二日目 じゃ~アキナ、もっと『学習』しよ~!

気分転換に出かけました

 ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。外の小鳥のさえずりを聞きながら、

「すぴ~。すぴ~……」

 背もたれを倒してベッドにしたソファの上で、私は心地よく眠っていました。そこに、

「お嬢様、六時です。起きてください」

 テーブルの上のスマートスピーカーを通した、アキナの声。私はがばっとはね起きて、

「おはよ~! アキナ、今日は何し――」

 ようか~! と言いかけて、そこで言葉を切ります。私が起きるなり、アキナがつけてくれた照明に照らされた部屋は、やっぱり昨日までと同じで足の踏み場もありません。散らかった服やらごみやらの海の中の、ぽつんと浮かぶ小舟のようなソファベッドに私は再び横たわり、

「まだ夢の中みたいだね~。おやすみ~」

 現実逃避(とうひ)の台詞を吐いてから、掛け布団を被るのでした。そこへ、

「これは現実です、お嬢様」

 アキナの容赦ない突っ込みが、追い打ちをかけてきました。



「私だって~。家事しようって気持ちはあるんだよ~」

 正面のスクリーンに映るアキナに話しながら、私は目玉焼きをお箸(はし)で切りました。

「自宅での食事は、しょっちゅう宅配弁当で済ませている人がですか?」

 アキナにそう突っ込まれ、私は「うっ」と小さくうめきます。彼女の言う通り、私の今朝のごはんは、卵焼きとハンバーグをメインディッシュとした宅配弁当でした。

「ま~ね~。人間には、得意不得意があるんだよ~。それを身をもって知ったよ~……」

 私は少しへこみながら、目玉焼きを口に入れます。アキナも軽くため息をついてから、

「あなたが言うと、かなり説得力を感じますね。それで、あなたの不得意である片付けの問題、どう解決されるおつもりですか? 家事代行のサービスを利用するという手もありますが……」

 そう提案してきます。私は、目玉焼きを飲み込んでから、

「家事代行か~。けどそれだと、お金かかるしね~。このごみ屋……物資が豊かな家にこもってても、解決策は思いつかないよ~。だからいいアイディアをひらめくために、外で遊ぶ~」

 そう答えます。アキナに「つまり現実逃避ですね。あと、『ごみ屋敷』って言いかけたでしょ」と突っ込まれつつ、私は目玉焼きの二口目を口に入れました。



 宅配弁当の使い捨て容器をごみ袋に捨て、少しゆっくりしてから、私は出かけました。駅前に向かうタクシーの中で、

「何して遊ぶか考える前に、家を出ようということで出てきましたが……。何をして現実とう……遊ぶか考えてきましたか?」

 隣の席に姿を表示したアキナに、そう尋ねられます。私は「現実逃避なのは、認めるけどね~」と返してから、

「そうだね~。どうせ現実から逃げるなら、ゲームでもしようかな~。せっかく外に出てきたし、ARゲームでもしようか~」

 そうアキナに提案しました。私が「何かいいのある~?」と尋ねると、「それでは、おすすめのタイトルを表示します」と、アキナも応じてくれます。そして、彼女がスマートグラスにずらりと表示してくれた、おすすめのゲームの一覧の中から、

「ん~。じゃあまず、これにするか~」

 私は、適当なのを一つ選びました。



 周辺にまだ少しごみの山が残る駅前に着いてから、歩道橋を上ったところの高架(こうか)広場(ひろば)に出ます。そこには通行人が、そして隅(すみ)っこにはまだちらほらとホームレスがいましたが――それだけでなく、スマートグラスをかけて何やら奇妙なパントマイムをしている人たちも何人かいました。ARゲームをやっている人たちです。

 私も公園のベンチの一つに座り、タクシーの中で選んだ最初のゲーム(アカウント作成やざっくりした利用規約の説明などのもろもろは、アキナがしてくれています)を起動しました。

 それは、パズルゲームです。色とりどりのキューブが組み合わさった壁が、広場を埋め尽くしながら私に迫ってきて、

「えいや~! え~い!」

 なんて間抜けな掛け声を思わず出しながら、私は色とりどりの手元のキューブを選んで投げつけました。それを壁の、同じ色のエリアに当てると、そこをまとめて消せます。その抵抗空しく、

「あ~。潰された~」

 壁に潰されて、あえなくゲームオーバーとなりました。

 そのパズルゲームに飽きたら、別のゲームに移ります。例えば歩道橋の上に出て、車道を見下ろしながら、

「危な~い! どけ~! とりゃ~!」

 とか変な掛け声をまたも出しつつ、車道に飛び出てくるARの動物やらゴミやらを手でブロックしたりつまんでどけたりして、道行くリアルの車が「ぶつかる」のを防ぎました。

 お昼前になると、そういう緊張感のあるゲームに疲れてきました。よって「次は何か平和的なゲームがいい~」と駄々をこねた私に、アキナはまた別なゲームをおすすめしてくれます。

 そのゲームを起動した私が、高架広場を少し見回してから、

「こんにちは~」

 とあいさつした相手は、耳が長くて背中から羽を生やし、さらにはローブをまとった妖精さんでした。

 今度のゲームは、街中のあちこちにいるAIの妖精さんとお友達になるやつです。妖精さんも私に微笑み返して、「こんにちは」とあいさつしてくれました。

「いいお天気ですね~。絶好(ぜっこう)のゲーム日和(びより)です~」

 私がよく晴れた空を見上げながら話題を振ると、

「あら。私たちゲームの中の存在ですから、いっぱい遊んでもらえると嬉しいです」

 と妖精さんは答えてくれます。そのしっかりした受け答えに、目を丸くした私が、

「私もそう言ってもらえて嬉しいです~! 今のAIって、本当にすごいですね~!」

 そう驚くと、

「ええ。私たち妖精は、このゲーム専用の弱いAIですが……。それでもこのゲームの世界に『生まれ』て、プレイヤーの皆さんとお話しできることが、私たちの『生き』がいですね」

 妖精さんも、そう答えてくれました。その後しばらく話し込んでいると、「お嬢様。フレンド申請(しんせい)はされないのですか?」とアキナに注意されたので、私は「あ、忘れてた~」と答えます。そのやりとりを聞いていた妖精さんは、

「春香さん、あなたとお話しして、楽しかったです。私からお願いしますが……。お友達に、なっていただけますか?」

 そう話をつないでから、私に握手の手を差し出してきました。その手を握り返すと、視界中央に『フレンド登録完了!』というメッセージが現れます。その後妖精さんと「お話ありがとうございました~。じゃあ私、別の妖精さんを探しに行きます~」「分かりました。またお話ししましょう」とやり取りをしてから、私はその場を去りました。

「本当に平和的で、いいゲームだね~」

 私がうきうきスキップしながら、高架広場で他の妖精さんを探していると、「そうとも限りませんよ」とアキナが水を差してきます。

「このゲームでは、プレイヤーの態度が鍵になります。具体的には、表情や口調や話す内容などがフレンドリーで楽しいかどうかを妖精たちが評価しますね。プレイヤーへの評価は妖精たちの間でシェアされて、その後他の妖精と友達になりやすいかどうかに影響します」

 そう説明してアキナは、妖精さんたちからプレイヤーたちへの評価をまとめたページを表示してくれました。「マウンティングばかりしてきて最悪。できるなら星ゼロにしたい」というコメント付きで、五つ星のうち一つしか星がついていないプレイヤーから、「話題が豊富で面白いかたでした! またお会いしたいです!」とコメントされている五つ星満点のプレイヤーまで、いろいろな評価の人がいます。

 ちなみに私もさっそく、さっきの妖精さんに「ほんわかした雰囲気が素敵な人でした!」というコメント付きで、星四つの評価をされていました。星一つ分減点された理由を気にしつつ、

「意外と息苦しいゲームだね~……」

 私が肩を落としながらそう答えると、

「平和とは、実は息苦しい気の使い合いかもしれませんね。このゲームも終了しますか?」

 アキナは皮肉っぽいことを言ってから、尋ねてきましたが、

「ま~、多分このゲーム、堅苦しく考えすぎるとかえって駄目だと思うよ~。だからもうちょっと遊ぶ~」

 私はそう答えて、高架広場を出る歩道橋を渡りました。



 地上の駅前広場に下り、私は新しい妖精さんたちに話しかけます。

 改札の前でおしゃべりしていた二人組の妖精さんたちとお話しして、その両方とお友達になってから踵(きびす)を返すと、

「ん~?」

 ベンチに座っている、一人の女の子に目が留まりました。背もたれにだらっともたれながら天を仰いでいて、かなり脱力感のある姿勢をしています。小柄で起伏(きふく)があまりない身体を、Tシャツと短パンに包んでいました。

 服装は現代的でも、薄い茶色に染まったおかっぱ頭というちょっとエキゾチックな外見から、その子も妖精かも、と私は思います。よって、アキナが「お嬢様、その子は――」と止めるのも間に合わず、

「こんにちは~」

 と、私は女の子に話しかけました。いかにもびびった、という感じで縮み上がった女の子は、まん丸にした目をスマートグラス越しに向けてきて、

「×××××! ×××××?」

 私には分からない言葉で、何やら興奮した様子で話しかけてきます。それをアキナが翻訳してくれたらしく、すぐに私のスマートグラスに、

『びっくりした! いきなり何の用だよ?』

 という字幕が表示されました。それから、アキナの呆れ顔も視界の片隅に表示されます。

 私は後頭部をかきながら「ごめんね~」と謝ってから、

「今、街中の妖精とお友達になるARゲームやっててね~。君も妖精だと思ったから、間違えて話しかけちゃったの~」

 そう事情を説明しました。女の子は、私と同じくスマートグラスで自動翻訳の字幕を読んでいるらしく、少し目だけを動かします。そして彼女はベンチから立ち上がり、

『……もしかしてナンパってやつか? お前、「そっちの趣味」のやつか?』(もちろんアキナが翻訳してくれた字幕です)と尋ねながら、少し後ずさります。彼女に「え~違うよ~」と私が説明すると、分からない言葉での声、それも男の人の声が、女の子のスマートグラスからかすかに聞こえました。それが翻訳され、

『ちょうどよかった、夏希。君も同じゲームやってたが、全滅だったろう? 日本で友達を得るいい機会だから、その子と一緒にお昼でも食べたらどうだ?』

 という字幕が出てきます。それを聞いた女の子が『いいもん、あたしにはトウジが――』と言いかけた一方、

「いいね~! 見たところ年も近いし、友達になってもらえたら嬉しい~! よろしくね、『なつき』ちゃ~ん!」

 私は軽く飛びはねながら、手を差し出しました。字幕に出てきた名前を、読めた通りの読みで呼びつつ。それを聞いた彼女はむすっとして、

『「なつき」じゃない! 「しゃーしー」だっ!』

 自分を親指で指しながら、訂正します。その別々の読みかたも、ちゃんとアキナが字幕にしてくれました。

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