3:私は望んでいない

 責任の所在の確認は、けれども確定までは至らなかった。


「逃げろ逃げろ!」


 相対者を屠った巨人が、次なる犠牲者を求めて動き出したためだ。

 一団は騎士団長の声に従って、山岳の斜面を転がるように下っていく。彼と魔女によって機動力の高い飛竜の生き残りを牽制しながら、近衛は姫を抱きかかえて。

 巨人の足は、こちらの全速からわずかに劣る。が、大鬼型と飛竜型に追いすがられては思うように進行できず、引き離すことができない。


「ジョード! いっそ、全滅して城まで戻った方が良くはないか⁉」

「そうねぇ! 子心ちゃんもお城なんでしょ? そっちの方が効率良いんじゃないかしらぁ!」


 態勢を立て直すのに、敵に背を向けて編成の時間もない現状よりは正しい意見だ。

 けれど、作戦指揮者は作戦目的から拒否をしなければならず、


「ダメだ! 今回は、連中の侵攻をどれだけ遅らせられるか、時間を量るのも目的だ!」

「ちょっとしんどいわよぉ……お姫様のバフも切れちゃったし」


 弱音が、魔女の口以外からも上がってくるが、考慮している暇はない。


「すぐに子心も戻ってくる! アイツが巨人型と当たりながら、どれぐらい時間を稼げるかだけども把握しなきゃならん!」


 そうは言っても、と振り返れば、地響きを鳴らす巨人が木々をへし折り迫っている光景は、臆するに十分すぎから、

 ……頼むぞ、子心!


 切り札の帰還を切に願う。

 彼の普段の速度を考えたなら、直線で突っ込んできておおよそ三十分ほど。山を下りきり、すそ野の森林部を抜けた辺り、平野部に出るところで合流となるだろう。

 実体の健康面を考慮した強制ログアウトまでは残り一時間ほど。作業量を確認できるのは三十分に満たないが、仕方がない。

 林に入ってしまえば、頭上からの脅威は落ちる。そうなれば、少しは楽になるが、


「なんだ! 巨人の足が遅れたぞ!」

 わずかだが、影が引いた。振り返り確かめれば、

「地面に腕を突き入れている……?」

 そのまま掬うと、巨大な岩石を難なく掘り上げて、

「何を……!」

 放り投げてきた。


 軌跡は一行の頭上を飛び越え、目指すべき木々の群れへ。

 圧し、曲げ、折り、平野まで突き破って、


「空を作りやがった!」


 倒木や残る根で、足場は悪化。だというのに、空を開かれたために飛竜に頭を狙われる形に。


「向こうだ!」


 譲恕は、直線に進むことは諦め、また森林部への侵入も諦めた。また同じ攻撃をされると、視界の通らない林の中では、躱しようがなくなるからだ。

 その決断は、けれども進路の大きな迂回を強いられるもので、


「ジョード! 大鬼型が!」

「俺が食い止める! とにかく走れ!」

「足止めなんでしょう? 飛竜型は私に任せてぇ!」


 すぐに戻る安い命であるが、この状況は決死を必要とされた。

 だから、奥歯を噛んで転回すると、引かぬ覚悟を示すように腰を落として足を大地に食い込ませる。

 こい、と息を呑んだその時、


「土煙だ……!」


 誰かが、麓の様子を見咎め、指をさした。


      ※


 何事か、と正体を探る暇もなく、土煙は投げ入れられた岩石を蹴り、跳ぶ。


 上がり落ちる弓なりではなく、獲物までの直線を描く弾丸だ。

 頭上を過ぎっていく正体不明の高速物体は、


「子心⁉」

 見間違いようもなく後輩であり、救世主であり、これ以上ない援軍が、


「倍速のポーション買って、全速できました! いやあ、これ時速何キロぐらい出ているんですかね! おお、すごい! 魔女さんと蘭先輩のオパイが残像で増えてますよ! 俺、一生この速度でいき」

 打ち所に放り込まれた棒球に、巨人の右ストレートが突き刺さった。


      ※


「ほら! ほら! 完全に子心ちゃんのせいでしょう⁉ さっきのだって、子心ちゃんが悪いんだわぁ! 私は無実よぉ!」


 逃走を続けながら、涙目の魔女が見苦しく言い訳を重ねるが、


「だが、シシンの口から出たのは貴様が先だったぞ」


 残念だが……と同列に名前が挙がったはずの撫依が、率先して罪を言い渡している。

 とかく、世間はマイノリティに厳しいのだ。


      ※


 平野部まで出たところで、

「動きが止まったか?」


 敵陣の追跡が止まったため、アスバリア勢も崩れるように足を止めた。

 座り込んで酸素を求め喘ぐ者、呼吸を整えようと水を呷る者、膝に手を置きそれでも敵から視線を外さない者。

 どの眼差しも疲労が強く、また翳りが強い。


「子心なしじゃ、これっぽちも足止めにならんことがよくわかったな」

「彼あり、とは言え、捨て駒戦術なんて外法を以て、だがな」

「最初二回の事故がなかったら、もうちょっと押し返せていたかしらねぇ。けれど」


 魔女裁判で有罪にしたはずが、さらっと事故扱いにしている明楼が、


「彼ら、何をしているのかしらぁ? 麓に降りてきたら、一塊になって動かなくなったけれど」


 言う通り、黒色のぬらぬらとした化け物たちは、その足を止めていた。それぞれが、体の一部を取り出しては、地面に積み重ねていき、まるで年度遊びでもしているかのよう。


「なんだ、見たことないのか? あれは拠点を構築しているんだよ」

「ああ……いつ見ても、吐き気がする」

「そうなの? 初めて見るわぁ。なんだか面白いことするのねぇ」

「アスバリアは広い世界じゃないし、自分らのいるところが常に最前線になるからなぁ。見る機会は腐るほどあった。それこそ」

「生身の頃にも、見たことがある」


 吐き捨てるような近衛の言葉に、深く頷く。

 魔女は居住の森が城より敵陣に近かったため、早々に世界を脱していたので、目撃する機会が少なかったのだろう。

 さて、と譲恕は皆を見回せば、


「本当なら、ここで攻撃をかけて遅滞行動に出るつもりなんだが……」


 疲労度は確かめるまでもない。

 もとより、一時休憩を挟む予定が、事故によって連戦となっているのだ。

 活動時間も五分を切っており、今日はここまでだろうと、判断したところで、


「あら? 子心ちゃんかしら?」


 城方面から土煙が巻き上がっており、ピリオドの到着が告げられた。

 二度の轍は踏まぬ、と急ブレーキで立ち止まると、


「ははぁん⁉ 状況は掴めましたよ⁉ 今は時限式のフラグが立つのを待っているんですね⁉ 誰だよ、選択肢放置が正解とか無茶な企画を通しやがったのは……!」

「相変わらずのゲーム脳だな……遠からず、ではあるけどな」


 現着した最大戦力に、手短に説明を施す必要が生じたのだった。


      ※


 おおまかに説明を終えたところで、


「あ、じゃあ今からあそこに突っ込めばいいんですね?」

 こともなげに、敵陣を指さすから、罪悪感が頭をもたげる。


「あー……いいのか?」

「というか、少しでも殴らないとまずいですよね? 前回、点突破から浸透されてますから、今回も同じ手段を取ると思いますよ?」


 それは、城の目と鼻の先である丘に、巨人が至る可能性があるということ。

 譲恕もその危惧があるから戦線を崩さぬように戦っていたのだ。

 つまり、


「誰かが足止めする必要がある、ですよね? で、それは俺にしかできないらしい」

 少年は、楽しいことを誇るように笑うから、


「言う通りなんだがな、死んでくれ、とはなかなか言いづらいんだよ」

 こちらも、なるべく軽い言葉で応じる。


 外法であるが、こと現状においてはまっとうな戦術、なのだ。

 目減りしない、リスクの低い命を攻略の一助とする、捨て石。

 抵抗はあるが、正しく効率的だ。だから、気軽に見送ることを決めると、


「悪いが頼むぞ!」

「任せてください! 世界を救って、取り戻して見せますよ!」


 駆けだそうとするピリオドに、


「ダメよ」

 これまで口をつぐんでいたウィンディが、突然に硬い声で否定をこぼし、

「お父様も、お兄様も、騎士のみんなも、城下のみんなも同じことを言って」

 よろめくように駆け寄って、


「誰一人帰ってこなかったのだから」

 狼狽える救世主の腕を、細い指ですがるように引くものだから。

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