触れ合いたくなりました
私と夏希ちゃんは、お昼を食べるために、駅ビルのコーヒーショップに入りました。そこで私とアキナが自己紹介した後、夏希ちゃんから、彼女が近くの国から移住して来た外国人だという話を聞いてから、
「それでなつ……しゃーしーちゃんは、どうして日本に来たの~?」
ハムとチーズを挟んだサンドイッチ片手に、私は尋ねました。
彼女の名前を、また「なつき」と読み間違えかけた私に、
『……なんかもう、「なつき」でいいよ。あたしもお前を、こっちの読みかたで「チュンシャン」って呼ぶから』
中にソーセージを巻いたパイを片手に、夏希ちゃんはめんどくさそうに答えました。
「へ~! 『春香』って、夏希ちゃんの国ではそう読むんだ~! ニックネームみたいで面白い~!」
そう喜ぶ私に対し、夏希ちゃんは『調子狂う……』とぼやきます。
『お互い、その呼びかたと呼ばれかたで納得したならいいさ。それで、さっきの話の続きだが』
そう話を戻したのは、夏希ちゃんの隣に座る、スーツ姿の男の人でした。さっき夏希ちゃんに話しかけていた相棒のAIで、名前は雁渡(かりわたし)トウジ。もちろん私に見えている彼の姿――黒髪をウルフカットにしたイケメンです――は、スマートグラスに表示されたARです。
トウジくんに促されて、夏希ちゃんは、
『ああ、あたしが日本に来た理由だっけ。おたくの国の財政破綻って、世界中に影響しただろ? それでうちの国でも景気が悪くなって、そのせいで治安も悪くなったんだよな。国のあちこちにゴーストタウンができてホームレスがたむろしてたし、毎日のように近所に泥棒やら強盗やらが入るようになった。あたしも一度、道端でスマートグラスひったくられた……』
そう答えてから、もう一口パイをかじりました。私が「そ、そうなんだ~。よく生きてたね~」と答えながら、苦笑いすると、
『まったくだよ。世界中どこも同じような感じになったけど、日本はまだインフラが整ってて治安もましなほうだろ? おまけにうちの国からも近い。だから家族と一緒に、こっちに移住してきたんだよ』
夏希ちゃんは、そう続けます。私が「そうなんだ~。思い切った決断だったね~」と相槌を打つと、
『問題ない。通訳や日本での常識などは、俺がサポートしてる』
トウジくんが、微笑みながら答えました。私が「イケメンだね~!」と彼を褒めると、夏希ちゃんは少し頬を染めながら「そうだろ。惚れるなよ?」と答えます。
私が「安心して~。私はアキナ一筋だよ~」と答え、そのアキナ――今は彼女も、隣にARの姿で「座って」います――に「あなた、やっぱり『そっちの趣味』の人ですか?」と引かれてへこんでいると、
『トウジは、日本に来てから雇ったんだけどさ……。いろんなところで遅れてた日本も、財政破綻をきっかけにやっとAIの導入進めるようになったし、まあ世の中良くなったのか悪くなったのか――』
夏希ちゃんはそう説明している途中で、視界の斜め下を見ていきなり目を丸くしました。
『よっしゃトウジ! このコイン下がり始めたぞ! 今すぐ一ビットコイン突っ込め!』
興奮しながら指示する夏希ちゃんを、『夏希、いつも言ってるだろう。運用の基本は、小さな賭(か)けをこつこつ――』とトウジくんはいさめようとしますが、
『いいから! そう言ってる間に、また上がり出したらどうする?』
そう夏希ちゃんにせかされて、トウジくんは『……仕方ないな』と何やら同意しました。
私が「何~? 今のなんだったの~?」と尋ねると、
「資産運用――つまり株や通貨への投資などで、お金を増やしていくことですよね。というか私も、それでお嬢様の資産を少しずつですが増やしてますが……」
アキナが私への説明も兼ねて、夏希ちゃんに確認します。それを知らなかった私がへこむ一方、『そういうこと』と、夏希ちゃんはにやにやしながら答えてから、
『さっきトウジが言ったみたいに、小さくこつこつ賭けてくのが基本だけどさ。例えば仮想通貨でも、値動きが激しい、つまりリスクの大きい銘柄(めいがら)に賭けて大きくもうかった時なんかは脳内麻薬出まくって楽しいんだよね。逆に日本円や日本国債なんかはずっと価値を落とし続けてるから、空売りするとほぼ確実にもうかって、あんま面白くない』
そう楽しそうに説明を続けました。私が「お金でお金を稼ぐって、面白そ~う! いつからやってるの~?」と、わくわくしながら尋ねると、
『中学一年生の頃から。小学生の頃から、フリマアプリで物を売るとか、ビジネスの訓練はいろいろやってきた。お前が言ったように、お金でお金を稼ぐのが面白いから、資産運用で食べていくことにした』
夏希ちゃんは胸を張りながら答えてから、コーヒーをすすります。私は「すご~い! 小学生の頃からビジネス~? 進んでるね~!」と驚いてから、「ところでアキナ、『空売り』って何~?」と、さっき聞いた知らない言葉についてアキナに尋ねます。
「株や通貨が値下がりするときに、下がる前と下がった後の差額でもうける方法です。まず実際に持っていない株などを証券会社から借りて、例えば千円の値段がついている時に売ります。それが九百円に値下がりした時に買い戻せば、手元に残る差額の百円が、利益になります」
私が「ふ~ん? 分かったような、分からないような……」と首を左右にかしげていると、
「あ――――――――――――――――――――――――――――――――っ!」
夏希ちゃんが、突然悲鳴(翻訳されませんでしたが、元の声を聞くだけで単純な悲鳴だと分かりました)を上げたので、私は「わっ」と驚きました。
『さっきの仮想通貨でロスカット発動した……。今回は損した……』
夏希ちゃんは嘆(なげ)きながら、テーブルに両肘(ひじ)をついて頭を抱えます。
「ロスカットって……とりあえず、よくないことなの~?」
「そうですね。ざっくり言うと、例えば投資していた通貨が一定以上値下がりした時、損失の拡大を防ぐために、証券会社が強制的に売ってしまう仕組みのことです」
と、私がまたアキナから、分からない言葉についての説明を聞いていると、
『トウジ~。「だから言ったのに……」って思ってる~?』
『正直、そう思ってる。だけど夏希、君のモットーは何だい?』
『「人生はギャンブル」……。そうさ、あたしは根っからのギャンブラーなんだ……。大きく当てるチャンスは、これからも狙い続けるぞ~……』
夏希ちゃんとトウジくんの、そんなやりとり。夏希ちゃんは頬(ほお)杖(づえ)をつきながら顔を隣に向け、トウジくんは『……仕方ないな』とぼやきながらも、ARの映像だけの手で彼女の頭をなでました。
私が苦笑いしつつ、「え~っと……いつもこんな調子なの~?」と突っ込むと、
『いつもじゃない……』
『おおむねその通りだ』
夏希ちゃんとトウジくんから、同時に正反対の答えが返ってきました。
夏希ちゃんは『そこは合わせろよ~』と文句を言いつつも、トウジくんになでられ続けながら、頬を緩めていました。
その猫のようにとろけきった雰囲気に何かを察し、私も思わずにやにやしながら「夏希ちゃん、もしかして……」と言いかけます。しかし、アキナが「お嬢様」と一言短く注意してきて、口の前で人差し指を立てたので、私は黙りました。
それを見た夏希ちゃんも、姿勢を正して咳払いしてから、『トウジ、少し外してくれる?』と相棒にお願いします。『承知した』と同意したトウジくんが姿を消してから、夏希ちゃんは、
『えーっと……。これだけ騒がしかったら、周りには聞こえないかな……』
なんて言いながら周りをきょろきょろしたり、
『……誰にも、特にトウジには絶対言うなよ?』
なんて、上目遣いでお願いして来たり、とにかく可愛らしい動きをします。
「大丈夫~! 秘密厳守(げんしゅ)するよ~! 女に二言(にごん)はな~い!」
と、私が両腕を広げながら快(こころよ)く答えると、夏希ちゃんは身を乗り出してきて、
『実はあたし、トウジのこと好きなんだよね。男として』
と、小声で自白しました。
「うんうん~! それすっごく伝わってきた~! トウジくんの、どこが好きなの~?」
私が話に乗ってくると、
『ぶっちゃけ、そこらの生身の人間の男よりずっとイケメン。顔も性格も。自分でそういうのリクエストしたとはいえ、最初は「AIだからそうプログラムされてるだけ」って思ってた。だけど、ギャンブラーなあたしを呆れつつもサポートしてくれたりとか、さっきみたいに大損した時になぐさめてくれたりとか、それが続いてたら、いつの間にか……』
夏希ちゃんはもじもじしながら、ぽつぽつと語ります。頬を染めてうつむいたその可愛い姿に、私はテンションを上げつつ、
「分かる~! 私もアキナのこと、ただのプログラムって思えないも~ん!」
と同意しました。そのアキナは無表情のまま「そうですか。嬉しいです」と棒読みで返してきます。「全然嬉しそうじゃないね……」とへこむ私に対し、
『……お前らも、いいコンビだな』
夏希ちゃんは一言突っ込んでから、コーヒーをすすりました。
その後、アキナが編集してくれた今日の私の動画を、夏希ちゃんにも見てもらって、
『あー……。チュンシャン、お前楽しそうにゲームしてんなー……』
なんて、微妙な顔でコメントしてもらったり、カフェを出たら、私がやっていたパズルゲームをトウジくんにやってもらって、
『よっ! はっ! ……十万ポイントちょっとでゲームオーバーか』
「すご~い! 私の十倍のスコア軽々といった~! かっこいい~!」
『だから惚れるなよ?』
なんて、彼を褒める私に、夏希ちゃんがやきもきしたりしました。
そして、お昼もだいぶ過ぎてから、解散となります。
「お友達増えて楽しかった~! また遊ぼうね~!」
『あー……そういうことにしといてやる。またな』
夏希ちゃんとあいさつを交わして、私は家に帰るタクシーに乗り込みました。
その車内で、
「さてお嬢様。現実とう……気分転換も済んだところで、例の課題はどうされますか?」
「ん~。後で考える~」
「つまり考えたくないんですね」
そうアキナとやりとりしてから、私は家に帰りつきます。玄関から家に入ると、
ぐっちゃあ……。
という擬音が、再び頭の中で聞こえました。私は散らかったゴミやら服やらに足を取られつつソファベッドまでたどり着き、どすっと腰を下ろしました。そして私は、
「ん~っと、今日なつきちゃんたちを見て思ったんだけどさ~」
正面のスクリーンに姿を表示したアキナに、話を切り出します。「はい。どう思われたんですか?」と聞き返してくる彼女に、
「なつきちゃんがトウジくんに甘えてるみたいに、私ももうちょっと、プライベートでもアキナに甘えてもいいのかな~、って……」
私は答えました。アキナはARの姿を私の隣に表示し、「こういうことですか?」と尋ねながら、実際の感触がない手で私の頭を「なでなで」してきます。それを無表情のままやってのける彼女に、私は「違うよ~」と答えてから、
「そうじゃなくてね~。家の片付けや、その他日常の家事も、どうにかしてアキナにやってもらえないかな~、って。そのほうが、家事代行頼むよりも安上がりかもしれないし~」
そう説明を続けました。アキナは少しの間、顎に手を当ててから、
「そうですね……。雇用主の心と身体の健康に、つまりは私の給料に関わる問題ですし、私も真剣に対応すべきかもしれません。私の業務に私生活での家事手伝いを加えることと、そのために私にアンドロイドのボディを買うことを、検討してはいかがですか?」
と、提案してきます。ビジネスライクな言いかたでも、その中に込められたアキナの優しさで胸がいっぱいになった私は、
「アキナ、ありがと~! それでいく~!」
と喜びながら彼女をハグしようとしました。しかし、すぐに視界いっぱいに迫ってきたアキナの驚き顔を、というかARの映像でしかない彼女の全身をすり抜け、ソファから転落します。
「ぐえっ」と小さな悲鳴を上げながら、服やごみのクッションに受け止められた私に、
「お嬢様、話を最後まで聞いてください。AI用の人型ボディも普及(ふきゅう)してきたので、安くなってきてはいますが――それでも、そこそこいいお値段しますよ?」
ソファから無表情で見下ろしてきながら、アキナは釘を刺してきました。彼女がスマートグラスに表示してくれた、そのボディの商品ページにある値段は三百万円程度で、
「……アキナ~。これ、前の日本円の価値で言うと、もうちょっとお安かったりしないかな~?」
と、私はアキナに尋ねるものの、
「そうですね……財政破綻前の価格で言うと、三十万円程度でしょうか」
と聞かされ、再び「ぐえっ」とうめきます。それでも、私は身体を起こし、
「いいお値段するけど、それでも買うよ~! さっきの悲劇を、繰り返さないためにも~!」
ガッツポーズしながら、決意を語りました。
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