エラーが出ました

 アキナがボディを得てから一か月ほど、私の稼ぎは上がってきました。動画の再生回数以外にも、高評価率など、私の人気に関連したいろいろな要素から単価も上がってきて、一月当たりの稼ぎは(かつての日本円の価値で)六万円ほどになってきます。

 アキナがリビングのスクリーンに表示してくれた収益(しゅうえき)の分析を、ソファで見ながら、

「少しは稼げるようになってきたから、もっと稼ぐための投資が必要だよね~」

 私はそう言って、隣のアキナに目を移しました。それを聞いた彼女は、

「えっと……何を買われるんですか?」

 と、少し引きながら尋ねてきます。どうも私は、よこしまな気持ちを顔に出していたらしいです。それをさておいて私は、

「ふっふっふ~。それはね~」

 と切り出してから、アキナにその商品を注文してもらいました。



 初夏も過ぎ、雨の日が続く梅雨(つゆ)の時期。新たな「投資」を活かして、私は今までとはまた違う動画を撮るようになりました。

『可愛い~! 似合ってるよ、アキナ~!』

 私の黄色い声から始まる動画は、私のスマートグラスの視点から撮影されています。映っているのは、家のリビングに立っているアキナで、

『視聴者の皆様、こんにちは。アキナです。本日から、私のプチファッションショーの動画を始めました……』

 そう苦々しい口調と表情であいさつする彼女は、白と黒を基調(きちょう)とした、フリルのたくさんついたエプロンドレス――つまりはメイド服に身を包んでいました。

『アキナ、笑顔笑顔~! せっかくもっと可愛くなったんだから~!』

 私の弾んだ声が再び入り、画面にはサムズアップする私の手が映ります。私の指示を受けて、アキナも笑顔を作り、

『失礼いたしました。本日の衣装は、ごらんの通りのメイド服です。私はお嬢様のプライベートの家事もこなしているので、こういう格好も趣(おもむき)がありますね。営業スマイルが映えます』

 そう感想などを語りながら、服の前後をカメラに見せるように、くるりと一回転します。『「営業スマイル」って正直に言わなくてもいいのに~……』と私がへこむと同時にカメラの目線、つまり私の目線は足元の床に落ちました。『お嬢様、カメラをこちらに』とアキナに促され、私は再び目線とカメラを彼女に向けます。

『それでお嬢様は、私を今後もこういう調子で着せ替え人形にしたいそうです』

『悪く言えば、そうだね~。けどよく言えば、アキナのいろいろなファッションを視聴者の皆様に、それとアキナ自身にも楽しんでもらうつもりなので~! こうご期待~!』

 私とアキナはそう説明した後、Vサインして動画を締めくくりました。



 さっき撮って、そしてアキナに編集してもらったばかりの動画を確認してから、

「よ~し! アキナ~、次は何着る~?」

 なんてはしゃぎながら、私はリビングの隅までうきうきスキップします。そこには、最初からこの家に備え付けられていたクローゼット以外にもう一つ、新しく買ったクローゼットがありました。

「ひょっとして、今日は一日中私のファッションショーをするおつもりですか?」

 というアキナの声を背中に浴びながら、私はクローゼットの中の服に手を掛けました。

「いいんだよ~。どうせ今日は、お出かけしないし~」

 外のざあざあという雨音を聞きながら、私は答えます。

 最初からあったほうのクローゼットはほとんど私の服でいっぱいですが、新しく買ったほうは、アキナに買った服で埋め尽くされています。普段のスーツの他には、お姫様風のドレスやらウェイトレスさん風の衣装やら――それらに対して、私の服はジーンズやパーカーなど、似たようなものばかりです。

「お嬢様ご自身の服より、圧倒的に私のコスプレ衣装のほうがバリエーション豊かですが……」

「なんかね~。自分の服より、アキナに着てもらう服を選ぶほうが気合入っちゃってね~」

「そして買いすぎるわけですね。まだご自身の生活費も稼げていないのに、浪費(ろうひ)するのはよくないかと……」

「大丈夫~! だって趣味のための浪費じゃなくて、事業のための投資だから~! だからいい動画を撮って元を取ろう、アキナ~!」

 なんて調子でアキナのお小言を流しつつ、私は執事(しつじ)服を手に取りました。

「次はこれかな~。普段のスーツに近いけどもうちょっとおしゃれだし、なんならこれで一日中家事を――」

 そう言って、アキナのほうに振り返ると、

「仕方……がががががががががががががががが」

 彼女は首を左右に細かく揺らしながら、それに合わせるように奇声(きせい)を発します。

「あ、アキナ~? どうしたの~?」

 アキナの突然の異常行動に、私は縮み上がりました。アキナはそれから五秒ほど「ががががが……」と謎の首振りと奇声を続けた後、やっと落ち着いて、

「……失礼しました。最近情報入力の量や、それにより蓄積(ちくせき)されたデータ量が増えてきたので……。データの断片の増加に伴う、誤動作と思われます」

 そう説明します。彼女の言う「最近増えてきたデータ」とは、つまりボディを得てから学習した感情だと、私はすぐに思い当たったので、

「え~っと……。つまりご機嫌(きげん)斜めなのかな~、アキナさ~ん?」

 私はおずおずと尋ねながら、執事服をさっとクローゼットに戻しました。

 それに対しアキナは、気遣うように微笑んで、

「正直に申し上げると、あなたと生活していれば、毎日いい感情も悪い感情も持ちます」

 そう答えます。「それ、フォローになってる~?」とへこむ私に対し、

「この『身体』を得た以上、避けては通れないことです。私同様、感情を得たAIのエラー問題は最近発生しているので、ネットに出回っている対処法を昨夜(ゆうべ)のうちに一通り実行したのですが……。それでもエラーが出る以上、新しい対処法を検さ――」

 アキナは胸を張り、強気な発言をしかけますが、

「検す……検さ……検さくくくくくくくくくくくくくくくく」

 と、再び奇声を発しながら、今度は両脚以外を硬直させたまま、タップダンスを始めました。どざああ……と強まっていく外の雨音とともに、「くくくくく……」というアキナの奇声、そして彼女がどたばたと床を踏み鳴らす音がリビングを満たします。

 私は背筋に寒気を覚えて、

「あ、アキナ~! ちょ、ちょっと今日は、お仕事をお休みしようよ~!」

 と、誤動作を続けるアキナの肩に手を置こうとしました。アキナは私に顔を向け、

「お嬢様、今私に触れるのは危な――」

 と、どうにかまともな言葉を発しながら、私から後ずさります。しかし足をもつれさせた彼女は、部屋の隅の洗濯乾燥機めがけ、ほとんど頭から突っ込むような勢いで転倒しました。

 アキナが頭を強打(きょうだ)する、ごん! という音と、

「アキナ――――――――――――――――――――――――――――――――っ!」

 という私の悲鳴と、どおぉんっ! ……という雷の音が、同時に響きました。

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