5:惨状に挑む覚悟
いくさには準備が不可欠であることを、譲恕は元軍人として骨身に沁みていた。
募兵に調練、偵察や行軍経路のチェック、それに十分な補給と安全な補給線の確保。軍事行動には頭を悩ませる事柄など、目が眩むほど多岐に渡る。
その中でも、装備の確認は重要だ。
道程及び現場の地形や気候を見誤ればそれだけで死に直結するのだし、武器が不足していれば言わずもがな。
なので、おおよそ地獄と目される戦場に赴くにあたって、朝一でスーパーに走った。
マスク、エプロン、ゴム手袋、大量のごみ袋、搬出用の台車、噴霧型殺虫剤……考えうる全てを手に入れ、頼もしい仲間を連れて、地獄のドアを開く。
「これは……ひどいわねぇ……」
「どうして……こんなことに……!」
恐怖と狼狽をないまぜに、明楼が眉をしかめる。撫依は口元を押さえ嗚咽をこらえているようだ。
悪夢が、白日に晒される。
積み重なる無残な亡骸が累々と積み重なり、三人の行く手を塞ぐから、
「……思っていた以上だな……!」
悲愴な覚悟を結び、戦士たちは地獄に足を踏み入れる。
アスバリア王家最後の姫、その城である八畳間へと。
※
主犯と隣人を朝一で追い出したのち、アスバリア首脳陣は昨夜に発覚した『お姫様の汚部屋問題』を解決すべく集結していた。
「キッチン周り、洗い物が溜まったままで……使ってないのねぇ……」
「人目がなかったら焼肉弁当も食べるんだな……素手でいってるんじゃないだろうな……」
「姫様は可愛らしい見た目からわかる通り小食でな、コンビニ弁当では少し多いのだな」
「服は、最低限洗濯機を回しているみたいだけど、畳むでもなくその辺に転がしているのねぇ……」
「脱ぎ捨てているのと混じって、訳が分からなくなってるんだよなあ」
「ワンダーマテリアルはあるが、充電器はどこだ?」
「あぁ、これねぇ……子心ちゃんが言っていた『衛生製品の山』は……」
「そこは、さすがに俺はパスだよな?」
「姫の様子から、気にしている風ではなかったが……致し方ない」
などと役割分担を経て、作業を開始。
ひとまず、カテゴリ別に大きく収集していき、作業床をつくるところから。
それから、衣類の洗濯と初動のゴミの搬出、残るゴミの分別と移り、最後にいわゆる『一般的な掃除』へ移行して終了とすることと決めて、
「伏希の部屋の鍵は預かっているから、休憩はそっちな」
退路も確保した。
騎士団長は、洗濯物や『衛生製品』のある室内は女子に任せて、玄関からキッチン、風呂トイレ周りのゴミ袋搬出に着手。
奥から「あらぁ……」「これは……」などと聞こえてくるが、これ以上驚くことがあることに驚かされる。悪材料は出切ったと思ったのに。
開け放ったドアの外に待機させてある台車にゴミ袋を乗せながら、
「けど、思ったより臭いはしないもんなんだな。あれやこれや、昨日の話からじゃ覚悟はしていたんだが」
確かに、と撫依が同意。魔女が、うぅん、と捻るような声で、
「王家の加護かしらねぇ」
※
「私はほら、魔力……リソースね? をアスバリアから汲み出していたけど、王家は生まれた時から多めのリソースを与えられているみたいなのよねぇ」
「そうなのか? 初耳だ。姫も知っているのだろうか」
「そうねぇ。私もなんとなく、そうなんじゃないかしらぁ、って程度だからねぇ。きっと、本人はわかっていないわよぉ」
「なんだよ、そりゃあ」
肩をすくめる譲恕だが、けれどまあ、言われてみれば納得できるところがある。
「姫がワンダーマテリアルを使ったら『プリンセス』とかいうそのままのクラスが割り当てられて、異様なビームを撃ったのも頷ける話になるな」
「ええ。生来のものと、さらにワンダーマテリアルで汲み出したリソースが結びついたから他よりも強くなっているのかもねぇ」
「しかし、それだと私たちも同じ条件だろう? 私たちも、故郷のリソースを分けられて生まれ、ワンダーマテリアルを使ってさらに汲み出しているのではないか?」
撫依の言う通りであり、けれど差異を見つけるとすれば、
「王家である、という分だけ、生来のリソースが大きいんだろうな」
「そうねぇ。その貰ったリソースに、生まれた時のお祝いで形を作っているのかしらねぇ。男児なら『精強』『戦勝』かしら。女児なら……」
「家風に従えば『壮健』『多産』あとは『清廉』あたりだな」
騎士団長の言葉に、二人の肯定が返る。
「姫は『清くあれ』と育てられた。内在していたリソースがそこから意味を得たのかもしれない」
「なるほどねぇ」
魔女が感心し、それから呆れたように、
「このありさまで服も体も臭わないのも、そのせいなのかしらねぇ」
大切な加護の無駄遣いでは、という指摘に王国側は目を背けるしかない。
なので、話題を変えるべく、
「それで、伏希は姫様をどこに連れ出したんだ? まさか、ゲーセンじゃないだろう?」
「手荷物を確認した時に聞いたが、海を見に行くと言っていたぞ」
「二人で海岸ってハードル高いだろ……大丈夫か?」
「そうねぇ。私は磯の臭い苦手だけど、お姫様は大丈夫そうだし、平気じゃないかしらぁ」
と『衛生製品』の詰まったゴミ袋を片付けながら魔女が笑うから、
「やめろ! やめやめ! 掃除するぞ!」
地獄を更地に戻す作業へ立ち返るのであった。
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