4:打に込める

 顔面を余すところなく殴られた子心は、


「そういうとこだぞ! 言ったろ、器の大きさが直結する身体部位を! 胸に手を当て……あ、ゴメン、そんなつもりじゃあ……」


 最後の一撃を鼻面に打ち込まれながら、腕の中のウィンディを抱き寄せる。

 お姫様は、拳を握っていた形相からは考えられないほど素直に体を添わせて、二人の目は前へ。


 残る敵の拠点は、山岳に三つ。中腹にそれぞれ三方に配置されているため、ぐるりと回りながら砕くルートを採る。

 速度は光を振りまきながら、人の目で光景を追えないほどの高速に至った。その速度に耐えうる身体強度も併せて。

 だけども、


「これでもきっと、あの巨人型とは五分に劣ると思うんだよ」


 内在するエネルギーとしては互角かもしれなないが、そうなると基礎の質量、体格、存在の在り方の差という、純粋な物理で勝負が決する。どれも、ただの人である子心では到底届かない差がある。

 懸念に、少女の、


「じゃあ、どうするの? ここまで来て、まさかご破算にするつもり?」

 叱咤するような声がぶつけられるから、


「まさか」

 勝算はあるのだと、歯を見せて笑う。


「ここまで、みんなに推されてここまで来たんだ。ラスボス前のアガる集結イベント越えて、コンテニューやり直しとか締まらないだろ?」


 まあ、実際ゲームやっていると初見殺しアタックを仕掛けるボスも多いからままならないけどなあ、なんて思いもするが、そんな現実を語るターンではない。

 眉を立てる彼女に、その不安げな眼差しを溶かそうと、


「こっちが向こうに勝てない部分があるのは確かだ」


 だけど。

「だけど、向こうだってこっちに勝てない部分はあるんだ」


 訝るように首を傾げるウィンディに、


「近い! 一つ目の拠点だ!」

 明確な答えを返さないまま、巨人の守る最後の三つ、その一つ目へと突っ込んでいく。


      ※


 幾度も砕かれ、追い立てられ、巨人は焦りを覚えていた。


 勢いよく突き進んでくる人の影に、腕を構えて振り上げる。

 当たれば質量差で、中空を往く敵を押し込むように叩き落とすことができるだろう。各地の拠点が失われこの身に合わせ集めているため、尚更だ。

 けれど、奴らは尋常ではない速度で突き進んでおり、拠点を砕くごとに増している。


 振り上げ、振り下ろしても当たらないのだ。

 彼らがこちらを上回るのは、その速度。

 そのために、ここまで押し込まれた。

 だから、後の少ないここに至って、殴り方を変える。

 弧を描いて点を撃つ軌道から、進行方向へまっすぐに突き入れる直線の起動。


 相手の直進は先行きを見通すに容易く、置くように拳を差す。あとは、質量差で受け止められるだろう。

 巨人の、本能に依る選択は、


 ……!


 迫る側が体を左右に振って変えた軌道に、空振りを強いられることに。

 伸びきった腕へ這うように滑る敵は、その高速で以て易々と懐に潜り込んで、肉体を打撃し砕かれてしまった。


      ※


 しまった。


 最後の二つ目で体を再構成しながら、巨人は失敗を自覚した。

 捉えることに意識を割きすぎて、変化に対応できなかった。

 けれど、もう見た。

 あの拠点は砕かれただろうから、この体はさらに強くできる。

 迎え撃つ拳を、大きく広いものに変えよう。

 両の手で全身を覆うほどであれば、受け止め包み、押しつぶせるはずだ。

 だから、体を再構成し、戦場へ戻るために、半身を這いずり出せば、


 ……?


 上空から、風鳴りの音が叩きつけられた。

 こちらは、体の半ばが未だ拠点の中だ。自由にならない体で腰を捻って見上げれば、


「間に合ったな!」


 少年の声と同時に、打撃が降り注いだ。

 備えが整う前を狙われた。

 抗うように変形させた腕を掲げるが、彼らが狙うのは未だ半身を呑んだままの拠点。


 動くこともままならず、四散を迎えてしまう。

 

      ※


 再構成には、ラグがある。


 一つを砕き、もう一つへ退避した際に、十全な姿を取り戻すのに幾ばくかの時間を有することは、今日ばかりでなくこれまでの衝突で把握しているところだ。


「だから、この異常な速度を利用して、その時間差を突く、ということね?」

「加えて、迫る脅威に対処するように反応するから、残り二つどちらに向かっても、向かった側に出現するだろう、っていう読みもある」


 最後の拠点を最速で目指しながら、二人は身を寄せ合って戦術を確かめる。

 顔を上げれば、岩肌の斜面に、麓を目指すように巨人が半身を伸ばしていた。


「つまり、もう一度同じことをすれば、終わりなのね」

 汚され侵された故郷の奪還が、眼前にある。

 幾度諦め投げ捨てた地点へ、手に届くのだ。

 そう思ったのだが、


「いや、そう簡単じゃなさそうだ!」


 少年の緊を張った声に、ウィンディも気が付く。

 拠点から、小鬼型が無数にあふれ出ていたのだ。

 黒の海、蠢く波だ。


「こっちが実質単騎だから、戦力を拡散させて拠点を乱立させる気なんだ!」


 それは、彼がピリオドを賜る以前に勢力図に戻る、ということ。いまこの瞬間を逃せば元の木阿弥なのだ。

 広がる小鬼らは、その数無尽蔵。子心が駆け巡り引き倒しても、半分も間引けないだろう。そして、倒した端から再生産されていく。

 一息で殲滅し、さらに拠点を潰さなければ、負けなのだ。

 己の血の気が引くのがわかる。

 またも、諦めを突き付けられてしまうのか、と。

 すがるよう、求めるよう、姫はピリオドの体を確かめるよう腕に力を込めれば、


「おいおいおい、なんて顔してるんだよ」


 なんとも軽い声で応えられ、見れば、やはり気負うことない愉快そうな笑顔。

 どうして、笑っていられるのか。

 彼は、こちらの目をまっすぐに射貫くように見据えて、


「自分の手札の柄を忘れたのか? 思い出せよ、確かめろよ」


 軽く、頬を手で叩いた。


      ※


 苦肉の飽和戦術に切り替えた巨人は、不可思議な光景を見る。


「アスバリア・ロイヤル・エネルギーキャノン・アンドシャワー!」


 前々からどうかと思っていた掛け声と共に、本日二度目の膨大な熱線が走った。おそらく、日に一度の縛りは解かれたようだ。


 放った無数の小鬼型のうち、七割が消失し、拠点に戻ってくる。

 熱線が収縮していく様子を眺めながら巨人が思うのは、懸念だ。


 こちらの進行を遅らせるには十分強力であるが、遅らせるだけだ。損耗も損失もなく、再生産を繰り返し、漏れた三割に加えて、第二陣も三割は漏れるだろう。最後には目的が達せられる。


 それほど、単純な未来を、敵は読み切れていないものか、と。

 はたまた、悪足掻きなのかと。

 彼らの動向を確かめようと前を向くが、しかし熱戦が邪魔で見通しが効かず、


 ……?


 あまりに、熱戦が収縮するに時間がかかりすぎではないか。

 怪訝に気付きと焦燥が混じり、腕を支えに体を起こす。

 越えて見通す向こう。


 光の出元が、高速のままに前進をしていたのだ。その蛇口を、締めないままに。


      ※


 広範に高威力の打撃振りまき、さらに機動しながら、舐めていく。

 これで展開した小鬼を一掃し、


「前だ!」


 新たに生まれ出る群れを、拠点に照射し続けることで逐次溶かし押し込む。

 これが、ウィンディ・アスバリアの手札だった。

 ピリオドとプリンセス、リソース共用という鬼札三枚の合わせ技だが、手元にあるのだから使うに躊躇いなどない。

 光線を解かないまま、山肌に沿うよう高速で突進を続け、


「これで最後だ! スタッフロールの準備でもしておけ!」

 拠点をかち上げるように撃ちぬき、


「子心! あれ!」

 雲に届かんばかりの山の頂に肩を並べたところで、ウィンディの警告。


 己らの身からそそぐ雪のような光の粒が躍る向こう。

 上半身ばかりになって山肌に這う巨人が、足掻くように拠点の残骸を搔き集め下半身を構築していく。

 拠点は全滅させた。


 もはや、引くことも進むこともできないはず。

 だというのに、闘争の姿勢を解かない。その手で、拠点を作り出す機会に一縷を望むのだろう。


 アスバリアは、だけれども、その生存本能を許さない。


「家がどこか知らんけど、もう帰れ!」

 ピリオドが、姫の手を取り、矢の如く降り突き刺さる。

 名の通り、終わりを打ち込むために。

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