4:若さは波状攻撃に苦慮する
「なんなのよ! もう!」
自尊心やら羞恥心やらを盛大にへこまされたウィンディは、追い立てられるように隣室、子心の部屋に押し込められていた。
彼曰く、平らな胸が並んでいると壁と間違って距離感を見誤るから、らしいので一発殴っておいた。
で、見知らぬ部屋のキャスター付椅子に腰を沈めて、悪態をついている。
怒り任せにグルグルと椅子を回せば、思いのほか楽しくなってきて、
「これいいわね……ナディにお願いしましょう」
ボルテージは下がりつつある。
落ち着いて部屋を見渡せば、同じ間取りとは思えないほど整頓された部屋に、舌打ち。
壁際にテレビがあり、ローボードの中には各種ゲーム機とソフトパッケージが並んでいる。配線は少しごちゃついているが、線量が多いのだから許容のうちだ。
で、自分が座る椅子とセットになっているデスクがあり、ここにノートパソコンが置かれていた。勉強机も兼ねているようで、教科書類も片隅に並んでいる。
部屋の中央はカーペットが敷かれ、小さなテーブルが置かれてあり、上にはワンダーマテリアルが充電状態で転がされており、
「どうすれば、こんなにキレイにできるのかしら……」
食事の痕も、着替えの形跡もない。袋に詰まったままのちくわが転がっていたが、未開封なので『キレイ』の分類でいい。
とにかく、
「人が一人で、こんなにも丁寧なことができるなんて」
疑問を覚えるところである。
※
城門を出発した譲恕に、子心からの通信がもたらされ、
『先輩! 女性物の下着って、どう掴めばいいんです⁉ たぶんこれ使用済みで、童貞が触ったら死ぬと伝説に謳われる呪いの装備でしょう⁉ 先輩! 助けてください!』
半目でナディとメイロウに目を向けると、どちらも冷や汗をたっぷり絞り出していた。
※
どたばたと音が鳴る自室に一抹の不安を覚えながらも、おおよそ三十分が経過していた。
そういえば夕飯がまだだったことを思い出し、行儀が悪いとは思いつつも家主不在の冷蔵庫に手をかけた。
中は、もやしやこんにゃく、ちくわに餅に卵など。飲み物は、大きいサイズのお茶とコーヒーのペットボトルが並んでいた。
ひとまず、そのまま齧れるちくわを掴むと、コップを探してお茶も一杯。
少ないながら調味料も並んでいることから、意外なことに自炊もできるようだ。彼の食生活は自分と同じコンビニ弁当が中心と思っていたが。
「なんだが腹が立つわね」
などと毒づきながら、ちくわを一本、そのままくわえこんだ。
※
正規順路の丘を下り始めた譲恕に、再び子心からの通信が入り、
『先輩! 次々に年季の入った残飯が掘り出されるんですけど! アスバリアには食べ残しを放置して他の生物に分け与える、慈悲を履き違えたような風習でもあるんです⁉』
女子二人に苦い目を向けると、どちらもやはり苦い顔を背けて見せた。
※
ちくわ二本目にとりかかったところで手持ち無沙汰になり、
「リモコンはどこかしら」
テレビを見ることにした。ジョードも夢中になっていたゲームに興味もあったが、電源ボタンすら発見できなかったため、諦めて、操作のわかる機器にとりかかることにした。
チャンネルを次々に回していくが、こちらの文化については浅いので、ドラマやバラエティにはあまり興味がわかない。
ニュースは、世界の直近の知識をくれるから、聞き流す分には耳に障ることもないから好きだ。
では、と思うが今の時間はどこもやってはおらず、仕方なしにBSのボタンに指を。
映ったのは、真っ青で濃い青空とエメラルドグリーンの海洋を割って行く客船の姿で、
「……キレイね」
輝く水面、泡立つ潮、染まる空に沸き立つ雲。どれも、自然が生きている、息づいているような美しい色合いであった。
ウィンディは、海を見たことがない。
アスバリアは地球に比べて狭い世界であるが、その外周は海洋に囲まれている。けれども、深窓で育った姫は、城壁より外を見ることなく、故郷を追われたのだ。今は自室を追われているが。
だから、話で聞いたことしかない海を、この目で見せてくれたこの『テレビ』という機械を得られたことは、すごく嬉しいことだった。
※
街道を出て廃村の攻略にかかっていた譲恕に、三度電話がかかり、
『あの、先輩』
なんだか、これまでとトーンが違って、先を促せば、
『なんか、ちょっと正体がわからないんですけど、なんか、使用済みの衛生製品みたいなのが、なんか、ゴミ袋から溢れてまして……病気でもあるんです……?』
目を見開いてアドバイザー二人に向き直ると、二人とも目を見開いて両手でバッテンを作ったので、エマージェンシーを発令する事態となった。
※
危険物のため、即刻その場を離れるよう指示をされた子心は、腑に落ちないながらも指示に従い部屋に戻ることにした。
電話でのやりとりで、汚部屋はアスバリア組で何とかするから明日一日どっかに連れ出しておけ、という難題を託されての帰還である。
「どっか、と言われてもなあ」
さすがに興味のない人間をゲーセンに、はダメだろう、という分別はある。けれども、ならどこへ、となるとまるで知識がない。童貞の限界値だ。
街のオシャレなカフェでも調べて、映画館のスケジュールを確認すれば……などと頭を捻りながら部屋に入ると、
「お姫様さあ……」
ちくわを半ばまでくわえ、手には一本握りしめた状態で椅子に沈み込んでいる姿に威厳などまるでない。
「よだれ落ちるぞ?」
声をかけても微動だにしないため、完全に寝入っているようだ。
まいったね、と肩を落とすと、ちくわとは逆手に握られているリモコンを見つけ、続けて音の出しているテレビに気が付いた。
映るのは、船旅の様子を放送する旅番組で、今は港に船を寄せているところで同時にエンドクレジットも流れている。
美しい海景色を眺めるにつれ、
「そういえば、箱入りで城壁の外は知らない、って言っていたなあ」
海は見たことがあるのだろうか。
アスバリアの浜辺は、美しいが生物の気配のない静かなところだった。
かつてを、子心は知る由もない。
けれど、彼にだって分るものはあるから。
明日の予定がおぼろげながらに見えてきたので、ひとまず、ちくわを手放さないお姫様を起こさぬように、仮の寝床を作り始めることにした。
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