5:なにゆえに

 共用廊下で催された第二回ちくわオークションは、色々と無事ではないが行程自体は無事なまま幕を閉じたようだった。


 恐慌に襲われていたウィンディであったが、部屋前の廊下が平穏を取り戻してくれたために、深く一息をつくことができている。

 けれども、油断はならない。波状的に脳を打撃してくる輩なのは、これまでの隣室生活で完璧に把握しているのだから。

 毛布を頭から被ったまま、覗き穴から念を入れて様子を確かめれば、


「誰も……いないわね?」


 今度こそ、胸を撫で下ろした。

 けれども、それはそれで、なんだか腹が立つ話だ。

 彼は、自分をアスバリアに連れ戻すために、なんやかんややっていたのではなかったのか。

 ここで切り上げるということは、


「必要ではない、ってこと?」


 自分のことを諦めたのだろうか、と思うと少しこめかみが引きつる。

 望んだこととはいえ、我が儘だと自分でも思うが、面白くないものは仕方がない。

 されど、願ったり叶ったりである。

 もはや、ウィンディ・アスバリアは、己の名の由来である故郷の地を諦めたのだから。

 ドアに添えていた手を、ぐ、と握り締めて、


「そうよ……もう、たくさん」


 疵と、痛み。どちらも、大きくて深いのだと、歯を食いしばって確かめれば、


「……音?」


 背後、リビングから聞こえる、微かな打音に気が付いた。

 首を捻り、被っていた毛布を剥ぐと、耳を立てて、


「隣の部屋から……? ちょっと、また何か頭おかしいこと始めたんじゃないでしょうね……」


 子心の部屋がある側の壁からだ。指で軽く叩くような、弱い音。

 はたして、またバカか狂ったことを始めたのかと眉間をしかめながら近づくと、


「え?」


 爆発。

 続いて、押し、砕き、ひしゃげ、開く、破壊の音が。

 見事な大穴を付き従えて。


      ※


 壁材の基礎になるアルミ構造体は、一点を中心に花が開くようにひしゃげていた。

 綿のような防火材と消音材は、無残に飛び散って室内を跳ねのように舞い踊る。

 クロスの張られたボードは、大きな塊で砕かれて床に滑って、


「魔女さん、魔女さん! 引きずり出す、じゃなくて押し入っていませんか⁉」

「あらぁ、だってお姫様と会うのが目的なんでしょう? 結果オーライじゃなぁい? 地球じゃ安定しない魔法も、どうにかうまくいったし、ね?」

「ふあぁぁぁぁぁ! 懐が深い……っ! やっぱりオパイの大きさって、器の大きさに直結するんだ! 見ろよ、あの中央の渓谷を! 光が届かないほど深いぞ……! あやかりたいものだ! な! あ……ごめん……無神経に……」


 実行犯と、狂気への賛同を強要しながら謝罪撤回のコンボをかましてくる狂人が、ならんでぞろぞろと侵入してきていた。

 けっこうな速度で進行するあんまりな状況に、ウィンディは無力にも、唖然とした顔でバカ二人の顔と部屋の惨状を見比べることしかできず、


「魔女さんのお手伝いはここまで。ここからは子心ちゃんのお役よぉ?」

 色々とでかい女学生コスプレウーマンに背を押された少年が、一歩前に出る様を眺めるしかできない。


 前に出た彼は、息を吐くように口を開き。

 迷うように口を閉ざし。

 言葉を探るように下を向いて。

 僅かに首を傾げると。

 困ったように顔を上げ、


「俺、何しに来たんだっけか?」

 壁をぶち抜いた挙句の言葉としては、最大級の破壊力をぶつけられたのだった。


      ※


『速報よぉ』

「どうだ! 顔くらいは見られたか⁉ こっちは割と限界だぞ!」

『子心ちゃん、目的を忘れちゃったみたいねぇ』

「ジョード! おい、ジョード! 膝を付くな!」


      ※


 どういうこと?

 私を故郷に、戦場に連れ戻そうとしているのではなかったのか?

 アスバリア奪還という『攻略』のためにこの身の力が必要で、だからこそ説き伏せにきたのではないのか?


 破壊行動への驚きに、上回るというか角度の違う驚きをぶつけられた。なんだか色々抗議しなければならないけれど、まず一旦置いておいて、腕を組んで首を捻る論客に、刺すような不審の目を投げつけることに。

 受ける彼は、けれどまったく動じる様子もなく、


「いやあ、確かにお姫様を部屋から引きずり出すのが目的だったんだけど、どうしてそうすることになったのか、あと何のためだったのか、ちょっとばかし記憶があやふやで……」


 いやいやいや! 状況を手順通りに追っていけば『巨人型を打ち破るために、戦場に出ることを拒否しているアスバリアのリソースを大きく分け与えられた王族を、説得するため』と辿り着けるだろうに!


 魔女も、目が点になった笑顔をがっちり固めたままで、どこかに連絡を飛ばしている。きっと、現場のジョード辺りだろう。

 彼の説得に応じまい、というスタンスであったが、ちょっと様子がおかしくなってきて魔女と『なにこれ』みたにアイコンタクト。

 すると、記憶欠乏者が手をこれ以上にないくらい強く打つから、


「思い出した!」


 仇敵と二人で肩を撫で下ろし、


「先輩たち三人が、お前をどうにか引きこもりから更正させたいっていうから一肌脱いだんだよ!」


 どちらも目を剥いて、首を傾げる事態となった。

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