2:正しい扱いではないにしろ

「で、何がどうなっているんだ?」


 目に映る動くものを殴り終えて戻ってきた子心に、面々は腕を組んで事情聴取に入る。

 集団に叱責される気配に、自然と正座になる少年は、


「話を聞いてください! 確かにお姫様の端末はクライマックスの主人公機ぐらいにボロボロになっていまして、途方に暮れているところに魔女さんが『私に任せてぇ?』と二つで一つのアレを、片側ずつこっちにおっ被せまして! これはもう、実質オパイですよ! な! 良かったな! お前の胸に足りない物を、お前の努力で手に入れたんだ! ラッキーだったな!」


 胡乱な言動を発射して、姫からこめかみにミドルキックを見舞われていた。

 ジョードの疑問は、一つだ。

 この二人が揃ってアスバリアに降り立てたのは何故だ。


「てっきり伏希のマシンでログインしたと思ったんですけど」

「そうね。その通りよ。私が我が儘を言ったの」


 であれば、地に伸びている狂人はどうやって? 目で問えば、


「俺も、自分のマシンでログインしてますよ。あぁ、蘭先輩! この角度だと、ちょっとスカートが邪魔なんで、押さえてもらっていいです⁉ いや、持ち上げられると別のモノが完全に見えて、目的のブツが完全に見えなくなるんですが!」


 いや、ナディさ、踏みたくなる気持ちはわかるけど、ちょっと恥じらいと言うか……そいつの言う通り隠せよ。隠す素振りぐらい見せろよ。

 しかし、今の言葉は、大いに疑問を膨らませるものが含まれており、ナディも同感のようで、


「では姫様は、シシンと同じワンダーマテリアルを使ってログインしてきた、ということですか?」

「ええ、そう」

「言ったでしょ! 二つで一つを片方ずつオパイだって!」


 理解に苦しむ、と言いたげな難しい顔で、もう一度踏みつける。

 地面でカサついっているバカが、片っ端から話の腰を折ってくるので要領を得ないのも大きい。

 なので、


「メイロウ? 聞こえているな?」

『はぁい⁉ ちょっとバタバタしているから、手短にねぇ?』

「なにをして……いや後回しだな。伏希がおかしなことを言っているんだが、お前の手引きらしいな。説明できるか?」


 あらぁ? と魔女が、


『子心ちゃんのワンダーマテリアルを半分こにして、それぞれログインさせたのよぉ?』


 どうしてそれしきが伝わっていないのかと、心底不思議がる声音を返すのだった。


      ※


 心素分離転写機、商品名『ワンダーマテリアル』は、人の心的構成素を抽出し、異世界のリソースと結びつけることで件の世界へ肉体を構成する、という機構を持つ。


 複雑かつ、精神の物理観測、介入という地球の科学では不可能とされていた技術を補っているのは、当然ながら地球の理の外に文明を築く技術である。

 関係する異世界、およびプロジェクトの発端の経緯などは明らかにされていないが、


「私ね、前にそこへ招聘されていてねぇ」


 世界からリソースを吸い出して力とする、という直接的な技術を持つことが注目され、技術アドバイザーとして機体改良の協力を仰がれたのだ。

 現在出まわっている改良型ワンダーマテリアルの技術協力者であり、当然内部の構造もブラックボックスを除けば把握している。


「だから、半分こにしても起動できる裏ワザを知っているのよぉ」


 右と左に別れた機械を被って、眠るように床に転がっている少年と少女を眺めながら、その断面を覗き込む。

 幾重にも集積回路が積み込まれ、髪の毛ほどのケーブル群が切断されて垂れ下がる。

 個人認証の機構など、分け合うことで不足する部分を魔女の術で補うという力技で、二人のログインを可能にしたのだ。

 そんな強引なやり方には、


「豪華な特典もつくのよぉ?」


      ※


 ジョードは、魔女に言われた通りメニュー画面からログイン名簿を開く。

 ずらずらと、己を含んだこの場の面々の名前が並ぶ中、


「……姫の名前がないぞ」

『個人認証の機構はブラックボックスだから、どうしてもねぇ。いま『プリンセス:ウィンディ・アスバリア』は『ピリオド:伏希・子心』の一部と、世界は認識しているわぁ』


 けれど、それしきの説明では、戦闘畑の騎士には技術屋の言う豪華な特典の正体がわからなくて、首を傾げる。


「先輩! 体感なんですが、俺とお姫様のリソースが、互いに共用状態になっているみたいなんですよ!」

「それはシシン……もしかして、姫様の一日一回ビームが、連射出来るということか?」


 ピリオドの、無尽蔵にも近いリソースを燃料槽として、プリンセスの強烈な一撃を立て続けに撃ち込める、ということ。

 けれども、それよりも、


「いや、蘭先輩! それどころじゃありませんよ!」


 強烈とも思えるプランを否定する、ということは、おそらく少年も己と同じ答えに辿り着いているのだ。


「アスバリアを、今日にも解放できるってことです!」


 瞳を輝かせる救世主と決意をした最後の王族のために、騎士団長は号令を出すのだった。


      ※


 ピリオドに前線拠点ごと砕かれた巨人型は、少し後退した平野部の途上の拠点から、己を再構成していた。


 遠く、こちらの侵攻を阻もうとする、小さな者たちの姿がある。

 唯一の脅威である、ピリオドとプリンセスも。

 拠点を築いて進んできた現状、彼らと当たるのは分が悪い。そうなれば、己は後退をしながら軍勢を放ち、損耗を計るのが有効だろう。


 本能で戦術を選択すると、巨体を揺らしながら後退。同時、拠点からは有象無象の群れを湧き出させ、前進させていく。討ち取らせ、こちらの糧とするために。

 同時に、ピリオドと、それ以外の戦力を分断する目的もある。奴は、可変するこちらの戦力に対応できない以上、全戦力で当たられることだけが恐ろしいのだから。


 状況は作った。

 後は、向こうがどう対応するかであるが、

 

 ……?


 意外な光景を、巨人は目にして戸惑うことになる。

 ピリオドとプリンセスが手を取り飛び立つ。

 己を撃つためだろう。こちらの目論見通りだ。


 けれどもどうして。


 残り見送る連中が一人、また一人と姿を消しているのはどうしてなのか。


      ※


 一人、ウィンディの部屋に残った魔女は、大慌てであった。


 お気に入りの少年を助けてあげただけだったのに、彼は目の色を変えて『ここで終わりにできる』なんて、役割に応えるようなことを言い出したのだから。

 ここから続く慌ただしさに備え、自室のサシェイたちを魔法の念話で呼びつけ、お姫様の冷蔵庫からペットボトルの水を奪いだす。

 それから、真っ二つになったワンダーマテリアルを覗き込みながら、技術的な確認を再三に行い、


「明楼! いけるか⁉」

「どうして子心ちゃんの部屋の穴からくるのぉ⁉」


 予想外の方向から浴びせられた譲恕の怒声に、驚いてペットボトルを取り落とす。子心の鼻面に直撃したが、曲がっていないから平気だろう。


「姫の部屋が鍵掛かっているからだろ! すぐに集まってくる!」


 言いながら部屋の鍵を開けば、撫依とサシェイたちが踊り込み、


「現場は、全員のログアウトを確認したぞ」


 続いてアスバリアを故郷とする者たち、故郷とはしないが協力をしてくれている者たちが集まりつつある。

 その光景に、魔女はにっこりと微笑んで、


「ええぇ。私も覚悟を決めたわぁ」


 ウィンディ・アスバリアに被せられた、割れたワンダーマテリアルに手を掛けるのだった。


      ※


 手を取り飛び立った人類の二人に、密度を落とした脆弱な巨人は容易く砕かれた。軍勢も掃くように打ち払われ、拠点も同じ。


 だから、さらに後退した地点で再構成し、密度が上がった状態で再構成。

 経験則から、いま程度の強度であれば、勝てないまでも秒で砕かれることはない。

 後退は前提として、敵の損耗を狙う。

 こちらと違い、疲労も負傷も、空いた損失を取り戻せはしないのだから。

 ピリオドは勢いよくこちらに迫り、受けるために拳を振り上げると、


 ……!


 目測、予測より速い。

 驚きのうちに、拳を振り下ろせぬうちに、胸を抉り、抜かれた。

 どうして、と疑問を浮かべながら、背後の拠点までも一息に砕かれる音を聞く。


      ※


 準備を終えた魔女は、待ち構えていたアスバリアの面々に笑いかけ、


「相手さん、子心ちゃんの勢いに驚いている頃かしらねぇ」


 割れた端末を、騎士団長に手渡しながら、

「世界が、アスバリアが、彼と彼女を一つのものとして認識しているの。だからぁ、リソースは共有されるし、片方がログアウトしても利用アカウントとしては向こうに残っているから、割かれているリソースはそのまま、ってこと」

「つまり、俺たちは今から同じ方法で次々ログインして、ピリオドにリソースを集めていくわけだな」


 その通り、と頷く。


「利用規約に反する使用方法だから、その辺は覚悟してねぇ?」

「故郷を取り戻せるかの土壇場で、異郷の法律など構うものか」


 お堅い近衛が言うと意外な言葉であるが、それほどに願うところということだ。

 ここに集まったのは、譲恕の指示通り希望者だけで、今の説明を受けて辞退する者もゼロ。


「じゃあ、最初は騎士団長さんでいいかしらぁ?」

「ああ。ここまで煮え湯を飲まされたんだ。なんだってしてやるさ」


 だから、作戦を開始する。

 恥ずかしながら、自らの手では守れなかった、取り戻せなかった故郷を取り戻すべく、最後の恥をかくために。


 好意だけで戦ってくれる、ピリオドの背を押すために。

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