7:繊細な戦場に息を詰める

 広がる平原にも起伏はあり、距離が大きくなるに従い、行き先は不明瞭になる。


 視界外から降り落される散発的な光弾の群れは、大雑把な照準を頼りにしているため人間を精密に狙撃することはできない。

 が、地面を抉り、轟音をたて、土煙を巻き、恐れを生むに、十分だ。


 幾重の理由で足の遅くなった獲物を、制空権を抑えた竜型の怪物が、その滑りある黒色で染まった顎と爪で狙ってくる。


 ただの一騎であるが、そのサイズは民家ほどもある巨体。

 そこに急降下の速度が乗るため、邂逅の一瞬に打撃を通そうにも、運動エネルギーのみではじかれてしまう。切っ先が食い込みはしても、押し込めないのだ。

 幾度目かの旋回を始め、現状、


「弓兵! あとメイロウは手が空かないのか!」

「無理言わないでぇ! 長距離砲撃、まだ止まってないのよぉ!」

 城近くの丘の前まで押し込まれていた。


 魔女による魔法の雷撃によって、城に向いていた意識を誘引し、そこから砲撃の防御を担当して貰っている。そうしながらの遅滞戦闘だ。

 ウィンディが到着するまでの時間稼ぎ。


「何してんだ、姫様は!」

「もう間もなくだ! シシンが、すでに邪蛇型の対処に向かっている! 部屋には到着しているはずなんだ!」


 ナディの叱咤する声に、他の参加者も残った気力を振り絞っている。

 風切りが鳴り、


「もう! パターンが無いからメンドくさいわねぇ!」

 無形の砲弾を、やはり無形の障壁で受け止める。

 幾発かの無害な弾道は地面を打ち、土煙を舞い上げ、


「くるぞ!」


 風を割るように、竜が飛来した。

 ジョードは正面から体で受け止めて、その鼻面に鉄の剣を叩き込む。

 突進の慣性が残った嫌がるように体を捻り、太く重い腕が振られ、


「ダメだ! ライフが足らん! 戻るまで頼む!」

 死に戻りの宣告をして、最後の一撃を誘い込む。


 頼む、とは言うものの、おそらくは状況を維持することは不可能だ。テラスから城下を抜けて、門をくぐる。おそらく、門前まで下がらざるをえず、リマッチはその地点であろう。

 背水になる。


 ……仕方ないか!

 覚悟を決めて、迫る鉤爪に歯を食いしばると、


「アスバリア・ロイヤルビーム・アンドシャワー!」

 待ちわびていた直訳の弊害みたいな技が、極太の光線となって竜の巨体を撃ち包むのだった。


      ※


 丘上から竜を薙ぎ払い、皆に安堵と感謝をもたらしたアスバリアの姫は、しかし、


「姫様、どうして半目で木の枝を振り回しているんだ……」

「威嚇するように前歯を剥き出して……まるで人慣れしていない犬みたいに……」

「しっ! 近衛に聞かれたら首から上がなくなるぞ……!」


 臣民たちの囁きの通りの様、若干がに股で、丘を降りてくる。

 おおよそ深窓のお姫様とは思えない大激怒な振る舞いに、心当たりのある首脳陣三人は一列に並び神妙な顔で、


「……お楽しみのところ、お呼び立てして申し訳ありません」


 お出迎えを。すると、ぎろりと横目を走らせて、ぐ、と譲恕へ顔を近づける。

 一息、顔色を確かめるように睨みつけると、


「部屋に戻ったらね、出た時より散らかっているんですけど?」

「あの、姫? 木の枝振り回しながら近づいたらペチペチ当たって痛いんですけど……」

「当ててんのよ」


 あ、はい、と騎士団長は打たれるままに。


「別に頼んだわけじゃないのに、あなたたち、人の部屋をひっくり返す趣味でもあるわけ?」

「姫、緊急事態だったので仕方なく……」

「ならワンダーマテリアルぐらい、目の付く場所に置いたら? 洗濯物の下敷きになって見つけるのに難儀したんだけど?」

 申し訳なし、と近衛も木の枝に打たれるまま。


「だいたい、部屋の前にゴミ積みっぱなしでドアも開けたままとか、あれかな? 人の家だから大丈夫だろ気分だったのかしら?」

「お、お姫様ぁ? 悪気はなくてぇ、鍵の受け渡しを考えたら、ねぇ?」

「ならドアを閉めるくらいできるでしょ? 森に住んでいたから、文明のこと知らないのかしら?」

 仇敵の胸の出っ張りも木の枝で打たれるままだ。


 一通り弁明を確かめた後、


「誕生日の朝から部屋を追い出されたかと思ったら、良い所で帰って来いって? で、急いで帰ってみればご承知の通りで、ソファの上まで地獄絵図なのよ?」


 三人が、ごもっとも、と下を向く。

 けれども、首脳陣も確かめなければならないことがある。

 非情にセンシティブな内容であるため、口火役は被害担当になる。誰もが自分以外の二人に視線で譲り合うが、難航の末、両脛にインサイドキックを食らったジョードに譲られることとなり、


「あの、姫?」

「な、に、かしら?」

 木の枝が太ももをぺちぺちする。


「良い所、っていうのは、具体的に……あのぉ、どの辺のことで……?」

 ぎ、と音がするような睨みつけを食らわされ、けれども大事なことで引くことはできない。アスバリアの最後の王族が、ちょっと特殊に奔放とか、亡き王に顔向けできないから。


 姫は奥歯を鳴らしながら、もう一睨みすると、


「もうすぐペンギンショーが始まるところだったのよ。海獣コーナーもまだだったし?」


 え? と三人は驚きの顔をあげて、それぞれ今の言葉を確かめると、さらにインサイドキックが飛ぶので、


「あの、それじゃあ電話をしたときは一体、何を……?」

「マンタを見ていたのよ。おっきい体をひらひらさせてこっちに寄ってきて……あら? どうしたのかしら、三人とも膝から崩れて」

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