メンタル悪化してきました

 次の日からも、私の迷走は続きました。

「私も、片付けの動画をアップしたらいいんじゃないかな~? 『人から見られてる』ってプレッシャーがあれば、私も片付けを始められるかも~。だからアキナ、録画お願~い」

 そう言って私は、以前撮影に使っていたドローンを引っ張り出し、

「春香で~す! 昨日は動画アップできなくて、ご心配をおかけしましたね~! アキナのボディが壊れちゃって、彼女に頼れなくなったので……。今日から私、自力での家事に挑戦しま~す! まずはこの、散らかったお部屋のお片付けから! これから片付いて行くお部屋に、そして今までずぼらだった私が家事を身に着けていく過程に、こうご期待~!」

 という意気込みを、アキナが操作するドローンに向けて語ってから、すぐソファに座ります。

「さ~て……。それじゃ~片付けのこつを身に着けるために、昨日読みかけてた本の続きを読もうか~……。私がさぼってる、もとい勉強してるとこの映像は、アキナにカットしてもらえばいいしね~……」

 私はそう言い訳しながら、アキナに片付けの本をスクリーンに表示してもらいました。そして、散らかったままの床から目をそらすように、読書の続きを再開します。その本をやっと読み終えるとまたお昼になっていました。

 私は宅配弁当のごみをまた増やしてから、

「う~ん……。同じようなことを違う角度から書いてる本をもっと読めば、片付けに取り掛かるこつがつかめるかな~? アキナ、似たような本ない~?」

「は、はいお嬢様……。こちらをどうぞ……」

 そんな調子で、アキナに別の片付けの本を買ってもらい、それを読むだけで午後を潰してしまいます。結局その日撮った動画は、

『視聴者の皆様……申し訳ございませ~ん! ごらんの通り、今日は全然片付きませんでした~! 見守ってくださる皆様の目線を力に変えて、明日からは片付けますので! よろしくお願いします~!』

 散らかったままの部屋を背景に、また宣言しているだけの私の姿で終わりました。

 さらに翌日、昨日の動画のコメント欄(らん)を確認し、

『一度散らかしちゃうと、片付けだすのが大変ですよね! 頑張ってください!』

 という温かいコメントや、

『身体も生活もちょっとだらしないところも、春香さんの魅力』

 という、褒めているようで神経に障(さわ)るコメントや、

『これは明日からも片付けないパターンだ』

 という、ぐさりと胸に突き刺さってくるコメントなどを読んでから、また前の日の読書の続きをしようとしていると、

「お嬢様。僭越(せんえつ)ながら、申し上げますが……。片付けの、というかすべての仕事の一番のこつは何だと思われますか?」

 アキナに、目が笑っていない笑顔で聞かれました。私が「な、何かな~?」と冷や汗かきながらすっとぼけると、

「まずは手を付けることです。どんな仕事でも、そこからでないと始まらないでしょう?」

 目が笑っていない笑顔のままの彼女に、お小言を言われます。私は「は~い。そうだね~……」としょげてから、ソファから立ち上がりました。それでも、

「ん~。まずは手を付けるために、充電から~」

 なんて言いながら、アキナに買った服を引っ張り出して、彼女をハグする代わりのように抱きしめたり頬ずりしたりします。それらをまた部屋に放り出してから宅配弁当のごみをやっとまとめて、私自身が脱ぎ捨てた服を拾い、

「ん~。これくらいの服の量だと、洗剤どれくらい要るのかな~?」

 なんて洗濯乾燥機の前で困っていると、アキナが洗剤の量を指示してくれました。そしてリビングに振り返り、

「あれ~? どうしてさっきより余計に散らかってるの~?」

 なんて現実逃避していると、

「お嬢様……。さっきはお説教のようなことを申し上げて、申し訳ございませんでした……」

 そうアキナが謝ってきたので、

「い、いいっていいって~。とにかく、手は付けだしたんだから~」

 私は苦笑いしながら、強がりを言いました。

 また片付けられないまま、というか余計に散らかしてから午後になって、

「もしかすると、物を置ける場所を増やせば片付くかも~! アキナ、収納をもっと買お~う!」

 私は、その思い付きをアキナに提案します。

「それは、散らかるものを余計に増やすだけなのでは……。私が片付けた時は、今ある分の収納で片付きましたよ……?」

「それでも、私とアキナは違うでしょ~? ひょっとしたら、私は収納を増やしたほうが片付けられるかもしれないからさ~! 試しに買ってみようよ~! お願~い!」

「は、はい……。承知、しました……」

 反対してきたアキナをどうにか説き伏せ、私は新しいクローゼットやらキャビネットやらを、彼女に注文してもらいました。それから、

「さ~て、本気出すのは収納が届いてからでいいよね~」

 なんて言い訳しながら、私はお昼寝するのでした。

 さらに翌日、早くも届いた収納を開封(かいふう)してから、

「あちゃ~……。またごみ増やしちゃった~……」

 と、梱包(こんぽう)の段ボールや、中身のパーツを包んでいた袋などを前に私は頭を抱えます。

 また、収納はばらばらのパーツのままで送られてきていました。まずはクローゼットを、プラスチックのパネルや、それらをつなぎ合わせるためのバックルなどのパーツから組み立てだして、

「えーっと、このバックルには、この向きからパネルをはめて……めんどくさ~い!」

「その、大丈夫です、お嬢様……。一歩一歩組み立てていけば、完成しますから……」

 なんて、悲鳴を上げたりアキナに励まされたりしながら、休み休みでどうにかクローゼット一つを組み立て、それで午前を潰してしまいました。

 その日の午後を、私は同じようにキャビネット二つを組み立てることで潰します。段ボールやビニール袋などのごみが増えたのと、空のままでスペースを取る収納が増えただけで、結局余計に散らかりました。

 その日の動画も、アキナに撮ってもらっていて、

『はい~! 片付けるために、収納を増やしてみました~! 明日の片付けは、これで効率化するといいですね~! こうご期待~!』

 と、私は動画を締めくくりますが、翌日その動画のコメント欄では、

『前の日より余計にごみ増えてて笑った』

 という図星(ずぼし)なコメントが付きます。椿さんや夏希ちゃんからも通話が入り、

『春香、大丈夫か? 今日の動画を見たところ、余計に散らかってるようだが……』

『チュンシャン、お前余計に散らかしてんじゃねーか! 大丈夫か?』

 と、だいたい同じ心配をされました。



「おかしいぞ~? おかしいぞ~? どうして片付かないんだ~?」

 私は脂汗(あぶらあせ)をかきながら、頭を抱えます。

「お嬢様、少し精神がやられてきてませんか? ひとまず以前のように、片付けのことは忘れて遊びに出かけることをおすすめしますが……」

 アキナは心配の表情とともに、そう提案してきますが、

「い~や! 私の怠惰(たいだ)な心が、あの事件を引き起こしたんだ! だから片付くまで遊ばないよ~!」

 ガッツポーズしながら、私は改めて決意を語りました。少しほっとした顔を見せるアキナに、

「だからまた服を買おう、アキナ~!」

 私がそう続けると、彼女は「何言ってんだこいつ」みたいな表情をします。「話がつながりませんが……」というアキナの突っ込みに、

「私が自分で家事できるようになって、もっとお金稼げるようになったら、その時にアキナのボディを修理する~! だからその前祝いと、今私が片付け出すための充電だよ~!」

 そう説明すると、アキナは「はい……。承知しました、お嬢様……」と、しぶしぶという感じの顔で同意しました。

 その後、

「お~。この女中(じょちゅう)さん風の和服もいいね~」

「は、はいお嬢様……。私がそれを着られる日が、また来ることを祈ってます……」

「アキナも、ボーイッシュな感じにしてみたくない~? このシャツと短パンのセットとかよさそう~」

「はい、お嬢様……。いつかは、それをはいてみたいですね……」

「そうだ~! 私とおそろいの服もいいよね~! 身体の太さ……じゃなくて体格の差があるから、私のより少し小さめのがいいけど~」

「はい……。お嬢様とおそろいの服でお出かけするのも、楽しいと思います……」

 なんて調子で、アキナに四組ほど新しい服を注文してもらった後、

「あの……。お嬢様、片付けは……」

 なんてアキナに突っ込まれて、

「そ、そうだね~。せめてごみだけでも出そうか~」

 と言って私は我に返り、溜まった宅配弁当の容器を、どうにか収集に出します。しかし、散らかった部屋に向き直ると、再び心が折れてしまいました。

 その日の午後は、翌日に届く見込みの服を待ちながら、

「ふひひ……。このパンプス可愛い~……。あ、このスニーカーもいいよね~」

 なんて感じで、アキナにはいてもらいたい靴を探すことで、時間を潰してしまいます。どうにか買うのは思いとどまったのが、不幸中の幸いでした。

 夕方には、まず椿さんからまた通話が入ってきて、

『春香、今日も動画のアップさぼ……もとい、できなかったようだが、大丈夫か? ちょっとまた、気分転換にどこかに遊びに行かないか?』

 そう心配されました。それに対し、

「椿さん、すみませ~ん! 私今は、片付けから逃げるわけにいかないんです~! だから、また今度にしてください~!」

 私がそう詫びると、椿さんも『そ、そうか……。頑張れよ』と控えめに私を励まして、通話を終了します。

 それから、夏希ちゃんからもまた通話が入り、

『チュンシャン、今日も動画さぼったろ? 大丈夫か? ちょっと気晴らしに遊びに行くか?』

 と、やっぱり同じような心配をされ、

「ごめ~ん、なつきちゃん! 私今は、遊びより片付けを優先したいんだよ~! だから、また今度ね~!」

 と、私は同じようなお詫びをしました。『そうか……。無理するなよ』という気遣いの言葉をくれた夏希ちゃんと、通話を終了した後、

「……明日こそ、頑張って片付けましょうね」

 そう励ましてくるアキナに、乾いた笑顔を向けられ、

「う、うん……。明日こそ、頑張るぞ~……」

 私は弱々しく答えながら、力なく拳を突き上げました。



 翌日朝ごはんの後で、私は午前中に届いた服を開封し(そしてまた段ボールやらビニール袋やらのごみを増やし)、

「ん~。充電中充電中~。この可愛い服からもらったパワーで、今日こそは片付けるぞ~!」

 なんて言いながら、私が女中さん風の和服に頬ずりしていると、

「お嬢様、悪いお知らせが……。あなたがさぼり、もとい片付けに挑戦しだしてから、動画の再生回数が伸びなくなってきました……。チャンネル登録者も、減ってきています……」

 そんな悪いニュースを、アキナが告げてきます。私は頭を抱えながら「あ~……」とため息をついてから、

「よ~し! なんかもう、恥を捨てなきゃいけないよね~! だからアキナ! 今日一日、片付かなくても動画アップして~! 駄目なところもどんどんさらしていかなきゃ、きっと私はずっと駄目なままだ~!」

 なんて、強気な返事を返しました。アキナも「お嬢様……!」と、感極(かんきわ)まった感じの声を上げます。

 そして私は、アキナが操作するドローンに見守られながら、

「とはいえ、私がまだ知らない片付けのコツがあるのかもしれないね~。そういうわけでアキナ、また片付けの本を――」

「お、お嬢様?」

「ご、ごめんアキナ~。まず手を付ける、だよね~」

 現実逃避しかけて、どうにか散らかしていた服の一つをクローゼットにかけるも、二着目を手に取ろうとして、

「これ……。いつ終わるの~?」

 と途方に暮れ、ソファにとぼとぼと戻りました。

「そう言えば、アキナに帽子も買ってあげたいな~」なんて再び現実逃避しかけると、アキナに「お嬢様?」と心配の声をかけられたので、

「だ、駄目だ駄目だ~! また現実逃避しだしたら、いつまでも片付かない~!」

 と、私は気合を入れ直して、溜まったごみや服に向き合います。

 しかし、服が入っていた段ボールをどうにかごみ袋にまとめるだけで、私は疲れてしまいました。よって、アキナのために新しく買った服を手に取った時には、

「あ~……。いつになったら、アキナにこれ着せてあげられるんだろ~……?」

 なんてつぶやきながら、シャツと短パンのセットや、私とおそろいの(でも私のより細い)パーカーとジーンズを抱きしめたりして、やっぱり現実逃避してしまいます。

 それで午前は潰してしまい、午後になっても気力が湧かなかったので、

「ねえアキナ~、私の今までの動画再生して~。そしたら、『前みたいに仕事できるようになりたい!』っていう気力が湧いてくるかも~」

 私はアキナに、新しい充電の方法を提案しました。

「はい、お嬢様……。ほどほどに見たら、片付けを再開しましょうね?」

 と、乾いた笑顔とともに釘を刺してくるアキナに「わ、分かってるよ~」と答えてから、私はアキナに、正面のスクリーンで動画を再生してもらいます。

 それから、いつかラーメンを食べた時の動画の、

『ん~! つるつるしてこしのある麺の食感が最高だよ~! アキナ~!』

 とはしゃいでいる私を見て、

「このラーメン、また食べたいな~。というか、アキナにも食べてもらいたい~」

 と、私が食欲を刺激されていると、動画のウィンドウの横に姿を表示しているアキナも、

「そうですね。いつかお嬢様が言っていた、『食べ物の誘惑の恐ろしさ』とやらに、今は私も興味があります」

 と、笑顔で同意してきました。

 それから、いつか街中でゲームした時の動画で、

『えいや~! え~い!』

 と間抜けな掛け声を出しながらキューブを投げるも、あえなく壁に潰されて『あ~。潰された~』と嘆く私の背中を見ながら、

「このゲーム、スリリングで楽しかったな~」

「そうですね。お嬢様にとって、貴重な運動の機会でしたね」

「そうだね~。余裕ができたら、またこの手のゲームやりたいな~」

 なんて、私たちは思い出話に花を咲かせます。

 さらには、いつかイルカウォッチングをしたときの、

『アキナも、船の揺れが辛いんじゃない~? だから、私もアキナを支える~!』

 と言っている私の、アキナの目から見たドアップ顔を見て、

「顔近い~。恥ずかしい~」

「どうして自分の顔で恥じらうんですか……」

 なんて、私は照れたりアキナに突っ込まれたりしていました。

 そうして動画を見ているうちに、私のお腹の音で、もう夕方になったことを私たちは知ります。アキナは目を丸くしてから、

「私としたことが……。動画にはまって、おまけに腹時計に負けるなんて……。サポート用AI失格です……」

 頭を抱えながら、自分を責めました。私は「ま、まあまあ~」と彼女に声をかけてから、

「つまり、動画見るのが、アキナにとっても楽しかったんだよね~? それもきっと、アキナが感情を学習した成果だよ~」

 そうアキナを慰めます。そして、今日も片付かなかった部屋に向き合ってから、

「だ、だから……。アキナに心配かけないために、明日こそ片付けるぞ~……」

 と、消え入るような声で気合を入れました。

「そうですね……。心配という感情も、今の私には大いにあります……」

 そう答えるアキナの苦笑いが、胸に突き刺さってきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る