スキンシップの成果が出てきました
アキナがリアルの「身体」を得てから、私のお仕事にも勢いがつきました。
まず朝起きると、夜の間に充電と最適化を済ませていたアキナが、
「おはようございます、お嬢様。朝食はもう作ってあります」
そう言って、テーブルの上でほかほかと湯気を立てる朝ご飯を示してくれます。お味噌汁に卵焼きに白ご飯に緑茶という和風なメニューに、私は「おいしそ~! いただきま~す!」と胸躍らせながらお箸をつけました。
朝ご飯の後でアキナが食器を食洗器に入れたり、その後で片付けたりしている間、私はきれいに片付いたリビングでのんびりしつつ、今日行きたいスポットをネットで探します。そして、
「今日は空港に行ってみた~い!」
「行くだけですか? 遠出するわけではなく?」
「旅人たちが行き来する場所の、空気だけでも感じたいんだよ~」
なんてアキナとやりとりしてから、タクシーで出かけました。
そして、お昼の少し前に空港に着きます。私は、アキナと一緒にターミナルビルに入るなり、
「わ~! やっぱりいろんな人がいる~! なになに、『うちの国に残してきた親戚が心配だ……?』」
なんて、いろいろな肌の色をした人の群れや、彼らが話している内容(が翻訳された、スマートグラスの字幕)にテンションを上げていると、気づかないうちに前から来ていた一団にぶつかりそうになって、
「お嬢様、ぶつかりますよ」
そう言うアキナに引っ張られて、「あ、ごめんね~」なんて謝りました。
それから私は、お昼には空港のレストランでチキン南蛮(なんばん)定食に舌鼓を打ち、
「おいし~い! アキナも一口どう~?」
「このボディには、味覚の機能がありませんが……」
「そうなんだ~。ってことは、味覚や食べる機能がついたボディもあるの~? その場合、食べたものはどこに行くの~?」
「……お食事中にする話ではありませんね」
なんてやりとりをアキナとしたり、お昼の後は、
「わ~! チョコレートもキャラメルもラスクもおいしそ~う! どれ買って帰る~?」
「どれでもいいですが、多くても三点以内にしてくださいね。あなたは未だに、鷹谷さんの支援に依存していますから」
と、空港の売店ではしゃいではアキナに突っ込まれ、「は~い……」と反省したり、それから屋上のデッキに上がり、
「旅立つ人たちの無事と幸運を祈り、敬礼(けいれい)~!」
「あれに乗っているのは、あなたにとって赤の他人ばかりですが……」
「いいの~! 人を励ますと、自分も元気になるからね~! だからアキナも敬礼しよ~!」
「はあ……」
なんて調子で、アキナと二人そろって、滑走路から飛び立つ飛行機に敬礼したりしました。
そうした私の姿を、アキナは自分の「目」で撮影して、動画サイトにアップしてくれます。
最近では、動画の再生回数は二十四時間で百五十程度にまで伸びるようになってきていて、チャンネル登録者数も百人を超えてきていました。特にアキナがボディを手に入れてから、
『最近の春香さん、輝いてる』
『アキナさん視点でも、アキナさんのイケメンぶりが伝わってくる』
『アキナとの夫婦生活もっと配信して』
なんて、嬉しいコメントやら恥ずかしいコメントやらが、動画につくようになります。
それらをリビングのスクリーンで見た私は、
「ん~、夫婦呼ばわりは恥ずかしいかな~。でも、リアルの『身体』を持ったアキナとお出かけするの、本当に楽しい~! そうだ、椿さんやなつきちゃんも一緒だと、きっともっと楽しいよ~!」
と言って、ソファで隣に座るアキナをハグしました。そのクールなままの顔に、私が頬ずりしていると、
「承知しました。鷹谷さんとなつきさんに、お誘いのメッセージを送りました」
なんて、彼女は事務的な口調のまま答えます。それに対し、「あくまでビジネスライクだね……」と、私は少しへこみました。
それから私は、今の時期にやっているイベントが何かないかアキナに探してもらい、少し遠くでやっているイルカウォッチングに行きたいと言いました。アキナからのお誘いを受け取っていた、椿さんと夏希ちゃんにそれを提案すると、
『いいね! 私もデジタルな仕事ばかりしてるから、たまには自然と触れ合いたい……』
『あたしもデジタルなお金ばかり相手にしてるから、海に出るのも悪くねーな……』
なんて、二人とも似たような答えを返してきます。
その話をしてすぐに私たちは(というか、アキナとコハルさんとトウジくんが)イルカウォッチングの予約を取り、翌日には朝から駅前に集合しました。
互いに初対面だった椿さんと夏希ちゃんは自己紹介した後、アキナのボディを見るなり、
「うーむ、私の中では漠然(ばくぜん)としたイメージしかなかったが……。こうしてリアルに『受肉(じゅにく)』するとイケメンだな、アキナ」
『うん。トウジほどじゃねーけど、イケメンだな』
と、口々に彼女をほめます。アキナが「ありがとうございます」と事務的な口調でお礼を返す一方、
「でしょ~? 私の自慢のアキナが、もっと可愛くかっこよくなったでしょ~?」
なんてどや顔しながら、私はアキナの肩を抱きました。そして、
「このボディ、あなたが作ったわけじゃありませんよ」
とアキナに突っ込まれ「そうだね~」とへこみます。
それから私たちは、電車とバスを乗り継ぐルートで、目的地を目指しました。
ひたすら山と森とトンネルが多いルートを、電車で移動している間は、
「うーむ、利用者が増えて、AIを運用するサーバーの増設(ぞうせつ)が必要になってきたか……。よし! とっとと新しいサーバーを購入しよう、コハル!」
『よしよし……。昨日の空売りの利益は、〇・〇〇五ビットコインか……。また昨日と同じ金額売るぞ、トウジ』
なんて調子で、椿さんと夏希ちゃんが相棒と一緒にお仕事しているのに対し、
「二人とも、こんな時でもお仕事ですか~? ほらほら~、初夏(しょか)の緑がきれいですよ~!」
と、私は窓の外を流れる風景にはしゃぐものの、
「あなただって、動画の仕事中ですよ」
とアキナに突っ込まれ、「そうだったね~」と反省します。
二十分ほどの電車移動の間、私と椿さんと夏希ちゃんにはまだそんな元気がありした。
しかしバスに乗り換えて、ひたすら山と森と住宅地ばかりの道で揺られていると、私たちはだんだんとばててきます。そして、片側にずっと海が見える、開けた場所に出てきた時には、
「あー……。このどこまでも広がる大海原(おおうなばら)に比べたら、私の事業なんてちっぽけだなー……」
『そうっすねー……。あたしたち、この山と森と海があれば、お金なんか持たなくても生きていけそうっす……』
なんてこぼしながら、椿さんと夏希ちゃんはぐったりしていました。
私も例に漏れず、海側の窓際の席でへばっています。通路側の席に顔を向け、
「アキナ~。今も撮影してくれてると思うけど……。大丈夫~?」
と、隣に座るアキナに、気遣いの言葉をかけると、
「そうですね。バスの揺れを長時間受け続けて、かなり余計な情報入力が増えています。だから今は、カメラと最適化以外の機能をオフにします。到着したら『起こして』ください」
彼女はそう答えて、窓のほうに顔を向けたまま、微動だにしなくなりました。機械ならではの、そんな器用な「居眠り」をするアキナに対し、
「ずる~い!」
私は文句を言って、バスに揺られ続けます。
二時間以上バスを満喫してから、お昼過ぎ。イルカウォッチングのお店がある港に、やっとこさ私たちは着きました。貸し出されたライフジャケットを着たり、船の上での注意事項(じこう)を説明されたりした後、小型の漁船くらいの大きさの船で出発です。
椿さんに夏希ちゃん、それに私は、バスの疲れがまだ残っているので、
「なんかもう……。どうにでもなれ……」
『投げやりっすね……。それでも事業家っすか?』
「そうですよ~椿さん……。私たちがここに来た目的を……。うえ~やっぱ気持ち悪~い……」
なんて口々に愚痴りながら、座席のないデッキで、船べりに身体を預けて揺られていました。
私の隣のアキナも、一見涼しい顔で揺れに合わせて立っていましたが、
「風が強くて、足元にも普通に立っていられないほどの揺れがあって……。知識としては知っていても、リアルでは未経験の情報入力ばかりです……。ここでは、『眠って』いるわけにもいきませんし……。後で、最適化に少し長く時間がかかりますね……」
なんて難しいことを言いながら、潮風(しおかぜ)にばたばたと髪を暴れさせています。
それを見て私は、「どうだ~。船酔いの恐ろしさ、少しは味わうがいい~」と、なぜか少し勝ち誇りました。
それでも、船が沖に出てきて、紺色(こんいろ)の海面の下にグレーの陰の群れが見えてくると、
「お~! イルカだ~! みんな見て見て~!」
船酔いの気持ち悪さが一気に吹き飛んで、私は叫びます。
「イルカですね」「イルカだな……」『ああ……イルカだ』
と、やる気のない返事をするアキナと椿さんと夏希ちゃんを揺りながら、船はイルカの群れに近づきました。イルカの流線型(りゅうせんけい)のシルエットや、そこから突き出したひれの形がはっきり見えてきます。彼らは手を伸ばせば触れそうな距離で、背びれを生やした背中を水面から出しては沈むのを繰り返し、じゃぶじゃぶと白波(しらなみ)を立てています。
イルカたちが上げた水しぶきを浴びながら、
「すご~い! 近~い! 触れそ~う!」
私は思わず、船べりから身を乗り出しました。その時、
「おおっ……とぉ~っ?」
船が少し大きく揺れて、私はバランスを崩しかけて、
「危ないですよ、お嬢様」
とっさに腰に腕を回してきたアキナに抱き寄せられて、どうにか転落はまぬがれます。
「やだな~アキナさ~ん。開放的な自然の中に出て、ちょっと大胆になってるんじゃな~い?」
「それはこっちのセリフです、お嬢様。調子に乗ると危険ですよ」
アキナの行動を茶化したり突っ込みを返されたりした後、私は「ごめ~ん。気を付けるよ~……」と反省してから、
「アキナも、船の揺れが辛いんじゃない~? だから、私もアキナを支える~!」
そう言って、私も片腕をアキナの腰に回しました。ちょっと渋い顔をして、「確かに、多少バランスを取りやすくはなりますが……」と答えるアキナに続き、
「君たち……。いつの間にそんなに進展してたんだ……?」
『要するに……。イルカそっちのけでいちゃつくな……』
相変わらずぐったりしたままの椿さんと夏希ちゃんが、突っ込んできます。それに対し、
「いいんですよ~、このほうが合理的で~」
「いいんですよ、このほうが合理的で」
と、私とアキナは、思わずほぼ同時に、同じセリフを返しました。
バスと電車で再び二時間半ほどかけて地元の駅に戻ると、すっかり夕方になっていました。
「全然仕事どころじゃなかった……。もとい、仕事を完全に忘れられてよかった。たまにはこういうのもいいな」
『一生分の乗り物酔いを経験したぜ……。お疲れ』
そう口々に感想を言う椿さんと夏希ちゃんに「イルカの感想は~?」と突っ込んでから、私は二人を見送ります。そしてアキナと一緒にタクシーに乗り、家路につきました。
「楽しかった~。けど疲れた~」
私もそう感想を言ってから、「アキナはどうだった~?」と、隣の相棒に尋ねると、
「…………」
アキナが何やら、難しい表情をして黙りこくっていたので、私は少し不安になります。
「あ、アキナさ~ん? た、楽しくなかったの~?」
そう私が尋ねると、彼女は難しい表情のまま、目を落したまま口を開きます。
「……我々強いAIにも感情があることはご存知ですよね、お嬢様」
アキナにそう聞かれて、私は「う、うん。確かにアキナには、感情ありまくる感じがするけど……」と、おずおずと答えました。
「……それでも、リアルの『身体』の感覚を得て初めて学べる感情もあります。私も、この『身体』の感覚から……あなたからのスキンシップや、今日のようなお出かけから、新しい感情を学習しました」
ぽつぽつと語るアキナに、私が「それは何~?」と聞くと、
「そうですね……安心や楽しさ、ですかね」
胸に手を当てながら、アキナは優しい口調で答えます。
車内に差し込む夕日に照らされた、その穏やかな微笑みに、私は胸がいっぱいになって、
「素晴らしい~! じゃ~アキナ、もっと『学習』しよ~!」
そう言って、彼女をハグしようとしましたが、
「調子に乗らないでください」
無表情で答えたアキナにほっぺたを手で押され、「むぎゅ」とうめきました。
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