新しい出会いがありました

 その後、だいぶ暖かくなってきて、桜の花が咲き出した頃。また新しい出会いが、私に訪れました。

 炊き出しをしている《ボランティア》の人たちは、他にも新しくてきれいな服を支給(しきゅう)してくれたり、簡単なシャワー室で身体を洗わせてくれたりもします。そうして身なりがきれいになってきた私たちホームレスに、彼らは新しい家の世話もしてくれるようになりました。

《ボランティア》の人たちはテントの下に長テーブルを用意して、簡単な面談用のブースを作ります。私がまた列に並んで待つと、やがて順番が回ってきました。

 私が通されたのは、男前でかっこいい女性のところです。歳は二十代後半くらいでしょうか。黒髪を長く背中まで伸ばし、黒のジャケットやジーンズといったさっぱりした服に、すらりとした身体を包んでいます。きりっとした吊り目の目線を、スマートグラス越しに向けられて、

「こ、こんにちは~……」

 と少し緊張しながら、私は彼女の向かいのパイプ椅子に座りました。

「こんにちは。君、名前は?」

 すぐにフランクな笑顔を作った女性にそう尋ねられたので、私はすぐに緊張を解いて「桜州(さくらす)春香です~」と答えます。

「暖かそうな、いい名前だな。私は鷹谷(たかがい)椿(つばき)。この《ボランティア》を始めた者で、他にもいろいろ事業をやってる。よろしく」

 その女性――鷹谷さんはそう自己紹介しながら、手を差し出してきました。同時に彼女のスマートグラスに、私に向けて「鷹谷椿」という名前が表示されたことや、自分が今重要人物とお話ししていることに驚きつつも、私は「よろしくお願いします~」と鷹谷さんの手を握り返します。

 そして握手の後すぐに、鷹谷さんは少し悲しそうな表情をして、顔を伏せます。私が「どうしたんですか~?」と尋ねると、

「いや……。私も、君ぐらいの歳の娘がいてもおかしくない歳なんだが……」

 鷹谷さんは、そう話を切り出しました。彼女が意外と歳をとっていることに驚く私をよそに、彼女は話し続けます。

「今回の財政破綻で、君ぐらいの若さで、あるいはもっと幼いのに放り出されてきた子供たちをたくさん見てきた。私は自分のお金が減らないように上手く動かしたり、自費(じひ)で警備員を雇ったりして、どうにか自分を守ったが……。君ぐらいの歳の、全然無力(むりょく)な頃だったら、どうなってたか分からない……」

 目を落として、鷹谷さんはぽつぽつと語り続けました。そして「君も……。辛かっただろう?」と尋ねてきますが、

「ん~? 意外と楽しかったですよ~、ホームレス生活~」

 私は首をかしげながら、そう答えます。

 そして、ここ半年ほどの生活のことを話しました。ホームレスになった当初は不安だったけど、受験勉強から解放されて楽にもなったこと。廃棄のお弁当を譲ってくれる人の優しさが嬉しかったことや、雑草にも意外とおいしいものがあってはまったこと。暇つぶしの散歩で、(元)自宅の近所の風景の、今まで知らなかった魅力に気づいたことなどです。

「それで、なんて名前の草かは分からないんですけど……。毛の生えた葉っぱは、肉厚で食べ応えあるんですよ~」

 そこまで話して、やっと私は――鷹谷さんが、私をまじまじと見つめていることに気付きました。私が少し驚いて、「ど、どうしたんですか~?」と尋ねると、彼女は長テーブル越しに身を乗り出してきて、

「桜州さん。――いや、春香! 君、ビジネスやってみないか?」

 私の両肩をつか(つか)みながら、謎のすごい熱のこもった眼を向けてきながら、そう尋ねてきました。

「び、ビジネスですか~? 私、全然やったことないんですけど……。どうしてですか~?」

 私が聞き返すと、

「端的に言って――君に惚(ほ)れた!」

 そんなラブコールが返ってきたので、私の心臓はどきーん! と跳(は)ねあがります。

「え、え~っと……。私、男の人とも女の人ともお付き合いしたことなくって……。そういうの、よく分かりませんよ~……」

 と、私が顔を熱くしながら答えると、鷹谷さんも「……すまない。誤解を招くこと言ったな」と詫(わ)びながら、椅子に座り直しました。少し顔を赤くした彼女は、咳払いしてから続けます。

「……とにかく、君の才能に惚れたんだ。逆境(ぎゃっきょう)でも活路(かつろ)を探すタフさ。むしろ逆境の中でさえも、楽しみを見つける発見力。それらの根本(こんぽん)になっている、前向きで楽天的な性格。君がそういう、事業家に欠かせない資質(ししつ)を持ってるから……。単なるホームレス支援じゃなくて、君を事業家として育ててみたいって、衝動的に思ったんだよ」

 鷹谷さんにそんな風に褒(ほ)めちぎられ、さっきとは別の意味で顔を熱くした私が「そんな~。買いかぶりすぎですよ~」と、後頭部を手でかきながら照れていると、

「じゃあまた前みたいな、『とりあえず大学出ておく』ための勉強漬け生活に戻るかい? 学校で勉強したことなんか、一年後には役に立たないかもしれない、今の時代に?」

 にやけ面とともに、彼女はそんな意地悪なことを聞いてきました。私が「うっ」と言葉に詰まると、鷹谷さんは右手をばしっと私の肩に置いて、

「そのリアクションが答えだ! もちろん新居(しんきょ)も与えるし、自立できるまでの生活費とか仕事するためのネット環境とかのもろもろも支援する! だから、君らしい仕事をして、君らしく生きてみないか?」

 左手の親指を立てながら、再び熱弁(ねつべん)してきます。私は腕組みして「ん~」と数秒言いよどんで、前みたいな「とりあえず大学出る」ための生活に戻る理由を頭の中で検索して、特に見つけられなかったので、

「分かりました~。やってみます~、鷹谷さん」

 にぱっと笑いながら、答えました。そして、鷹谷さんが再び差し出してきた握手の手を、がっちり握り返します。

「よく言ってくれた! 健闘を祈るぞ、春香! それと私のことも、『椿』でいいぞ!」

 私を励ましてくる鷹谷さん改め椿さんに、私も「は~い、椿さん。よろしくお願いします~」と答えると、彼女はもう一つ付け加えました。

「それと言い忘れたが――頼もしい相棒も、つけてあげよう!」

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