3:七色の三十六計
「なんなのよ、あのバカは!」
大激怒でちくわの返却を終えると、もう一発ドアを蹴り上げて威嚇しておく。
あいつはこちらを部屋の外へ出すため、説得をしに来たのではないのか。それがどうしてちくわをお届けするのか、賄賂のつもりなのか、頭がおかしいのだろうか。
なんなら、抗うべく身構えてすらいたのに。
自分は、アスバリアに一歩だって踏み入るつもりはない。いわんや、引き込むための言葉を重ねに来た者たちへ、ドアを開けるつもりもない。
けれど、実際に訪れたのは狂人の狂行であったので、肩透かしというかオフセット衝突というか。
まったく、と膨らんでパンパンな苛立ちを少しでも治めようと、ドアを眺めていると、
「……なんだか、がやがやしているわね?」
スチルドアの向こうが、何やら騒がしい。
なんだろうか、と覗き穴に目を当てれば、
「……なにかしら?」
十数人の、息荒く汗を流す男子高生が廊下にひしめいており、その正面にはどこから持ち出したものか眼鏡をかけた子心が、ニコニコ顔の魔女を侍らせて、
「お揃いですね? では第一案件『絶世のフラット型異国系美少女ウィンディ・アスバリア宅に侵入したちくわ(直掴み履歴有)』になります。五千円から……はい……はい……もうありませんね? では一万六千円で落札です! では第二案件『絶世のフラット型異国系美少女ウィンディ・アスバリア宅に侵入したちくわ(指の挿入歴有)』になります」
やたらと熱の入ったオークションが始まっていた。ちなみに、第二案件は第一案件より高値がついており、だって指ってお前の指じゃん? と、詐欺の現行犯を目撃することになってしまった。
※
アスバリアの前線は、想像以上に状況が悪かった。
拠点を拡張した巨人型は、確かにサイズを落としていたが、それでも十分に巨体であり、脅威だ。そのうえ、拠点からはぞろぞろと増援が湧きだしており、先行して当たっていた一団は苦戦どころか押し込まれている。
戦場に到着した譲恕と撫依は、そんな劣勢に、嬉々として対応へ走る。
駆けつけた指導者たちの、ちょっとおかしい様子に、
「ありがたいけど、どうして二人は満面の笑顔で走ってきたんだ……?」
「ありがたいけど、どうして二人は笑顔でピリオドに謝っているんだ……?」
「なんかSNSに『美女のちくわオークション』とか出回っているけど……」
立場故、ちょっと見た感のおかしい男子高校生と距離が近い二人に、熱くなる目頭を押さえざるをえない。自然、不在である魔女がその拷問を一身に引き受けているだろうから、その不憫さに仇敵との雪解けの時も近いだろうと、誰もが彼女の挺身に涙を禁じえなかった。
「二人がかりで、どうにか抑え込めるな!」
「ああ! 湧き出る有象無象は皆に任せて、少しでも時間を稼ぐぞ!」
全身鎧と肉厚な直剣で質量を攻防の要とする譲恕と、肌を晒すほどの軽装で細身のサーベルを用いるしなやかな振る舞いを得意とする撫依は、その速度差と連携で、動きの大雑把な巨人を押し込んでいく。
一人が打撃を引きつけ、片方が打撃する。
前者は『待ち受ける』ことが責務の近衛が担い、後者は『攻め打撃する』役割である騎士の仕事だ。
長い間、亡命以前の地獄のような末期時から、肩を並べて戦ってきたのだから、言葉など不要。
とはいえ、全力機動で互角より分が良い、程度なのがネックだ。
疲労が溜まれば、動きも鈍るし判断も濁る。
どこまで持ちこたえられるものか、と内心で息を巻き、
『速報よぉ』
魔女からの連絡に、飢えたフナのように食いつく。
「どうだ⁉ 姫は出てきたか⁉」
『子心ちゃんが言うには『オペレーション:アマノイワト』は失敗らしいわぁ』
「なるほど! それで、シシンには次の手があるのか⁉」
展望を尋ねた撫依に、明楼が「ええ」と笑って、
『なんだか『空城の計を使うしかあるまい! 俺はシミュレーションに詳しいんだ!』って息巻いているわぁ』
※
「それで、子心ちゃん? 空城の計ってなんなのかしらぁ?」
一旦自室に戻ってなにやらごそごそと準備を進める少年の背に、魔女は問いかける。
だって、用意しているのが大量のロウソクと『琴はないからフライパンでいいか』という理由で調理器具なのだ。もう、ちょっと、意味がわからない。正気もわからない。
少年は、問いに嫌味なく、
「そうか、魔女さんはこっちの人じゃないから、こっちの古典とか知りませんもんね」
笑って、フライパンを引っ張り出していく。
「昔、内乱ばっかしてる国がありまして。そこの地方勢力に『あなあきら』とかいう、ちょっと股間周りがキュっとする名前の天才軍師がいましてね」
「子心ちゃん? 魔女さんのこと、騙そうとしてない?」
「いや! いや! ほんとに『あなあきら』なんですよ! 姓は『しょかつ』とかいう警察が居そうな名前で! 名は『りょう』で、『しょかつ』の『りょう』の『あなあきら』とか意味深すぎて近づきがたいですよね?」
魔女は地球人への恐怖を新たにして、なるべく深入りをしないよう話題を進めることに。欺瞞と言われようと、ダメージコントロールは必要なのだ。
「それで、空城の計っていうのは、どういうものなのぉ?」
「ああ、そうでした! その『あなあきら』が『シヴァ』相手に敗走しまして」
また新キャラねぇ……確か、どこかの神様の名前よねぇ……敗走もやむなしねぇ……
「で、城に逃げ込んだんですが、如何せん勢いと数が違いまして、落城は必至。で『あなあきら』は一計を講じたわけです」
明かりを煌々と焚き、城内を綺麗に掃き清め、門を開け放つと、楼台の上で一人琴を奏ではじめたのだという。
「そんなことしたら、あっという間に攻め落とされちゃうじゃないかしらぁ?」
「ところが『シヴァ』は『あなあきら』が神算鬼謀の大軍師であることを熟知した、やはり天才軍師だったので『何か計り事があるに違いない! 孔を晒して攻めさせるとか『あなあきら』の名の通り! 美人局の可能性がある!』と、退却を決意したわけです」
「そのとある国の人たちは、すべからく狂っているのかしらぁ?」
「三世代くらいにわたって戦争三昧ですからねぇ」
けれど彼の熱の入った説明は理解の助けとなり、魔女は大いに頷きながら、
「けど子心ちゃん? それって、籠城側の計略じゃないかしらぁ?」
根柢の疑問を訊ねるのだった。
※
「じゃあもう、火計しかないじゃない!」
「あら! 派手で良いわねぇ!」
待て待て待て!
「火を付ける気なの⁉」
隣室から壁越しに聞こえてきた剣呑な単語に、思わず身を固くする。
説得どころから燻り出そうとしてやがる。
いかに自暴自棄でも、死に直面すれば抗ってしまうのが性であり、状況次第では密室からの脱出も検討しなければならない。
壁に耳を付けると、
「しょうがないわぁ、切り替えていきましょ? ほら、ロウソク持ってぇ?」
魔女の慰める声に良くない単語が混じるから、びくっ、と跳ねてしまう。
しばらくするとドアから出る音が聞こえたので、警戒のインジケーターをマックスにして自分のドアへ張り付く。
覗き穴から様子を窺っていると、魔女と決意に満ちた眼差しの子心が横切っていく。
手には、ロウソクではなく、ちくわの束。
……いくつあるのよ?
彼の冷蔵庫の中を想像し震えはしたが、それよりも自分の説得のために手を尽くしていたはずなのに、この場を離れていくということに違和感。
くわえて、腹立ちも。
無視されてしまったようで、軽んじられているようで、面白くないないのだ。
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