相棒とご対面しました

 椿さんと会った次の日までには、私の新居が決まりました。午前中、そこに向かう自動運転のタクシーの中で、

「これから君には、AIの相棒と一緒に、ビジネスをやってもらう」

 私の向かいの席に座る彼女は、そう私に告げてきます。

「AI、ですか~?」

 私は驚いて、そうおうむ返しします。続けて、

「え~っと。ロボット掃除機を動かしたり、エアコンの制御をしてくれたり……。あと、今みたいに車の運転をしてくれたりする、あれですよね~? それがビジネスの相棒って、どういうことですか~?」

 私は頭の中をはてなマークだらけにしながら、尋ねます。すると椿さんは、一つ相槌(あいづち)を打ってから、

「うん。従来(じゅうらい)のAIのイメージって言ったら、そういう『自我を持たない道具』だろ? そのイメージ通りの、特定の問題の解決だけに使えるAIは『弱いAI』と呼ばれる」

 そういう丁寧な説明を返してきます。私が「ふむふむ~?」とうなずいていると、

「それに対して『強いAI』というのは、人間のように自我を持ったAIのことを指す。人間の脳の仕組みをAIに応用する研究は二〇二〇年代末ごろには実用レベルまで進んでて、海外ではすでに『強いAI』が実現してた」

 椿さんは、説明を続けます。私が「じゃあどうして、日本には今まで強いAIがいなかったんですか~?」と聞くと、

「……頭の固いお役人たちや大企業の人たちが、『AIに人間の仕事が奪われる!』なんて恐れて抵抗してたんだ。だから日本では、二〇三〇年の今まで、強いAIは導入されてこなかったんだよ……」

 椿さんは苦々しそうな表情で窓の外を見ながら、説明を続けました。私が「そ、そうですか~」と、少し気まずく感じつつもリアクションすると、

「だけどこの度(たび)の財政破綻で、今までの世の中がうまく回らなくなったろ? 例えば国や地方自治体のサービスだって、《ボランティア》が代わりに回すようになったし……。そうしたもろもろの手間のために、『強いAIの助けがないと困る!』って声が高まった。だからやっと、強いAIの導入が日本でも解禁されたんだよ」

 椿さんが笑顔とともに説明してくれたので、私も「そうなんですか~! それでやっと、世の中回るようになったんですね~!」と、相槌を打ちました。

 その後、日本円の信用がなくなったので、仮想通貨が日常のお買い物などに使われていることや、それは値動きが激しいので、支払いもAIが実行していること(私が目撃した、《ボランティア》への投げ銭でも同じです)などを椿さんは説明してから、

「おっと、新居に着く前に、君の相棒を『作って』おかないとな」

 そう言って、彼女は首からストラップで提(さ)げていたスマートグラスを、顔に掛けます。その端末を通じ、「コハル、AIを『一人』生成(せいせい)してくれ」と、椿さんは誰かに話しかけました。

「そうだな……。性別は女で、性格はクールなしっかり者で頼む。それ以外の、名前とか容姿(ようし)とかはお任せする。生成の費用は私が持つが、雇い主は今私の目の前にいる女の子、桜州春香さんになる。契約条件の詳細(しょうさい)は、後で当人(とうにん)同士に詰めてもらうとして……」

 そんな、私の相棒を「作る」ための具体的な話を聞いて、私もわくわくしてきます。

「すご~い! 今って、そんな風にオーダーするだけでAI作れるんですか~?」

 私が横槍(よこやり)を入れると、椿さんはにやりとしました。

「そうだ。君の相棒も、新居に着くまでには『生まれ』てるぞ? なんと今や、AIを生成するサービスをAIが運営してるんだよ。もう生身の人間が延々キーボード打ち続ける必要なんかなくなりつつあるし、必要な経費がサーバーの維持費とか電気代とかくらいだから、とてもコスパがいい。ちなみにこれも私が始めた事業で、さっき名前が出たコハルってのが私の相棒」

 彼女の自慢(じまん)気(げ)な説明を聞いて、私は「すご~い! 椿さん、本当にいろんな事業やってるんですね~!」と黄色い声を上げます。それに対し、椿さんは窓の外に目を移して、

「うん……。ただ、私も今は共同経営者として、コハルが稼いだお金を半分もらってるんだが……。強いAIがもう、生身の人間の所有物(しょゆうぶつ)じゃなくて、人権を持った『人間』として認められてきてるんだよ。だから、私の経営方針が気に入らなくなったら、コハルも独立したりするのかな……。なんて、ときどき考える……」

 遠い目をして、寂しそうに語りました。私はまた少し気まずく感じつつも、

「そ、そうですか~。椿さんかっこいいから、きっと大丈夫ですよ~」

 なんて、ちょっと的外れなフォローをします。彼女も「かっこいいのは認めるが、そういう問題か?」なんて、自信があるのかないのか分からない答えを返してきました。



 私が椿さんと話している間に、タクシーは市の中心部から少し離れた、とある川沿いの住宅街で止まりました。そこで椿さんが「その家だ」と指し示したのは、全体的に白っぽくて四角いシンプルなデザインの、小さな平屋(ひらや)です。私が「可愛い家~!」と胸躍らせていると、

「そこも《ボランティア》の手でリノベされた、元空き家だ。家具や家電なんかは、一通りそろえてある。あとは君と相棒が入居(にゅうきょ)するだけだ。こいつを掛ければ、さっそく相棒に会えるぞ」

 そう言って椿さんは、鞄からもう一つ、ストラップ付きのスマートグラスを取り出しました。私は「分かりました~! ありがとうございます~!」とお礼を言いながら眼鏡を受け取り、そしてタクシーを降ります。歩道に並ぶ、花が開き出した街路樹(がいろじゅ)に胸躍らせてから、

「じゃあ私は、今日も他に仕事あるからこれで。グッドラック、春香」

 そう声をかけてくる椿さんに振り向き、私は手を振りました。親指を立てた彼女を乗せ、自動でドアを閉めて走り去るタクシーを、しばらく見送ってから、

「よ~し! 相棒ちゃん、いざご対め~ん!」

 私はスマートグラスを顔に掛け、まだ見ぬ相棒に語り掛けました。

 その声に応じたらしく、相棒はさっそく姿を現してくれます。最初に視界に映ったのは、モザイク処理がかけられたような、全体的にデジタルな感じにぼやけた人型のシルエットです。黒っぽいそのシルエットが、徐々に解像(かいぞう)度を増していきます。

 そして数秒で、私の前に立っている女の子の姿が、ARとして映し出されました。身長は私より少し低いくらいで、すらりとした身体を、黒のパンツスーツに包んでいます。金髪をショートにしたボーイッシュな雰囲気のその子は、落ち着いた感じの表情で、碧眼の吊り目を私に向けていました。私の視界に「藤袴アキナ」という名前が表示されるのと同時に、

「はじめまして、お嬢様。私はビジネスサポート用のAI、藤袴(ふじばかま)アキナと申します。よろしくお願いいたします」

 男の子のような少し低い声であいさつしてきて、そして丁寧にお辞儀をしてきたその子――アキナに、

「可愛~い! かっこい~い! 私は桜州春香だよ~! これからよろしくね~、アキナ!」

 私はアイドルにでも会ったかのようなテンションで、あいさつを返します。そしてすぐに、

「それではお嬢様。ここで立ち話もあれですし、さっそく家に入りましょう」

 クールな口調のままで続けたアキナの言葉に、私は「ん~?」と違和感を覚えました。

「……アキナ~。私、さっき自分の名前教えたよね~」

 私はそう尋ねながら、歩道から家の敷地(しきち)に入って、向かって左側の玄関に近づきます。それに合わせて私の隣を歩きながら、「それが何か?」と聞き返してくるアキナに対し、

「え~っと。……『お嬢様』じゃなくて、名前で呼んでくれると、私も嬉しいんだけどな~」

 私は一応笑顔を作りながら、答えました。そして返ってくるのは、

「考慮(こうりょ)はします、お嬢様。しかし私とあなたは、現状ではプライベートの友人ではなく、あくまでビジネスパートナーです。まだ初対面ですし、そこは一線を引くべきかと」

 そんなそっけない返事。笑顔が引きつるのを私が感じていると、玄関のドアからがちゃん、と鍵が開く音がして、そしてドア自体も自動で開きます。私が「わっ」と驚いていると、

「私が開けました。どうぞお入りください」

 そうアキナに促されたので、私は「あ、ありがと~」とぎこちなく感謝しつつ、ドアの上についたカメラ――それで私の姿を認識したのでしょう――に気付きつつ、玄関をくぐりました。そしてまた自動で閉じたドアを尻目に、

「ところでアキナ~。どうやって現実の風景に合わせて、ARの姿を表示してるの~?」

「スマートグラスの内側のカメラであなたの目線を感知して、外側のカメラで見ている現実の映像に、私の姿を合わせています」

 そうアキナと話して、「へ~。すご~い」と感心しつつ土間(どま)で靴を脱ぎ、私は家に上がります。

 玄関から入って左にはクローゼット、右には十二畳(じょう)はありそうな、広々としたリビングがありました。その真ん中にはスマートスピーカーが置かれたテーブル、向かって左にはソファ、右には広々とした窓。それらの奥に見えるキッチンには、コンロや冷蔵庫もそろっていて、リビングの左にはバスルームらしい別の部屋、その手前には洗濯機もあります。

「おお~! ここが私の城~!」

 確かにいろいろと一通りそろった新居に、私がガッツポーズしながらわくわくしていると、

「水を差して申し訳ないのですが、さっそく仕事の話をさせていただけないでしょうか。まだ詳細な契約条件のお話もしていませんし、あなたの事業内容をだいたいでも決めなければ、個人事業主としての届け出ができません」

 後ろについてきているアキナに、相変わらずクールな口調のままで横槍を入れられます。私はそのままのポーズで固まってから、

「……アキナ~。君に聞かれない形で、ちょっと椿さんと話せる~?」

 アキナを振り向いて、そうお願いしました。彼女は一度首をかしげつつも、一度お辞儀をして、

「承知しました、お嬢様。私を経由しない形で、鷹谷さんと通話をつなぎます。また私を呼び出したいときは、そこのタッチパネルのアイコンをタップしてください。それではごゆっくり」

 テーブルを掌(てのひら)で示しながら、説明します。その天板(てんばん)にアキナの顔のアイコンが表示されると同時に、私の隣に映る彼女の姿は消えました。

 そして、スマートグラスから鳴るコール音を聞きながら、

「はぁ~……」

 私はため息交じりにソファまで歩き、どすっと座りました。その時ちょうど椿さんが出て、彼女の顔のアイコンが視界に表示されます。

『おう春香! さっそく私に連絡なんて、何かあったのか?』

 椿さんの元気そうな声を聞いてから、私は「ん~」と言いよどみ、

「え~っと。私の相棒……アキナって名前になったんですけど、その子がすごく冷た……じゃなくて、クールで事務的すぎるかな~と」

 ややオブラートに包む形で、さっそく困ったことを打ち明けました。すると椿さんは、

『そりゃ私が、君とは正反対の性格の子をオーダーしたからな! 人間、自分と違うものを持った人と補い合うほうが、一人じゃできないことがいろいろできるって! それは、強いAIという新しい「人間」との関係でも、きっと同じ!』

 そんなポジティブ発言を返してきます。私が「そういうものですか~?」と、なおも戸惑いの声を漏らすと、

『そういうものだ! それに、ちょっとつれない子のほうが、口説(くど)きがいがあるだろ? 大丈夫! 私を惚れさせた君だから、そのアキナもきっと「落とせ」るって! 以上! 通話終了!』

 椿さんは、私をそう励ましてから、さっさと通話を切りました。私はため息交じりに、

「ま~、なるようになるか~」

 と気持ちを切り替えてから、テーブルの上のアイコンをタップします。すると、向かって正面の大きな窓が外からの光を遮(さえぎ)り、続けてアキナの姿を表示しました。意外なところにあったスクリーンに、私がまたも驚いていると、

「お待ちしておりました、お嬢様。それでは、先ほどの話の続きをいたしましょう」

 アキナがさくさくと本題に入ったので、私はやや緊張しながら「は~い……」と答えます。

「さてお嬢様。あなたは個人事業主として開業するので、私は従業員として補佐(ほさ)をいたします。役所への、というか役所の仕事を代行(だいこう)する《ボランティア》への各種の届け出は電子化されているので、私にお任せいただくとして――その前に、あなたがやりたいビジネスについてうかがいます。それが分からないと、開業届や雇用契約書などの内容を埋められませんので」

 アキナのあくまでもビジネスライクな説明を受けて、

「ふ、ふつつかものですが~……。よろしくお願いしま~す……」

 なんて、変にかしこまった返事を、私は返すのでした。アキナは呆れ顔で「結婚じゃないんですから……」と突っ込んできつつも、話を続けます。

「それではお嬢様、あなたはどのような事業を考えていますか?」

 彼女に単刀直入(たんとうちょくにゅう)に聞かれて、私は「んん~?」とうなりながら、首をひねりました。なにせ、ビジネスをやってみると昨日決めたばかりで、具体的に何をするかなんてついさっきまで考えていなかったのです。

 それから、スクリーンから無表情でじっと見つめてくるアキナの目線に緊張しながら、

「う~ん。ホームレス支援の《ボランティア》? けどそれ、もう椿さんがやってるしね~」

「え~っと……。ホームレスになった時の、生き延びかたのガイドとか! ……けどこれから、ホームレス減っていきそうだしね~……」

「あ~そうだ~! 食べられる雑草についてのブログとか、どうかな~? ……けどそれ、すぐネタ切れしそうだな~」

 とかいろいろ考えて、なんかどれも「これじゃない」という感じがして、私はいっぱいいっぱいになってきたので、

「も~! 分かんないよ~! だって私、ビジネスなんてしたことないも~ん!」

 頭を抱えて天を仰(あお)ぎながら、私は早々と降参(こうさん)を宣言しました。アキナも(呼吸が必要ないくせに)ため息をつきます。そして彼女は、再び私をまっすぐに見て、

「……承知しました、お嬢様。では質問を変えます。あなたはこれから、どのような生活をしたいと考えていますか? あなたにとって望ましいライフスタイルから、やりたい仕事が見えてくるかもしれません」

 そう丁寧に尋ねてきました。さっきより少し和(やわ)らいだ表情をアキナに向けられ、私も再び「え~っとね……」と考え込んでから、

「そうだね~……。しいて言うと、遊びたいかな~。特に中学の頃、勉強漬けだったから……。なんかもう、ひたすら食べ歩きしたり、他にもいろいろ外で遊んだり、あとゲームとかもやりまくったりしたいな~」

 なんて、素直に思ったことを漏らします。それを聞いたアキナは、にこりと微笑んで、

「承知しました。それでは、そのライフスタイルを公開することを、仕事にしませんか? 具体的には、地元のグルメスポットや娯楽施設を動画で宣伝したり、ゲームのプレイ動画を配信したり、です。いかがですか?」

 と、提案してきました。アキナの微笑みにほっとして、自分にできることが見えてきたことにわくわくしてきて「お~! なんかそれなら、私にもできそう~!」と、私は少し乗り気になってきました。「なんかアキナ、意外と優しいね~!」と、私が口を滑らせると、

「冷たい印象を出していたことは、否定しませんが……。これからあなたと仕事をする以上、可能な限りの補佐はいたします。それだけです」

 アキナは再び無表情に戻り、そっけない返事をします。私は「ま~た、つれないな~」と不満を漏らしましたが、「ま~いいか」と水に流し、スクリーンの中のアキナに笑顔を向けました。

 そして私は、ソファの上で横にずれて、隣に一人分のスペースを開けてから、

「アキナ~。ここ座って~」

 と指示しながら、隣をちょいちょいと指差しました。

「私には、そこに座るための肉体がありませんが……」

 と疑問をこぼしながら、アキナは首をかしげますが、

「いいからいいから~! ARの姿でいいから~!」

 私がおねだりすると、アキナは「……承知しました」と同意して、スクリーンから姿を消します。そして隣を見ると、彼女が言われた通りに、私の隣に座っている姿をARとして表示していました。

「アキナ~。これからよろしくね~」

 そう言って私が差し出した手を、アキナは戸惑う表情を見せつつも、ARの映像だけの手で「握って」きます。

「……よろしくお願いします、お嬢様」

 やはり事務的な口調で答えた彼女の、実際の感触がないその手を、私は「握り返し」ました。

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