8:特別な日にしたいから
「よぉしよし! 勘違いも解消したし、一件落着だな!」
騎士団長が爽やかに解散を告げると、
「ちょっと? 勘違いってなんのことかしら? ねえ? ナディ、どうして猫の画像から顔をあげてくれないの? 魔女のあなたも、顔を背けて……ねえ?」
三人は墓穴の底まで秘密を抱えて落ちる覚悟を、暗黙の内に決議可決し、鋼鉄より硬く口を閉ざすことを選択した。
なによりも、己の品性に付いた傷を隠すために。
「しかし、伏希はどうしたんだ? 砲撃が止んだから、カタはついているはずなんだが」
「ちょっと、ジョード? 無視なの? 王家のために、って叙勲式の誓い、忘れたの?」
「姫……よく聞いてください。俺は今、姫に仕える騎士です」
真剣な面持ちで、
「だから国に誓った内容はノーカンです」
「……あなた、ちょっと前まで死んだ目をしていたってのに……逞しくなったわね」
「おい! 姫にお褒めいただいたぞ! いやあ、まいったなあ!」
半目のままで木の枝にぺちぺちと太ももを叩かれた。
まあ、それを言うなら、姫だって数日前とは別人だ。
では要因は、と考えてみると、共通するのは、
……伏希か。
ゲームしか能のないボンクラであるが、騒々しさと前向きなところに、自分たちは救われたのかもしれない。
改めて礼を言わないと、と頭を掻くと、
「お、こっちも片付いてますね、ちょうどいい!」
どうしてか丘の上、つまり城の方から件の少年の声が届けられた。
みな『だってお前、前線の方に行ったじゃん?』という顔をして振り仰ぐと、
「いやあ、蛇の皆さんとくんずほぐれずのRでいうなら葛飾北斎なバトルを制したら、ちょっとテンション上がっちゃいまして、事故がね……悲しい、事故が……で急いでいたんで事故に身を任せて城に戻った次第です!」
半分以上の意味が汲めない狂言を振りまく。
「死に戻りしてきたってことか? お前、あんまりレベル下げるなよ?」
「あ、すいません先輩! ほんとに急いでいるんで、お説教は後で! で、ウィンディは……いたいた!」
え? と、驚き顔で立ち尽くすお姫様に駆け寄り、膝カックンでバランスを崩すとそのまま抱きかかえて、
「え⁉ え⁉」
「しっかり掴まってるんだぞ! 特にお前は引っ掛かるところが……引っ掛かり……ううっ……」
嗚咽を始めたので、姫の右ストレートが顎を撃ち抜いた。
が、ピリオドは意にも介さず、
「晩御飯までには帰りますんで!」
前線方面へ走り去っていってしまった。
残された面々は、あっけにとられながら、
「どこか、お店でも予約しようかしらぁ?」
「そうだな。せっかくの誕生日なんだから」
「部屋の掃除は明日以降かあ」
ぼちぼちと、解散の準備を進めていくのだった。
※
抱き上げられたまま連れてこられたのは、
「……海!」
アスバリアの海岸、その崖上であった。
一望するに、淡い青の水面と濃い青の空が広がっていて、
「テレビで見た海より、キレイね」
「地球の海も、天気さえ良かったらキレイなんだぞ」
「そう? アスバリアよりも?」
「それは、自分の目で確かめろよ」
暗に、もう一度水族館に誘ってくれているのだとわかり、口元がほころんでしまう。
と、海岸線に、小さな柱のようなものが見えて、子心が手を叩く。
「よかった、まだ居たか」
「あれはなに? 水の柱? 動いている……遠くてよくわからない……居た?」
目を凝らすうちに、今の言葉に引っ掛かりを覚える。
アスバリアは、魔女のオオカミなどの特殊事例を除けば、生命の数は極端に落ち込んでいる。植物や虫類のみで、哺乳類どころか両生類などを見ることもない。
すべて、侵略者の浸透で住処を奪われ、数を減らしたところにピリオドの登場で新たな命が生まれてこないためだ。
だから『居る』という言葉で指すのは『自分たち』か『奴ら』だけであるはずで、
「地球だとクジラだな。ああやって潮を吹くんだ」
「それって」
海には生命が残っている、ということか。子心は慌てて手を振って、
「いや、あれがクジラかどうかはわからないぞ? 見つけた時にテンション上がって海に飛び込んだら、そのまま足吊っちゃって」
「……溺死で戻ってきた、ってこと?」
それで笑顔なんだから、肝が太いというか頭おかしいというか。
「だから、あれが生き物かどうかは確かめられなかった」
だけど、
「いるかもしれない、ってだけで、いろいろと胸が躍るだろ?」
なんのてらいもなく胸、という単語を出したことに心底『人の言葉も喋れるのね』と率直に思ったが、いまはシリアスさんターンなので、
「ねえ、子心。誕生日だし、わがまま言っていい?」
「なんだよ。出来ることに限るぞ? 俺は神さまじゃないから、お前の胸を天地開闢するなんて無理難題げふぅ」
ボディに一発入れてシリアスさんの後ろ脚を捕まえると、
「私、泳いでみたいな」
「……おやすい御用だ」
少年に抱きつき、崖上からはるか下への空中遊覧へと飛び出していく。
地球を少しずつ好きになれている自分と、故郷への愛を少しずつ取り戻せている自分。
どちらにも驚き、だけども当たり前のことなのだと、心底に笑えながら。
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