2:非業の前提
「初日、調子乗って拠点ぶち抜いてたら、平原の半分辺りで『アレ』が山から全力ダッシュしてきまして! いろいろと試したんですけど、足止めが精一杯でしたね! そっかぁ、初手からラスボスお出ましだったかぁ! ロープレやってるといつも思う、四天王で初期村囲めよ案件を食らったわけですよ! 川ぐらい越えて城焼けよ、と!」
えらく楽しそうなゲーム脳の言い分は置いておき、譲恕はなるほど、と納得に頷く。
「ピリオドの発生と急侵攻に反応して出てきたんだろうな。で、負けないことが分かったから、以後は反応しなくなった、と」
「じゃあ、どうしてここに来て出てきたのかしら?」
「ジョードが先ほど言ったとおりですよ、姫様。状況として追い込まれたために、防衛反応として現れたのでしょう。つまり、奴らにとって山の拠点が最後の砦なのです」
足場の悪い斜面を滑るように迫る敵陣へ、剣を構えながら鋭く睨む撫依が、結論を告げた。
総勢十六人の一団が各々獲物を構えて、奇々怪々な面々を迎え撃つ。
人より一回り大きな巨体を有する大鬼型が一〇、小さな民家ほどの体を宙に泳がせる飛竜型が二。これだけでも、こちらの戦力では手に余るほどだが、後ろにはのっそりと迫る巨人型の姿だ。
確認はこれまで、と騎士団長も剣を構えて、
「弓兵と魔女は、竜を牽制! 残りで大鬼型とぶつかるぞ!」
「一匹は任せてもらって結構よぉ」
ねじれたような形状の木の枝を構える明楼に、ありがたいと視線だけで託すと、
「じゃあ、俺はあの巨人ですね⁉ リベンジ戦ですよ! 開幕と同時の負けイベント相手は、たいがい中盤の噛ませですからね! お前も俺の人生の中盤の噛ませになる運命なんだ!」
よくわからない熱の入りようだが、その敗北でモチベーションが折れていないことはありがたい。
「子心! 今日は強行偵察が目的だ! 姫のバフを盛って、どれぐらいできるか試してこい!」
今日の目的は、彼我戦力差の確認だ。万が一すんなり殲滅できれば、と期待はしていたものの、甘い目算であることを突きつけられた以上、当初の目的は果たしておきたい。
勝利は無理かもしれないと告げたピリオドだったが、躊躇いもせずに走りだし、こちらにこたえるため手をあげざまに大鬼型を二匹間引いていく。
いつもに増して勢いが良いのは、やはり能力が底上げされているためだろう。
「さて、どれだけできるものやら……」
彼の自己申告では、初日に敗北しているということ。レベル量、装備、バフで、どこまで迫れるものか。
見ていたい気持ちもあるが、今は迫る大鬼型を叩く必要がある。
またピリオド、プリンセス、魔女を除けば純戦闘力で最も強い自覚もあるため、最前線に立つ義務もある。
他の、民兵上がりの戦士たちにかかる負担を減らすためにも。
前へ赴くために意識を尖らせると、
「ジョード」
眉をしかめた主が、不意に呼び止めてきた。
※
時間が残りわずかなことを悟っているのだろう、姫は端的に問う。
「子心は、死ぬことが前提になっているの?」
表情が硬く、使う単語が重い。
はて、と不審を感じる気配なのだが、いかんせん問う間が足りない。
「打ち合わせの通りですよ、姫。戦力比較と、敵の浸透速度への介入力を量るための作戦だから、最悪で全滅まで視野内です」
だから、機械的な用意された答えしか、持ち出せなかった。
少女の白く美しい緑の瞳が、こわばり歪み、
「来たな」
魔女の雷撃が声高く鳴り、開かれた戦端を見れば、白兵隊の相手ももはや眼前だ。
「下がる時は、ナディかメイロウに従ってください。俺は、皆につきっきりになるでしょうから」
騎士団長は、主の訴えを聞き届けることもできず、主へ慮る言葉を残す暇すら作れず、置いて前へ出ざるをえなかった。
※
弓兵と魔女によって飛竜型の急降下を牽制し、前線が大鬼型と衝突する。
二メートル半を超す身の丈を相手にするに、懐に潜り込み、下からかちあげる戦い方になる。内側の打撃に姿勢を崩したところを、囲む他の人間が打撃する。
振り回される四肢に吹き飛ばされる者もいるが、その場合でも、下がった顔面に一撃を見舞う。
一対一では絶望的な、大鬼型への対処戦術だ。
その中でも、人数比から騎士ジョードは単騎での対応を強いられており、
「骨身に沁みるな、おい!」
目の前に迫る膝を、装甲のある肘で受け止め、けれど浸透する衝撃にめまいを覚えながら腹部へあたる部分に剣を突き返す。
痛みに怯むことない敵はそのままにハンマーパンチを落としてくるが、しかし高質量の一撃は装甲の表面しか与えられず。威力を生むために下げられた頭は、人類の目の前と言う手頃な位置に。
短く息を吐いて手首を返し、太い首を胴から切り離す。
力尽きた敵影は、溶けるように姿を消し、
「子心、そっちいったぞ!」
「はぁあ⁉ 御覧の通りガチンコ六〇分一本勝負でドロー濃厚なんですが! 試合後に救急車呼ぶレベルですよ!」
怒鳴り返す少年は、巨大な蹴り足を走ってかわしていた。
とんでもない体格差のうえ、異様な身体能力から繰り出す速度のため、防戦に回っている限りは捉えられないようだ。
けれども、それは現時点であり、
「うっわ、ホントに速くなりましたよ! 皆さんの頑張りが一つになって、俺に襲い掛かってくる……! へへっ、こりゃあ俺とお前たちの戦争ってわけか! 楽しみになってきたぜ……! どっちが強いか、勝負といこうじゃねぇか! 待って。待って、どうして皆さん急にやる気出してるんです? ほら、また一匹たおしてるうぅぅぅ!」
「あ、子心ちゃーん! 竜のほう、落としたわぁ!」
「なんですって⁉ 魔女さんの頑張りが集まってくるってことは、サバトってことでいいですね⁉ 秘密の集会はどこです⁉ 森の中が定番ですが……魔女さんの森の中……! 禁断の御宅拝見……! ヤバい! 意味が浅くても深くても、ボルテージ上がりますよ!」
あからさまに速度の上がった地を打つ拳を、転がるように避けると、
「くっ、振動が……!」
揺れた地面にバランスを崩した撫依が焦りの声をあげて、
「こら子心! よそ見するなって!」
「い、いやだって! 蘭先輩の右と左のランランがらんらんらんて! 鎧で揺れないのがわかっていても見てしまう本能が、俺の理性を捉えては離さないんだ! わかるでしょ、先輩ならわかるでしょ!」
「煮立った鍋を投げつけるなって言ってるだろ!」
「子心ちゃん! 上、上!」
「なんです魔女さん! 軽くぴょんぴょんしちゃうと、右と左のマジョマジョが上下にマジョってなんとまあ……ゲームでいうとこの『変態機動』ですよ! おっと、俺のボウヤも変態しちまいますぜ……? ねえ先輩! ちょっと顔を背けないでせんぱ」
足を止めてその場で上下運動を始めた子心に、身の丈の半分ほどある拳が振り下ろされ、
「あ」
急展開が静寂を呼んだかと思うと、
「え、ちょっとぉ⁉ どうしてみんなこっち見るのぉ⁉ いまの、私のせい⁉」
責任の所在をマイノリティに押し付ける、魔女狩りを始めるのだった。
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