5:咲く花
巻き上がる光の粒が花と咲いて、舞い、散り、敷き詰められていく。
驚異の影など、もはや微塵もない。清く穏やかな風が吹いていた。
子心は、山肌の上、しかし花びらが敷き詰められたその上に寝転がる自分を確かめる。
体が、異様に重い。
疲労のせいだろう、さすがに無茶苦茶をしすぎた。
けれども、土壇場というのはそういうものだ。クリア間際に余力を残しておく必要なんかないのだから。
満足な、心地良い疲労に身を委ねる。
「子心?」
傍らから、少女の声。
難儀して重い首を向ければ、やはり寝そべるお姫様がこちらを見上げていて、
「ありがとう」
短く、感謝だけを寄こす。
何を言っているんだ、と少年は肩をすくめて、
「最後は、お前が居なきゃ詰んでいただろ? その前は、先輩たちや魔女さんがいなければ辿り着けなかった。アスバリアの人たちが、アスバリアのために戦った、その結果さ」
紛れもなく、主役は彼らなのだ。
後から現れて、偶然の機会でとんでもない能力を得られただけで、この世界における自分はなんの意味も持ち合わせていないのだ。
だから、取り戻す意思を持ち合わせた彼らの手柄に違いなどない。
てらいなく、心底からの見解を告げれば、しかし彼女の首は横に振られて、
「その戦う選択を、あなたが見せてくれたの。腐っていたジョードも私も、諦めていたナディも、目を逸らしていたメイロウにも」
だから、
「ありがとう」
そうか、と微笑む。
そういう事なら、素直に受け取っておこう。
なんだかやたらと重いまぶたを、沈むように幕を下ろすように、素直に下げてしまいながら。
※
「騎士団長さぁん、本当にこっちなのぉ?」
「どうだろうなあ。わからんから、進行方向沿いに潰していくしかないだろ」
「ジョード、あれじゃないか? 溢れたリソースの光が見えるぞ」
ポップ地点のテラスから、戦場である山岳地帯までは遠い。
子心のような尋常ならざる身体能力があれば一駆けであろうけども、常識の枠内で強い程度では容易く至れる距離ではない。
そのため、移動補助として用いられる倍速ポーションをシステムから購入した譲恕たちでさえ、核心地点に到達できたのは何もかもの決着がついた後であった。
山の中腹。アスバリア城からは隠れる位置になる、最後の拠点だった場所。
遠目にも光が満ちていることがわかり、近づくに、色とりどりな様々な花を形作っているのがわかる。
「アスバリアに咲く花だな……名前は詳しく知らんけれど」
「いろいろと入り乱れているな。いくつかはわかるが……」
さすが姫の近侍だな、と感嘆して、疑問の視線を魔女へ。
「漏れているにしては、ちょっと多すぎやしないか?」
似たような現象は、ついさっき経験したばかりだ。けれど、行く道を作るように礼剣が群れただけで、ここまで、はなびらの海となるまでではなかった。
「私だって初めて見るからわからないわぁ」
腰を曲げて、
「だけど、きっと子心ちゃんの体からリソースが抜けちゃったんだと思うわぁ」
どうしても埋められない不整合があったのだ。過剰に流入したリソースが、ウィンディによる高出力のバフによって活性化し、漏れが激しくなったのだろう、魔女は語る。
「ほら、あれを見てぇ?」
その証拠に、とでも言わんばかりに、花園の淵に立って中央を除くように指を指せば、手を繋いで、沈むように目を閉じる二人の姿があって、
「電源が切れちゃったみたいでしょう?」
微笑ましく笑って見せた。
最大限言葉を選んで、あほ面の二人並んで転がっているから、譲恕も撫依も思わず口元をほころばせてしまう。
普段はちょっと喉のあたり爆発しねぇかな、と思うぐらい騒がしい後輩の寝顔がなんだかおかしくて。
「しかし、相当の疲弊だな。あのバイタリティの塊のようなシシンが、こうも眠りこけるだなんて」
「戻ったら、いろいろと検査と報告書よぉ? なんせ、合一ログインなんて初めてだし、他の世界でも、戦略が一変するかもしれないしぃ?」
「おいおいおい、安全は担保していなかったのかよ」
ぞっとする話であるが、魔女狩りは後日だ。
今はとにかく勝利に昂ぶり、安堵が喜ばしく、疲労が心地よいのだ。
※
「いずれ、子心ちゃんはもう二度とアスバリアには踏み入れられないと思うわぁ」
敷かれた花のクッションに腰を下ろして、少年少女の目覚めを待つ騎士と近侍に、魔女が突然の事実を突きつけてきた。
ナディはなぜ? と首を傾げるが、隣のジョードはなるほどと、自頭の差を見せつけてくる。甘味ジャンキーのクセに生意気だ。
「世界にリソースを還元したこの状態を維持するためか」
「ええ。ピリオドのために搔き集めたリソースを、世界に戻す好機なのよねぇ。だけど、ピリオドとして世界に認識されている以上、次にログインした時に、ピリオドとしてのリソースを割り振られてしまうでしょう?」
「……なるほど」
よくわからない話だから、ジョードに任せておこう。
確信はないが、確度は高い、と魔女は笑う。
「思った以上に、世界が戻る時間は短くなりそうねぇ」
「それは何より、願ったりだ。人口を減らした我々の帰還は、容易くなどないだろうが」
「可能性が膨らむんだ、贅沢はいえねぇな。子心だって、クリアした以上は拘ったりしないだろ」
明るい展望に、微笑んで顔を見合わせる。
これまでの、鬱々とした日々が嘘のようだ。
躍る花のように軽やかで、広がる空のように澄んでいる。
それだけで、見える風景まで鮮やかに見えるようで、些かの発見に、柔らかく吐息。
すると、魔女が気楽に話題を提案してきた。
「お二人はこれからどうするのかしらぁ?」
※
はて、と譲恕は首を捻った。
並ぶ同僚も、困ったようにこちらに目をよこす。
これまで、生活の大半がアスバリア解放に注がれていたのだが、事は成された。
日課にしていた、最低限の戦線押し上げなんて義務もなくなったのだ。
では、どうするのか、と問われて気が付く。
「ああ。やるべきはいろいろあるよ」
「奴らの拠点再構築を防ぐために、定期的に哨戒が必要だろうが、今までに比べれば時間ができるな」
「そうよねぇ。私は、前にお邪魔していた戦場に復帰するつもりよぉ?」
「傭兵か」
「いつ逃げ出しても良いから、すごい気楽よぉ?」
暗に誘っているのだろうか。
まあ、それも悪くない。
「私は、溜まっている猫ちゃんのデータベース整理がしたいな。あと、撮影もしたい。猫の集まる神社があってな、今度同級生たちと遊びに行く予定もある」
「お友達、無残なスプラッタ事件を目撃する覚悟はできているのかしらぁ……?」
向き不向きはともかく、こちらの世界への順化を進めるのも有りだろう。
あれこれと思索していると、先に指標を示した女子二人が視線を集めているから、
「まずはバイトで、あとはどうするかな。なにをしようか」
なにせ、
「自由なんだもんな、俺たちは」
視線の先で眠りこける彼と彼女のおかげで。
その背を押すことできた自分たちの力で。
さらにこの背を押してくれたかつての人々の思いで。
勝ち取ることができたのだから。
感謝を込めて、まだ目の覚まさぬ英雄に、
「まったく。お前が言ったんだろ、揃ってエンディングを見ようって」
だから待つよ、と、約束を確かめるのだった。
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