第七章:誰のために伸ばす手なのか、どこへ至るための目なのか
1:立て直しの手順は乱暴で
山岳での敗走から三日。
状況は、予想よりも悪化はしておらず、けれども最後には予想通りに落ち着くことが予見されていた。
つまり、巨人型によるアスバリア城の陥落、である。
点突破で直線状に拠点を築いた敵軍は、けれどそのスパンを短くしながら前進していたため、速度の減退、要である巨人型の戦力縮小に陥っていた。
現在、平野部の四分の三ほどを侵攻されて、膠着している。そこが限界点らしく、そこまで伸びてしまえば総力が可変する敵の弱目が明確になり、ピリオドを除いた戦力でも押し返せる程度だ。
けれども、それはこちらの疲弊度を無視した先行き予想である。
今まで前進することで作ってきたマージンを生むことができないため、回復を期待することができず、また常に戦力が揃うわけでもなく、僅かずつ、戦線は後退を始めている。
だから、誰も最期の時は不可避であると、予期しているのである。
※
「子心によって拠点もろとも巨人を砕いても、一個前の拠点で生まれるから、戦線が思うように下がらないのが痛いな」
「一度、まとめて三つを砕いたら、今度は構築する拠点を二つに減らして、巨人の戦力を上げることに転換した以上、下手な逆撃は危険だぞ」
「勝ち手ができるまでは、刺激できないってことねぇ……」
アスバリアの首脳陣が頭を突き合わせて嘆息すると、
「先輩方! アイスコーヒーで構いませんか⁉ 駄目だともう、このちょっと溶けかけた棒アイスか魚肉ソーセージしか……あ、男は水ですよ?」
会議場の提供者が巨尊男卑をはじめたので、男は指を折ったチョキで目を突き、冷蔵庫から缶のジンジャーエールを強奪することに。
学生寮『サンダーバード』、その一室である。時刻は、終業の後の夕方五時。
譲恕を含め、撫依、明楼ともに、同寮に居を構えているのだが、敢えて最年少の部屋を選んだのには、明確に理由がある。
「新入生で、物が少ないから部屋が広く使えるだろ」
「確かに、掃除も十分だから落ち着ける」
「ところどころに転がっているちくわから目を背けちゃいけないわよぉ?」
「いやあ! 急だったもんで片付け間に合わなくて! 集めたら、洗って切りますんでお待ちください!」
三人が、両手を立てて押すように断固拒否の構えを見せた。
※
「で、だ」
ジョードが飲み物を片手に、テーブル上に広げた手書きの地図に指を落としながら、
「結局、正面を抜く力もなければ、搦手を攻める手もない」
「迂回して後ろの拠点を叩いても、敵陣の数が増えるか巨人が強くなるだけだものねぇ」
「膠着か」
「ジリ貧って言うんですよ! 敵陣前で、一つ一つのユニットは取るに足らなくて、けど燃料は持っていかれるから、CPU特有の勝敗度外視の波状攻撃を仕掛けられていずれ……エース……うちのエースは畑から生える歩兵を撃ち殺すために生まれたんじゃないぞ……!」
ナディは、部屋主のトラウマの窓が開きかけたようなので、ちくわを銜えさせて黙らせる。こっちの胸元に、目を見開いて食いついていたが、ちくわのおかげで静かなものだ。
けれど、彼の言葉は真実であるから、
「シシンの言うとおり、ジリ貧が正しい認識だな。そのうえで」
「どうするか、ねぇ」
明確な答えを持ち合わせているのなら、この会合だって不要なのだ。だから、結論の糸口だけでもと、頭を突き合わせているのだが、
「結局は戦力不足ってことだよなぁ」
ジョードが仰ぐようにため息。
「ピリオドが発生した以上、後続はゼロだ。だから、今までにログインした人間に期待するしかないんだが」
けれど、難しいだろう。アスバリアに訪れ離れていった者を特定するのは、ログイン名簿があるため容易い。が、居住を突き止め、応じてくれるまで説得を続けて、得られる戦力としてはわずかだ。
悠長とも思える猶予は、こちらにはない。
現実的ではないな、と誰もが肩を落とす。なら気分転換でも、と提供された話題が、
「話だと奴さんたち、いま睨み合っている地点の拠点、大きくしているらしい」
「えぇ? それって、リソースの無駄遣いじゃない?」
「いや、面倒な手を打たれたぞ」
※
結局のところ、巨人と拠点を同時に砕かなければ、その場ですぐさま再生産されてしまう。そのうえで、拠点は巨人以外にも戦力を吐き出してくるため、頭数を揃えるも、少数精鋭で攻めるも、自由自在である。
「結局、子心が出ていかなきゃ解決しないし、出てしまえば為すすべなく解決するんだから、敵としては『出てこない場合』にだけ備えたってことだ」
極一握りの例外を外して、戦略を組み立てているということ。
それを聞いた件の少年は、
「なんだと! ヤロウふざけやがって! 待っててください! ちょっとぶっ飛ばしてきますから!」
早業で転がっていたワンダーマテリアルを被り、腹を出してひっくり返る。
魔女が、あらあら、と腹を撫でまわしているが、完全に犬扱いしていてヒく。人間を犬のように扱うなど、神にでもなったつもりか……! おそらく犬という種が悪い。犬に罪は無いけれども、人に傅くその振る舞いが、人間を増長させ勘違いを巻き起こすのだ。つまり、人間が悪い。これだから邪悪な犬派は……!
「ちょっと、騎士団長さん……? おたくの近衛兵が、この世の悪を睨み殺す勢いでこっちを見ているんだけどぉ……」
「程度に差はあれ、俺も、お前が手を止めないことに邪悪な物を感じているぞ」
あらぁ? と首を傾げる魔女の手元で、シシンの腹筋が上半身を起こし、
「ただいま戻りました! 軽く撫でたら土下寝で許しを請うてきましたよあやつめ!」
器具を外して露わになった目がぐいんぐいん泳いでいたので、察したジョードが、
「お前、死に戻りしてきたろ」
半目で、視線を逃さない。
いや、だって、と勢いを失った言葉が、
「現場についたらですね、巨人が拠点を大きくしているんですよ。ええ。で、丸みを帯びたシルエットの背丈が同じぐらいになってて、こう、まじまじ見ていたらですね……」
視線がゆっくりと、こちらの胸元に注がれていく。
疑問を込めて頭を傾げると、隣の魔女が少し胸元を広げて、少年の首が変な音をたてて捻られ、ぐああ、と叫びながら床に転がった。
地球人は自分の力だけで体を痛められるんだな、地球人は己で制御できない力を手に入れているのか、地球人は恐ろしい……!
新世界への畏怖を新たにし、
「つまり、女性の胸部に見えて、堪能していたら巨人に一発喰らった、ってことか?」
斜め上を見ながら舌を出す仕草が眉間に決まったようで、ジョードは無理矢理に立ち上がらせると腹へのトゥーキックからのスタナーを見舞った。
ごろり、と転がる少年は捨て置いて、
「けど、そうなると戦力数の話に戻るのよねぇ」
「そうだな。けれども、臣民だった者たちならともかく、それ以外の糾合は難しい」
「そうなると、手は限られてくるわねぇ」
魔女の、困ったような笑い顔が、シシンの部屋を囲う壁の一面へ注がれる。
隣室とを隔てる、防音が完ぺきとは言えない薄壁。
ナディも、溜めた息をついて、視線を追いかける。
壁向こう。
巨人の登場から、現場どころか現実世界でさえ姿を現さなくなった、我が主が籠もる些かばかりの居城の様子を思って。
と、スタンから回復した少年が顎をさすりながら、意外なことに、
「引きこもりを引っ張り出したいんですよね? 手、ありますよ?」
前進のための方法を持ちえると、提案を示してきた。
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