三日目 まあ正直に言って、無駄な努力だったよね~
片付けの苦労が始まりました
アキナの誤動作による事故の、次の日の朝のこと。朝ごはんの後で、
がちゃり。私は、玄関の土間の横の物置を開け、
「アキナ……」
そこに収まっている、無残(むざん)に壊れた彼女のボディに向き合いました。打ちどころが悪かったらしく、首は根元から折れています。「頭蓋骨(ずがいこつ)」に当たる部分も割れたらしく、頭も歪んでいました。斜めに変に引き延ばされたアキナの顔を見て、私は思わず「……ぷっ」と吹き出すも、
「笑ってごめんね~……。原因の半分は私なのに~……」
肩を落としながら、謝ります。そこへ、
「私は『死んで』ないのに、勝手にお通夜(つや)ムードにならないでください」
アキナが突っ込みながら、私のスマートグラスに呆れ顔を表示しました。
「わた……私の本体は、あくまでサーバー上のにゅ、ニューラルネットワークにあります。そのボディはあっ、あくまで、遠隔操作で操っているだけのど、道具。それがはっ、破損したからといって、わたわたっ、私自身への、ダメージには、なりません」
アキナは震え声で、何度も噛みながら強がりを言います。「明らかに精神的ダメージは受けてるよね~」と、私が苦笑いしながら突っ込むと、彼女は一つ咳払いをして、
「……率直(そっちょく)に申し上げると、そうですね。『身体』を得たことで、私はプラスの感情もマイナスの感情も学習しましたが……。特に昨日は、自分の『頭脳』も『身体』も思うままにならないことや、『身体』が壊れることや――それにお嬢様に怪我(けが)をさせるかもしれなかったことに、強い恐怖を感じました」
目を落としながら、ぽつぽつと語りました。私も「アキナが『精神』的にも『肉体』的にも壊れちゃって、私も怖かったよ~」と同意してから、
「そんな怖い思いを、アキナに二度とさせたくない! だからアキナに頼らず、やっぱり自分で家事をやるぞ~! お~!」
そう決意を表明し、拳を突き上げます。アキナは目をそらし、「はい、お嬢様……。その、頑張ってください」と、消え入るような声で私を励ましました。
「うん! 頑張るぞ~!」
私は引きつった笑顔で答えて、物置からリビングへ振り向きます。そこは、
ぐっちゃあ……。
あれから一晩で、再びゴミやら服やらで散らかっていたのでした。
いざ片付けを始めようとしても、
「そもそも、どこから始めればいいんだ~?」
と、私は途方(とほう)に暮(く)れ、ソファに座り込んでしまいました。そこへ、
「あの……。お嬢様……。ボディを破損させてしまい、大変申し訳ございません」
アキナはそう謝ってから、
「私も、エラー問題に対して可能な限りの対処はしたつもりですが……。力およばず、誠に申し訳ございません」
そう続けて、頭を下げてきます。それに対し、
「いいっていいって~。私が自分で家事できるようになれば、それは問題じゃなくなるしね~」
と、私は強気な答えを返してから、
「だから、まずは片付け始めるために、どうにかしてやる気を出そ~う! 散らかしちゃった家を頑張って片付けた人は、他にもいるはずだから……。お片付けの動画を探して、アキナ~!」
そうアキナにお願いしました。彼女は微笑みながら「承知しました」と同意し、動画の検索結果を表示してくれます。
そして私は、よさそうな動画をアキナに再生してもらいました。その出だしで、配信者の背後に映る、足の踏み場もないほど散らかった部屋を見てから、
「うわ~! この人のお部屋も、この家ぐらいぐっちゃぐちゃ~! この人が片付けられるなら、私も片付けられそう~!」
と、私は自信を持ちます。アキナも「そうですね。片付けるための気力やヒントを、もらえればいいですね」と、励ましてきました。
しかし、配信者の片付けが一日では終わらず、二日目に差し掛かってくると、
「え~? お片付けって、そんな二日以上かかるものなの~? アキナは一日でぱっと片付けられたのに~」
と私は不安を漏らし、「そうですね……。その配信者もあなたも、きっとお片付けが苦手なタイプなんだと思います……」と、アキナに慰めを言われます。
動画は十分以内で終わりましたが、配信者の実際の片付けは実に三日がかりにおよんでいます。アキナがその動画を閉じてから、私は自分の部屋に目を向けます。動画と同じくらい散かっているそこを見て身震いして、スクリーンに目を戻してから、
「あ、アキナ~! ひょっとしたら、もっと効率よく片付けるこつがあるのかもしれない~! だ、だから、他の動画も見せて~!」
と、アキナにお願いしました。アキナは、今度は苦い表情をしながら、「は、はい。承知しました……」と同意します。
その後他に見た動画でも、だいたい同じくらい大変な片付けを、配信者が頑張ってこなしていました。それらを漁り続け、もう何件目か分からない動画を見ながら、
「お……。お片付けって、大変なんだね~……」
げんなりしながら、私はコメントしました。そこへ、
「そうですね……。では、その動画が終わったら、その……。そろそろお嬢様も、お片付けを始めましょうか」
「うっ」
アキナの突っ込みが、ぐさりと突き刺さってきます。時刻ももうお昼前になっていたため、
「そ、そうだね~! もう参考は十分見たし、いい加減動き出さなきゃね~!」
そう言って私はアキナに動画を終了してもらい、ソファから立ち上がりました。その際、
ぐにゅ。足元に放置していた、脱ぎっぱなしの服を踏みながら。
それから私は、
「え~っと……。まずどこから手を付けたらいいかな~」
なんて再び戸惑いながら、部屋を見回した後、
「まず形から入ろ~う! ちょっとコスプレ衣しょ……じゃなくて仕事着借りるよ~、アキナ~!」
と言って、アキナに昨日着せるはずだった執事服を着るものの、
「ぱっつぱつ~……。苦し~い……」
私には意外ときつかったので、すぐに部屋着に戻ります。その際、執事服も脱ぎっぱなしのまま放置して、
「お嬢様、また一つ散らかったものが増えましたが……」
「いいの~! 後回し~! まずはごみを捨てなきゃ~!」
そう言って、昨日から今朝までに食べた宅配弁当の容器を手に取りました。やっとそれらをまとめてごみ箱に入れると、お昼になったので、
「アキナ~、また宅配弁当――」
と、私はアキナに注文をお願いしかけますが、
「いや、それだとまた容器のごみが増えるし、家にある食材も長く置いてるとごみになっちゃうよね~。どうしよ~」
「自炊(じすい)しますか?」
「うん。無理~。とにかく最優先は片付けだから、自炊も後回し~。アキナ、注文お願~い」
ためらったものの、結局はお昼を宅配弁当で済ませることにしました。
お昼を食べて(それでまたごみを増やして)から、再び私は片付けに取り掛かろうとしたものの、
「ん~。無料のネット動画だけ見てるんじゃなく、身銭(みぜに)切らないとやる気が出ないのかもしれないね~。アキナ、片付けの本を買うよ~!」
「は、はい……。その投資、報(むく)われるといいですね……」
アキナとそう話してから電子書籍を買ってもらい、リビングのスクリーンで読みます。
その現実逃避、もとい勉強に時間を使っていると、夕方になっていました。椿さんからの通話が入ってきて、私は読書を一時中断します。
椿さんにも、昨日の事件のことは話しているので、
『春香、アキナ、あれから調子どうだ? 今日はまだ、動画一本も上げてないが……』
彼女は心配してきました。私は、スクリーンに姿を映すアキナに目配(めくば)せしてから、
「……正直に話しましょう」
「そうだね~……」
彼女とそう同意しあって、
「椿さん、すみませ~ん! 私また散らかしちゃったので、しばらくお仕事より、家の片付けが優先になります~! もうしばらく、生活費お願いします~!」
私は椿さんに対し、(音声通話のため姿は見えなくても)顔の前で手を合わせながら、頭を下げます。
『そうか……。事業にも生活にも、トラブルはつきものだよな。君の自立がいつになるかは誰にも分からないし、焦らなくていいぞ』
そんな慰めを言ってくれた椿さんに、私は「ありがとうございます~……」とお礼を言ってから、通話を終了しました。
それからすぐに、同じく昨日の事件のことを聞いていた夏希ちゃんからも(彼女の声を基に翻訳された、合成音声の)通話が入ってきて、
『チュンシャン、アキナ、大丈夫か? 今日はまだ、動画上げてないだろ?』
彼女が、椿さんと同じように心配してきたので、
「ん~、大丈夫~! 今日はほとんど片付かなかったけど、まずはやる気を出すために、お片付けの勉強を始めたよ~!」
私はガッツポーズしながら、強がりを言います。
『そ、そうか……。その答えはなんか引っかかるが……。まあ頑張れよ』
夏希ちゃんは、気まずそうな口調で答えてから、通話を終了しました。
「よ~し! 本なんか読んでる場合じゃない! 椿さんにもなつきちゃんにも心配かけないために、頑張るぞ~!」
私はそう気合を入れ、拳を突き上げますが、ぐぅー……とお腹が鳴ります。
「……いい時間なので、晩ご飯にしましょうか、お嬢様」
と、乾いた笑顔を浮かべるアキナに促され、
「そうだね~。またお弁当お願~い……」
私は空腹に負け、アキナにまた宅配弁当を注文してもらうのでした。
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