第六章:歩んできた道筋はひどく疵にまみれて
1:悲報が飽和している
アスバリアに広がる平原、その深部。
もはや、雲に岩峰を隠す巨躯を、仰いで見なければならないほどの至近。
風が冷たく吹き降ろすその場所で、
「右手から新手の一団! シシン、全部任せていいか⁉」
「任せてくださいよ、蘭先輩! こい、邪悪の群れが! 先輩がお前らの黒くてヌラヌラしたデカブツをぶち折るまで、ここは一歩も通さねぇ! おい! 言ってて俺もヒュン! ってしちまったじゃねーか! ちくしょう! これはもう蘭先輩と明楼さんで慣性の秘密を探り当てるしかないじゃない! 治療! これは治療だから!」
「おい! 子心、敵の群れに背を向けるんじゃねぇ!」
「子心ちゃん! 全部漏れちゃってるからぁ!」
「ああ! いいですね! 上下する女子高生(25)の必死の『漏れちゃう』ボイス! もう一回! もう一回お願いします! 戦争は数なんですよ! 偉い人が言っていました!」
「ねえもう良いでしょ? あいつごとビーム打つわよ?」
「あぁ⁉ 前に出てくるなよ、貧乳めが! たわわで敷き詰められた桃源郷が、不毛の地に早変わりするだろ! 人々がその日の糧を醜く奪い合うポスト・アポカリプスなのに、奪う物すら無いなんて……! 神はどうして彼女を作りたもうたのか……!」
「ダメです! 気持ちはわかるが、ビームぶち込んでも何も解決しませんよ!」
「そうだぞ! 無益なこと考えてないで、その超絶バフでオパイを膨らませる事だけ考えるんだよ!」
風の冷たく吹き降ろすその場所で、プリンセスがピリオドをビームでぶち抜いていた。
余波で、大鬼型や飛竜型の群れを薙ぎ払いながら。
※
「進め進め! バフが効いているうちに、右回りで拠点を潰していくぞ!」
敵の波を食い止めると、一息もつかずに二十人ほどは行軍を再開した。
予定外の補強で、効果時間のあるうちに出来る限り浸透するためだ。
その道中は、
「ちくしょう……足がパンパンだってのに……」
「やめろ! 一番傷ついているのは姫様なんだ……!」
「おいたわしや……大小巨とか、なんの拷問だよ……!」
臣民たちの憐みに、近衛と魔女が口元を押さえて嗚咽を漏らし、姫が切れ散らかすという、なんとも賑やかな道行。
であるから、譲恕は並ぶ後輩に、
「お前のせいで休憩なしだぞ。反省しているのか?」
「おっと、お説教は無しですぜ、先輩! だって、今日は少しでも深部に浸透するのが目的なんでしょう⁉ なら結果オーライですよ!」
現時刻は、地球時間で午後四時を回っている。午前から活動しているため、そろそろ活動限界なのも確か。ワンダーマテリアルの機能によって、人体保護を目的とした強制ログアウトが働く頃合いだ。
休日を利用した大規模作戦であり、
「一旦ログアウトして、メシやら済ませて再開、って考えていたんだよ。姫の、ビームはともかくバフを無駄遣いしやがって……大鬼型が複数できたら、対処するに人手がかかるんだぞ」
「けど先輩……溢れるパッションから発射されるパトスなんて、ガマンなんか効かないですよ? 開幕即ボルテージMAXの臨界棒でしょ? 彼女を責めちゃいけません……!」
「庇うことで、さらっと姫のせいにしやがったな? あとパッション溢れさせた原因はお前だろうが」
吐息し話を終えると、けれど後輩の視線が外れていないことに気が付き、
「どうした?」
「いやあ、恥ずかしながら」
頬を掻きながら、
「どうして、急にこんな大規模な作戦をしているんです? とんと、理由がわからないもので」
※
……そういえば、コイツはこっち側っていう感覚でちゃんと説明していなかったな。
自分の不明に、気の焦りを自覚して反省。
「なんとなく、解決策が見つかったんだろうな、とは察しがつくんですよね。で、じゃあ解決策ってのはなんなのか、って考えると敵の活動限界がわかったのかなって。そうじゃなければ、こっちの侵攻範囲が特定されたか」
ゲームで養われた大まかな考察力は、おおむね正鵠を射ていた。的中ではなく、かすめるほどだが。
要因は、二つある。
一つは、少年の言う通り、敵の活動限界を把握できたためだ。
具体的に言うと、現地点である大山の麓あたりまでこちらが侵攻すれば、城門前まで押し返されるのにおおよそ二十四時間。ログイン、ログアウトの時間を考えれば、六時間ほどの余裕が生まれることがわかっている。
「その余裕を大きくしていくのが目的、ってことですね?」
「麓で合流する前、お前には単独であちこちの拠点を潰して貰っただろ? その機動力がなければ無理な作戦なんだけどな」
そんなところでも、世界が乾坤一擲で生み出した存在だと見せつけられる。
加えて、
「お前が見つけた、クジラらしき海洋生物な」
「ああ! この間の誕生日のですか⁉ 近くまで行けなかったんで確信はないんですけど、動いていたんで生き物には違いないですよ?」
「間違いなく、アスバリアの原生生物だ。記録にもあるし、俺も食べたことがある。名前はあるんだがな、自動翻訳にかけると『クジラ』になるから、クジラでいいだろ」
つまり、
「海洋には生物がいる。陸地との違いだ」
「そうですね。アスバリアで見た生き物というと、魔女さんのオオカミたちと、胸の平たい酋長を奉る首狩り王国民、先輩! そういうとこですよ! どうしてのど輪落としの体勢にぃ!」
岩肌に口のきき方を知らないバカを叩きつけながら、
「海は奴らの侵攻を受けていない。ピリオドが生まれたから、次世代は苦労するかもしれないが、現世代が姿を消していないのはそういうことだろう。て、ことは、だ」
「海中に『拠点』は存在しない?」
「あったとしても、ごく近海のみだろうな。だから、打ち破るべき拠点の数は、目に見える範囲だけってことだ」
前述の活動限界を含めて、相手の底が見えたということであり、
「なるほど。こっちの勝ち筋も明確になったわけですね」
「そういうことだ」
笑って頷き、困難であることは確かだけども、と付け足す。
※
けれども、不明瞭ではなくなった。
終点が見えさえすれば、人は労を厭わずに済むのだ。
ナディは、男衆の講義めいた会話を聞きながら、感慨を得ていた。
失われた故郷を取り戻す、いかにすれば良いかも霧中だった戦いの、着地の場所が見えてきたのだから。
並んで歩く主に、
「姫様は、アスバリアを取り戻したら、どうしたいですか?」
「取り戻せても、問題は山ほどあるわよ。人口、世界のリソース量、再侵攻への備え……少なくとも、私たちの代では帰還は難しいのじゃなくて?」
遣りたい事を訊ねたら、為政者としてのプランを提示された。問題があることの確認、という幼稚な事実を確かめたにすぎないが、政治とは無縁で、亡命後は興味を切り捨てた姿を見てきた近衛にとって、驚くべき変化だ。
「姫様……」
「取り戻したなら、の話でしょう。まだ先の話よ」
厳しく、現実を見据えている。おおよそ、感情にかまけて切り札を垂れ流した姿と、同一人物とは思えない、凛々しい横顔だ。
「変わったわねぇ、お姫様も」
「うむ。本当に、逞しくなられた」
「ふふ、子心ちゃんのおかげかしらねぇ」
要因ではあるだろうが、振り返った姫が社会の隅で蠢く邪悪を見咎めた時の顔をしているので、いま確信に変わった。
「あんな顔、彼に会うまでしたことがなかったからな」
「なんだか、嫌な判別方法ねぇ……」
魔女があきれた様子で山頂方面を見上げて、
「まあ、まだ取り戻していないのだから、っていうお姫様の言葉に賛成ねぇ」
厳しい声に、自分も含めて誰もが彼女の視線を追い。
そして、口々に息を呑む。
峰の向こう。まるで二重にでもなったかのように、その陰から巨影が覗き込んでおり、
「……巨人型だ……」
誰かが、慄きに震えてその名を呼ぶのだった。
※
緩慢な、しかしパースを狂わすほどの巨躯で、山の陰から這い出して来る『敵』の姿に、
「落ち着け! 予期された襲来だろう!」
指揮者は叱咤し、戦意を尖らせる。
「あれが、敵の最大戦力! 他の世界でも、作戦末期に姿を現す奴らの悪足掻きだ!」
けれど、言葉ほど優しい存在ではない。
並ぶ子心は、そのことが良くわかっているようで、
「ってことは、こっちの悪足掻きである、俺と同じ存在ってことですよね」
なんの事はない、という顔で、自分が相手をする必要があることを確かめてくる。
頼もしい、と漏らしかけたところで、にわかに騒がしくなり、
「わ、湧いてきたぞ……!」
「邪蛇型に……飛竜型も……!」
「なんて数だ……!」
そのうえ、そんな取り巻きたちを潰すと、巨人が強くなるという悪夢の仕組みだ。
後輩が、変わらない顔で一歩前に出て、
「期待に応えられないかもです、先輩」
頼もしい、という言葉を撤回し、けれど、と疑問をすると、
「初ログインの時、レベル出戻りするまで転がされた、って言ったでしょ? あいつに、なんですよ」
悲報が、届けられるのだった。
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