりに漏らしながら、アキナはくずおれます。

 そこへ、グループ通話が入ってきました。椿さんと夏希ちゃんからです。

『春香……。率直に言って、今の君はかなりやばい状態だぞ』

『そうだぞ、チュンシャン! 昨日も結局、片付けないでだらだらしてたじゃねーか! 昨日の動画の再生回数、今朝までに百回も行ってねーぞ? もう仕事どころじゃねーって!』

 二人からのお叱りに、私はソファの上で縮こまりながら「は~い……。反省してます~……」と答えました。

『とにかく今のままじゃ、片付けられなくて気分が落ち込んで、そのせいでまた片付けられなくなる……っていう悪循環(あくじゅんかん)が続くだけだ。だからなつきちゃんと話して、とにかく君を外に連れ出そうってことにした。今日会えないか?』

『そうだぞ! もう四(し)の五の言わずに、出てこいよ!』

 椿さんと夏希ちゃんのお叱りの続きに、私は「は~い、分かりました~! 今から出ます~!」と答えて、場所を指定してもらってから通話を切ります。

 そして勢いよくソファから立ち上がり、外出着を探すために歩こうとするものの、

「よ~し! どうにかして、この悪循環から脱しゅ――おおっと」

 床の上に散らかした服に足を取られ、ずるっ! とこけました。「お嬢様、お怪我はありませんか?」と心配してくるアキナに「だ、大丈夫~」と答えてから、服の地層の中から顔を起こします。

「本当に、脱出できるのかな~?」

「そ、その方法を探るためにも、まずは気分転換と相談です……」

 不安を漏らした私に、アキナは乾いた笑顔とともに答えました。



 私と椿さんと夏希ちゃんは、駅ビルのコーヒーショップに集まりました。

「春香もアキナも、今回の件から学習したと思うが……。二人だけで解決できないことがある時は、素直に第三者を頼ろうな」

『そうだぞ! ずっとあの調子だったら、お前らどうなってたか分かんないぞ?』

 向かいの席から椿さんは冷静な口調で諭(さと)してきて、夏希ちゃんは身を乗り出しながらお小言を続けてきます。

「は~い……。今回それを痛感(つうかん)しました~……」

 と、しょげる私の隣で、

「心配おかけして、申し訳ありませんでした」

 と、ARの姿を表示したアキナも、頭を下げました。

「うん。二人とも、反省は十分にしただろう? だから、これからの話をしよう」

『そうそう! お前ら結局、どうしたいんだよ?』

 椿さんと夏希ちゃんは、話題を切り替えてきます。

「そうですね……。まず、あのゴミ屋敷をどうにかして片付けたいのは大前提として――」

 とアキナは答えてから、「それと……」と言いよどみました。私は、うつむく彼女の横顔をのぞき込みながら、

「アキナ~? 他に、何かしたいの~?」

 彼女が言った「大前提」の先のことを、尋ねます。するとアキナは、うつむいたまま、

「……お嬢様と、またリアルで触れ合いたいです」

 そんな嬉しいことを答えました。椿さんと夏希ちゃんが目を丸くして、「「おっ?」」と小さく声を漏らす一方、

「そうだよね~! 私もやっぱり、アキナと触れ合いたい~! またハグしたり膝枕したり、着せ替えっこしたりしたいよ~!」

 私は半べそかきながら、アキナに同調します。彼女は「調子に乗らないでください」と突っ込みつつ、私を映像だけの肘で小突いてきました。それが私の身体をすり抜けたことに、へこむアキナを横目に、

「これが続くのは、嫌なんです~! いつか、私が自分で家事をできるようになったらボディを修理してあげたい、って思ってたんですけど……。それを待ってられないんです~!」

 私も半べそのまま、椿さんと夏希ちゃんに訴えます。

「確かに……。苦手を克服するには、かなりの時間と労力(ろうりょく)がいるからな。そこは仕方ない」

『つーか、自分で家事出来るようになってから……なんて言ってたら、お前一生アキナと触れ合えなくね?』

 椿さんに慰められ、夏希ちゃんにディスられて、今度は私がへこんでいると、

「だから春香! どうにかして、アキナのボディの誤動作の再発を防ごう!」

『そうそう! 確か、アキナのデータ容量が足りないのが原因だったろ? それが分かってるんなら、解決策も必ずあるって!』

 二人は、そんな頼もしいことを言ってきます。それだけでなく、

「アキナと同じように、感情を学習したAIの誤動作の問題は、すでに何度か起こってる。だから、コハルが対処法もいろいろと公開してる。安心してくれ」

 と、椿さんや、

『そうだ。それにアキナ、メーカー、つまりこの場合コハルさんが推奨(すいしょう)するもの以外にも、上手くいった対処法はネットに出回ってるはずだ。俺も調べてみよう』

 夏希ちゃんの隣に、ARの姿で「立って」いるトウジくんが、援護射撃してきました。私が「ありがとうございます……!」と感極まって、胸の前で両手を握り合わせる一方、

「は、はい……。自分の問題なので、私もできるだけのことはします……。よろしくお願いします……」

 アキナは前向きな返事をしつつも、目を泳がせながらもじもじしています。「ん~?」と違和感を覚える私をよそに、

「まず、そうだな……。コハルが把握(はあく)してる限り、アキナはニューラルネットワークのアップデートや修正パッチの適用といった、基本的なメンテナンスはしっかりやってる。他に考えられる原因は……。例えば不要なアプリを入れてないか、アキナ?」

 椿さんがスマートグラスで何かを確認しながら、いきなり難しい話をしてきました。「不要なアプリの削除は、ボディ故障事件の前にすでに行いました……」と、おずおずと答えるアキナの隣で、

「一通りの対処法試したって言ってたもんね~! アキナ偉~い!」

 と、コーヒー片手に私は横槍を入れます。それを聞いた椿さんは、渋い顔を作り、

「そうか……。しかし、意外と基本的な対処をしていなかった可能性も考えよう。例えば、システムの復元はしたかい? ボディを得てから誤動作が起こる前の状態に、ニューラルネットワークを戻したりした?」

 と、さらに聞き続けました。アキナが「それも、事件の前に試しました……」と答える一方、

「アキナ、真面目だね~!」

 と横槍を入れて、私はまたスルーされます。それから、

『ニューラルネットワークの問題でなく、ボディの側に問題があった可能性も考えよう。買ってからあまり時間が経ってないから、劣化(れっか)という線はないとしても……。例えばボディに溜まった静電気の放電とか、ボディ側のドライバーの更新とか、試したかい?』

 そうトウジくんに尋ねられ、アキナは「それらも、どちらも試しました……」と答えました。それを聞いた私が、

「そんな~! アキナがそんなに頑張ったのに、どうして――」

 と、途方に暮れかけていると、

『少し静かにしとこうぜ』

 そう呆れ顔で突っ込んでから、夏希ちゃんはココアをすすります。肩を落とし、お口にチャックする私をよそに、

「仕方ない。コハル、他の解決法を探してみよう」

『うむ。俺も、今まで閲覧(えつらん)しなかった解決法を検索してみる』

 椿さんとトウジくんは、少し難しい顔になりながら、話を進めました。

 しかしその後、

「不要なアプリの削除は、すでにしてるとして……。必要なアプリでも、使ってない時はこまめに停止してるか、アキナ?」

「はい。それは『生まれ』てからほぼ常に気を付けています……」

 と議論を続ける椿さんとアキナの横で、

「う~……。アキナが困ってるのに力になれなくて、私も辛いよ~……」

『いいからアキナたちに任せとけって。手持ちぶさたならのんびりしようぜ』

 とやり取りしながら、私と夏希ちゃんがまた一口飲み物をすすったり、

『ひょっとしたら、マルウェアに感染してたのかもしれない。ニューラルネットワークとボディのどちらにも、スキャンはしたかい?』

「はい。それも行いましたが、異常はありませんでした……」

 と質疑(しつぎ)応答(おうとう)するトウジくんとアキナを横目で見つつ、

「このコーヒーを飲み干したら、私も頭がさえて解決策が浮かぶかも~!」

『何を根拠に……』

 と夏希ちゃんとやりとりしてから、私がまだ少し熱いコーヒーを、ちびちびと急いで飲みだしたり、

「故障事件の時の状況を思い出してみよう。その時何か、例えばニューラルネットワークへの負荷(ふか)を増やすようなことをやってたかい?」

「お嬢様との会話と同時に、動画の編集もしてましたが……。その時不要だったタスクは、すべて一時停止してました……」

 と検証を続ける椿さんとアキナの声を聞きつつ、

「何もアイディアが出ない~! コーヒーおかわりしたら、もっと頭がさえるかな~?」

『カフェイン摂(と)りすぎて眠れなくなるぞ』

 と、嘆く私に夏希ちゃんが突っ込んだり、

『AI用ボディの誤動作を防ぐフリーソフトも、最近出てきてる。それは試したかい?』

「はい、試しました……」

 と、なおもアドバイスしたりされたりするトウジくんとアキナの声を、半分聞き流しながら、

「う~……。私は大事な相棒の力になれない、駄目な雇用主だ~……」

『そうか。あ、トウジ、ちょっと仮想通貨のほうのポートフォリオ見せて』

 と、自虐(じぎゃく)する私をスルーし、夏希ちゃんが資産運用の状況を確認したり――

 要するに、アキナがまだ試していない解決策が見つからないまま、時間だけが過ぎてから、

「ん~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 腕組みした椿さんは、口を閉じたまま長くうなりました。そして、

「……アキナ。これはあくまで最後の手段だから、なるべく提案したくなかったんだが――」

 彼女は、難しい顔をしたままで切り出します。その場の全員が身構える中、

「ニューラルネットワークをしょ――」

 と、椿さんが言いかけた言葉を、

「初期化は絶対にしたくありません!」

 アキナは、強い口調で遮りました。

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