第八章:終わりが帰ってくるこの世界で

1:苦境に刺さる言葉

 戦況が悪化の一途であることは、当初から明らかなことであった。


「ジョード! 姫は実質リタイアということだな⁉」

「説得は成功したらしいから戻る意思はあるんだろうけど、その手段を失ったってことじゃあなあ!」

「仕方あるまい! どこかしら伝手を頼って端末を借りられるよう祈るしか……ジョード!」


 巨人の振り下ろしが迫る。

 戦線を拡大しているため密度は落ちているが、一撃は騎士団長を押し込むに膂力は十分だ。

 地に鉄靴の底を食い込ませ、伸びきった威力を受けた剣で打ち払う。


「打撃担当を狙って来やがったな! 対応されている!」


 落ちる汗を首の振りで払いながら、姿勢を取り戻すために一息を呑む。動きを止めたこちらの視線の先で、引き戻されている右腕を追って、ナディが駆けて肉薄。

 足を狙って二度三度切り込み、けれども相変わらずダメージは怪しい。すぐさま、追撃から逃れるために、相手の背後へ周り込んでいく。

 腰を捻りながら彼女を追いかけていくから、意識の逸れた隙に駆け、軸足になる左足へ体をぶつけるような剣の一振りを見舞っていく。


 巨人の体がわずかに揺れ、

「ああもう! 効いている気がしねぇ!」

 けれど揺れただけだ。


 攻め手の主導権を握ることはできているのだが、攻め切れず。

 全力で稼働して、どうにか拮抗だ。だが、そろそろ手足の乳酸が痛みを伴うまでに溜まっていて、もはや限界が見えつつある。


 最前線の自分たちだけではない。

 小鬼型をはじめとした陸戦型と空を往く飛竜型を相手取る他の面々も、相当な苦戦を強いられている。時折欠員が埋まれ、城から急いで戻ってくるを繰り返しているのを見るに、戦局は敵方に傾いているようだ。


 肩で息をしながら巨人を翻弄する同僚の様子に視線を投げ、

「少し任せられるか⁉ 向こうを援護して、後退したい!」

「受けるだけならなんとしよう! だが、長くは持たないぞ!」


 頼もしい言葉に手を上げて応えて、身を翻して足を回す。


      ※


 頭のおかしい後輩が語っていたハイペースなゲーム攻略のやり方と同じで、限界近い肉体を酷使する術を、騎士という戦闘職は分かっている。


 呼吸を整え、瞬発の時に筋肉を意識するのだ。

 脱力が重要で、緊張を持続させず、間隔を置いて大地を蹴る。

 もはや乱戦となっている戦局に、大鬼型を切り落としながら突入。


「騎士団長! 巨人型は大丈夫なんで⁉」

「ナディに任せてある! 耐えられる時間は限界ある、とっとと引くぞ!」

「えぇ……? 女性にしんがり任せたんです……? 畜生ですか……?」

「適材適所だよ! うるぇな、とっとと下がれ!」


 みな、ひそひそと囁き合いながら眼前の脅威を排除し、後退の態勢を整えていく。

 小鬼などの小物は任せて、対処の面倒な大鬼型と処理と飛竜型の注意を引き付けるのが、純戦闘職の役割だ。

 邪魔になるのは四匹。

 奴らの重打で鎧の数か所をへこませながら、順繰りに打ち倒せば、


「ナディ! そっちが強くなるぞ! ここで下がれ!」


 削った分、巨人が密度を増していく。その特性のせいで、前に接触した時は序盤にどうにか拮抗していた子心が最後に押し込まれたのだ。

 だから、頭数を削ったタイミングが、同時に転回の機会でもある。

 呼応して、ナディが巨人から距離を取り、


「おう?」


 ジョードは違和感を覚える。

 山岳で出会った時は、取り巻きを潰すごとに体を大きくし、速度を増していったはずだった。

 けれども、いま目の前のアイツはどうだ?


「変わってない、よな?」


 群がる小鬼型を振り払いながら様子を確かめるに、大きな変化は見受けられない。

 であるなら、と怪訝を起点に思案をすれば、


「騎士団長、あれ……!」


 下がり始めた近衛を、緩慢に追う巨人の背後。

 黒々とした角張る巨影。拠点と呼称される戦力搬出のために築かれた不形の出入り口。

 濡れるように揺れるその一面より、水面を抜けるよう、次々に小鬼たちが這い出してきていた。

 一陣が、そして、二陣の大鬼型が姿を現す。続けて第三陣。


「おいおい……ここで飽和戦術に切り替えてきやがったか!」


 生み出された一団が戦速で駆け出してくる様に、敵軍の戦術転換を分析。

 おそらくは、巨人型が脅威を認められなかったために、自身の戦力値を落として広範に影響力をもたらすことを選んだのだろう。平野部の半ばからアスバリア城壁までの空白地帯に、拠点を高密度で作り上げると予想される。

 そうなると、人員の限られるこちらでは、現状の一点防衛よりも難しいことになる。巨人さえいなければこれまで通りの状況であるが、錨のようにどうにもならない最大戦力が居座られていては話が変わってしまう。


 どうするか、と汗を滴らせて、突っ込んでくる黒の塊を見据えると、

「ジョード! 上だ!」


 意識を、この先に取られすぎてしまった。

 失念だ。

 飛竜型は、打ち倒していなかったことを。

 風切りと相棒の声に思い至り、しかし遅い。


 家ほどの巨体がその質量を以て勢いを殺さぬまま、金属鎧に全身を包む頑健な長躯を砕くばかりに撃ちすえたのだった。


      ※


 響き痺れる喉奥の上側から、鉄の打ち合うような焦げ臭さが落ちてくる。

 揺れる意識の中で、


 ……まずい。


 焦燥だけ明確。

 撤退の最中で横たわり、立ち上がれない。

 元々限界まで酷使していた四肢の緊張が解けてしまって、肘も、膝も立てるに厳しい状態なのだ。


 そこに迫るは、勢いを増す軍勢に、飛竜、そしてゆっくりと進む巨人の姿。

 死に戻る方が早いほどの負傷であるが、撤退にも手順がある。

 順繰りに倒され、順繰りに蘇っていては、戦力分散と逐次投入を強いられてしまう。それでは成す術なく浸透を許すことになる。いっそ、今すぐまとめて全員が打ち取られたなら戦線再構築も容易いが、上手く事が運ぶとは思えない。


 だから、立たねばならない。騎士として、王国を守る役割を担う者として。

 けれども、


「ああ」


 ポップアップウィンドウが『状態異常』と『瀕死』を警告している。

 機械的にも、限界であることが示されてしまった。

 状況はもはやここまで。この地点での潰走は仕方がなく、ここからは事後を考慮するべきであるが、


「なんてこった、だよな」


 悔しさはあるし、以後の難しさもある。

 だから、身を固くし、こちらの命を奪うがために迫る軍勢を睨みつければ、


「アスバリア・ロイヤル・エネルギーキャノン・アンドシャワー!」


 いろんな意味で耳を疑う怒号が響き渡った。

 日の明かりさえも暗がりに落とし込むほどの光量が、太く広く、地を抉り大気を裂き、ついでとばかりに黒塗りの化け物を呑み込んでいく。


「大丈夫かしら、ジョード?」


 藍の衣を躍らせながら、まるで物語に聞く天女のように、目を泣き腫らした少女が舞い降りてきていた。


      ※


 バフが効き始めたようで、手足が力を取り戻している。


 上半身をどうにか起こし、敵が姿を失い拠点ばかりが残る、がらんとした平原を呆然とみやれば、


「相変わらず殲滅まではいかない、ハンパな力よ」

 姫が、居心地悪そうに目を逸らしながら、向き合って、

「だけど、アスバリアのために使うって決めたの。これが、私の手札よ」


 少しばかり意味はわからないけれど、彼女の心変わりは良くわかる。良い方向であるのは違いないだろう。

 それ自体は喜ばしいところであるが、疑問はある。

「助かりましたよ。だけど、ワンダーマテリアルが壊れたって……」

「それは子心が……」


 ああ、なるほど。彼の端末からログインしたのか。

 と、納得したところで、


「はえぇよ! なんでこっちのログイン待たずに先に行っちゃうわけ⁉ マップ移動のラグ硬直中に撃ち殺す気かよ! 待ってろ、俺の心のハードディスクを増設してくるからな! 後付けだぞ! お前も前面に後付け増設したほういいぞ! な⁉ あ、先輩、お疲れ様でーす! いまこいつの前面を膨らませてやりますんで!」


 沸いた疑問をひき殺す勢いで駆け抜けていき、巨人が頭を出しかけていた拠点を全力で撃ちぬく。

 剣を杖に立ち上がるジョードは、今はもはや苦い顔となって、体よりも頭の痛みのほうが大きいことを悟るのだった。

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