6:誰も、己らしく役割を担う
「なんだ、スッキリしたなぁ! そうだよ、みんなが困ってたから、前に扉を開けさせたことのある俺が手を打ったんだよ! だけど、同じ技が通じると思っていた俺が甘かった! 第二形態でパターン崩しとか、セオリーだもんな! だからヒートアップして、つい? ゲージ技使っちゃったみたいな?」
笑い、手を叩き、
「あ、じゃあそろそろ行かないと! 現場大変みたいだし! はいお疲れさまでしたぁ!」
壁の穴へ、這うように戻ろうとしていく。
呆気にとられた魔女があっさりと道を譲るから、
「ちょっと待ちなさいよ!」
語気を強く、呼び止める。
「私が、必要じゃないって言うの⁉」
※
考えてみれば、考えてみるほど、怒りが湧いて煮えたぎっていく。
こちらの平穏を端から捻って、挙句は住処に穴を開けたかと思えば、その動機が、
「人に言われたから、ですって?」
「え……あ、はい……あの、どうして大ご立腹なんで……?」
ソフト面を置いておいてもハードに穴を開けておいて、どうして『突然ぶち切れた面倒くさい客の消火作業』みたいな応対なのか。
怒りに油が注がれ、
「王族として割かれている、私のリソースが必要なんじゃないの⁉」
魔女が、彼の後ろでうんうん、と頷いているけれど、こう、もうちょっとコンセンサスを取りまとめてから壁を爆破して欲しいものだ。いや、しないで欲しい。しない方向で、コンセンサスを取りまとめて欲しい。
こちらの叫ぶような訴えに、だが彼は眉を怪訝に歪め、視線を思索の迷路を這わすように泳がせると、
「それは俺たちの都合で、お前には関係ない話だろ?」
平然と、怒りで火だるまのこちらに、カウンターをぶち込んできた。
※
「確かにあいつを攻略するのに必要だろうさ。だけどな、嫌がる人間を『お前しかいないからついてこい』なんて横暴だろ? 希少ジョブだからって、リアルで向こう二か月のレイド予定組まれてみろ……期末試験が……誕生日も……!」
トラウマが過ぎって膝から崩れかけた少年の肩を掴んで開くように気付をすると、魔女は、
……ゲームである、っていうのが第一義なのねぇ。
なるほど、と、納得。
姫とピリオドのスタンスが違うことはわかっていたが、こちらと彼の考えにもズレがあることは、ここで把握できた。
つまり、
「現状の手順がそれしかない、ってだけで、なんで考えることを辞めるんだよ。手にある札で、手に入る札で、攻略するのがゲームの醍醐味なんだぜ?」
己の力を信じ、迷いがないのだ。
いかにパーツが足りなくとも、眼前の問題を乗り越えることに挑むことに、障害足りえない、と。
……強い子、なのねぇ。
可愛らしくてお気に入りだったのだが、意外なところで見せられた地金に、ため息をこぼしてしまう。
固まってしまったお姫様も、きっと似たように心を打撃されて、
「今、お前は俺の手札から離れている。それを無理に拾いに行くのは、倫理的にルール違反だろ?」
だけど、
「だけど、お前はお前の手札をちゃんと確かめたのか?」
※
「自分自身に、譲恕先輩に、蘭先輩に、魔女さんに、王国の人たちに、それ以外の協力してくれる人たちに」
それに、
「それに、お前を地球に送り届けてくれた、たくさんの人たちの思いに」
あと、
「あと、お城に海岸に森に城下町に、とんでもなくキレイな故郷に」
最後に、
「最後に、それらを全部ひっくるめて戦っている……」
ああ、
「ああ。ピリオドなんてたいそうな役割を任された、ゲームしか脳のないボンクラの俺だって」
わかるか?
「わかるか? 全部、お前の手札なんだぞ?」
※
『速報よぉ』
「これ以上はやめてくれ! ジョードは一度死に戻りしたんだぞ!」
「大丈夫……! 大丈夫だ……! 俺には聞き遂げる義務があるから……!」
『子心ちゃんが説得に成功したわぁ』
「……え?」
「ほんとう……なのか? あそこからどうやって逆転ホームランを打てるってんだ……?」
「しかし、それなら希望が持てる……!」
『大金星よぉ? だけどぉ』
「だけど?」
『ちょっとばかり、問題が、ねぇ』
※
泣き崩れたウィンディの、そのフロアについた膝の先。
「これは……」
力任せに砕かれた、ワンダーマテリアルの無残な姿があった。
ヘッドバンドは折れ、ゴーグルディスプレイは粉々。スピーカー部分も耳当て部分が破けて円盤型のパーツがはらわたのごとく、飛び出している。
「個人認証用の機構も破損しているわぁ……これじゃあログインも無理ねぇ」
個人認証そのものは、個人の心的構成素を判別するためのものであるから、別マシンさえ用意できれば問題はない。
けれど、
「今すぐに代替品は無理ですよ。俺だって、ネットで注文してしばらくかかったし」
深刻な悩ましい顔を見せる子心は、姫を説き伏せた時のあっけらかんとした様子ではない。おそらく、顔を上げられないほどの少女が嘆く後悔に、寄り添っているのだ。
どうにかならないものか、と。
少女も、自らが投げ捨ててしまった『手札』の絵柄に今更気が付いた後悔へ、泣き咽ぶばかり。
気付かせて貰えた喜びと、けれど応えられない悔しさと、己が原因である情けなさに。
彼と彼女は、立ち止まってしまっている。途方に暮れて、道標も見当たらなくて。
それなら、
「どうしたのぉ?」
やはり『彼』に気づかされた者として、お礼を返さないといけないだろう。
最初に手渡されたはした金なんかより、ずっとずっと価値のある言葉を貰えたのだから。
「もしかして子心ちゃんの手札に、魔女さんはいないのかしらぁ?」
驚き訝る彼らに、魔女は己の『手札』を晒すべきだと、微笑むのだった。
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