EP

1:猫さんワールド

 澄みわたる空。

 吹き抜ける風。

 そして、見果てぬ先まで広がる異郷。

 ここではないどこかへ舞い降りてはみませんか?

 高度に発展した未来都市、暗い海原に隠れ栄える海底世界、動物たちの楽園たる大草原、魔獣魔法の行きかファンタジー世界。

 どこへだって、いつだって。

 そんなの無理、夢物語だ、ですって?

 その無理が、夢物語が、叶うんです!

 この『ワンダーマテリアル』さえあれば!

 パイプライン裏に潜む凄腕産業スパイにも、頂点捕食者に挑む若獅子にも、未曽有の危機に怯える人々の救世主にだって!

 あなたの望む場所へ、望むように!

 新たなライフスタイルを手に入れてはみませんか?

『ワンダーマテリアル』は現在テストユーザーを大募集しております。プレイ内容次第では報酬も!

 詳しくは……


      ※


 そんなワンダーマテリアルを、


「蘭先輩、蘭先輩! その猫みたいな生き物、この辺の先住種族らしいので、ひっくり返しての撮影会は外交摩擦に発展する恐れがありますよ!」

「任せろ、シシン! 私はプロだ! くそ、暴れるな! 足だ! 足を抑えろ!」

「うはあ、完全に人の話聞いてやがらねぇ! これだから暴力で口に糊してきたウーマンは……! 俺がやりますよ! 異種間交渉は得意なんだ! TALK、威圧的に! オレサマ、オマエ、マルカジリ! いてぇ! 噛まれた!」

「なんだと! 貴様、私を差し置いてこいつを噛むとはどういう了見だ!」


 近衛の拘束から逃れた革ジャケットにテンガロンハット姿のトラ猫が、邪悪な魔王の降臨を目撃したかのような様相で二人に目を見開くと、背を丸めて草むらに逃げ込んでいってしまった。

 周りは、シダ種の生い茂る林となっており、現実の猫変わらない背丈の原住民の姿はあっという間に見失ってしまう。


「ああ! くそ! いろいろ聞きだす予定だったのに!」

「ふふ、見ろ。最高のショットだぞ?」

「ゎぁゕゎぃぃ……ギロチンチョークで動きを止めてるあたり、裁判の証拠になりそうな良い写真ですね!」

「この世界は天国みたいだ……!」

「彼らにしてみたら、地獄が向こうからやってきたようなもんですけど!」


 二人は新たな戦場を、この上なく十分に満喫しているのだった。


      ※


 季節は梅雨をくぐり、夏を迎えつつあった。

 アスバリア解放の後、事後処理に二週間ほどを要したためだ。


「しかし、俺と姫の新しい端末をポンとくれるだなんて、太っ腹ですよね!」


 馬車を待たせる林道の入口へ引き返しながら、目的のならず猫の確保に失敗したばかり子心だが揚々と背を伸ばす。

 撫依は、今さっき手に入れたばかりの猫ちゃん画像をお姫様に転送しながら、ふむ、と頷く。


「まあ、運営会社だろうからな。それくらいで腹は痛まないのだろう」

「東京まで呼び出された時は、規約違反で首を絞められると思ったんでけどね!」


 事後処理として、まず、敵の一掃と事の顛末が、明楼を通して運営へ報告された。


「その二日後には東京、だからな。足が早いものだ」

「貸与条件がいくつかありましたけど、どれもないも同然な縛りですからね。大きい会社はやっぱり違う! 蘭先輩みたいだ! そのカウガールガンマン風衣装だって、もうほぼ水着じゃないですか! 服じゃないってことは全裸ですよ! いやほんと! 素晴らしい! 二つ合わせて、いやらしい!」

 指貫グローブによる地獄突きが喉仏を打ち付けられて、静かになった。


 貸与条件としては二つ。

 子心の活動履歴をモニタリングさせてもらうことと、アスバリアへのログインを封じる、というだけ。

 前者は実際に活動を縛るものではなくて、だけど今さっきの猫ちゃん可愛がり動画みたいな狂気じみた活動が監視されるということで、運営の正気が心配ではある。

 後者は特に甚大な理由があり、


「アスバリアの保護、のためでしょう? 俺が吸い上げていたリソースが還元されて、またピリオドとして吸い上げたなら意味がありませんからね」

「すまんな。救ってもらった側だというのに追い立てるような真似になってしまって」


 せっかく救った世界が立ち戻る機会を奪うことなど、望んでなどいないから。


「いいんですよ。皆さんとは、しばらく一緒なんでしょ? それで充分ですし、それに……」

「うん? どうした?」

「あれ、今日からでしたっけ。アスバリアの哨戒活動」

「そうだな。初日はジョードと姫が指揮を執る予定だ」


 そうか、と少年は笑い、


「じゃあ、急いで戻りましょう! 遅れないように!」

「ん? どういうことだ? おい、シシン、説明しろ」


 先輩の手を取り、待たせていた馬車に乗り込む。

 行者姿の顔に傷のある猫が、世の酸いも甘いも噛み分けたような低い声で、


「お早いお帰りで。手ぶらなところ見ると、あの賞金首は取り逃がしたんで?」

「いやあ、お恥ずかしい! 急用がありましてね! ちょっと急ぎで街に戻ってもらえます?」

「おやすい御用だが、旦那。そのレディを説得してやくれませんか? 腹を見せるのはベッドの上だけだと決めていますんで」

「シシン……! なあ、シシン……!」

「行者さん! それ以上この人の性感帯を刺激すると、理性メーターが爆発して事件に発展しかねないんで、お口を閉じていただければ! お互いのために!」


 苦笑いの猫が鞭を振るい、馬が駆け出す。

 急ぎ急ぎ、街へ、そして次へ向かうために。

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